38話 「グミ村の戦い」 前篇
20160320公開
後に『グミ村の戦い』と呼ばれる激戦は3つ目の村の作業中に起こった。
341・342中隊が放った斥候からの報告では、これまでの2つの村と同じ様に『敵獣』と『害獣』は新たな防衛線に近付く事無く無秩序な行動を見せていた。インターフェイスの情報も同じ様な内容だった。
だが、この日の『疎開作業』はこれまでとは全く違う展開を辿る事になった。
作業を開始して30分が経過した頃に、341中隊から1人の伝令が走って来た。
全力で駆けて来たのだろう。兜を外した顔面を滝の様な汗が流れている。
「ノブナガ殿、『敵獣』が集まり始めています。これまでに無い動きです。中隊長から作業が終わる時間を確認して来いと言われました。あとどれくらい掛かるのでしょうか?」
これまでの2つの村の経験から、あと30分は掛かるだろう。
その事を伝令に伝えると、一礼した彼はすぐに身を翻した。その背中にはこれまでに見た事の無い焦燥感が滲んでいた。
インターフェイスから情報を引き出し、変数を新しく入れ替えたシミュレーションを走らせる。
得られた結果は、碌な結果では無かった。
「催促する様で申し訳無いのですが、作業の速度を上げて下さい。嫌な展開になりつつあります」
俺の言葉を聞いた『疎開』支援チームの7人は一瞬だがビックリした表情を浮かべた。
だが、彼らはすぐに表情を引き締めた。
「士長、防衛線を突破されるという前提で動こう」
俺と石井青年はインターフェイスが空中に描いた等高線入りの地図を基に、最終防衛線を設定した。
射線は辛うじて200㍍取れるかどうかだろう。
『敵獣』の最高速度が時速57㌔だから、移動距離は秒間16㍍ぐらいだ。
『害獣』はそれよりも遅いがそれでも秒速13㍍は有る。
「姿を視認と同時に連射を掛けよう。でないと十数秒で肉薄されてしまう」
「どれくらいの数と想定していますか?」
「今現在の情報だと『敵獣』が25頭、『害獣』が100頭だ」
たった2人の普通科隊員の火力で、真正面から相手に出来る数では無かった。
この世界の兵士換算で600人相当だ。軍事の世界では『数は正義』だ。いくら近代兵器を模したハチキュウを持っていても、絶対に阻止出来る保証は無い。
「だから、普通弾では無く、最初から炎弾を使おう」
炎弾を使えば、俺たちでも400発ほどしか撃てない計算だが、背に腹は代えられない。普通弾は『害獣』には十分な威力を発揮するが、『敵獣』に対してはそれほどでも無い。余裕が有れば顔面に集中射撃すれば眼球を突き破って直接脳に飛び込むが、それだけの余裕は無いだろう。
命中後も2500℃の高熱をある程度保つ炎弾ならば、貫通せずに体内に留まる限り体内を焼いてくれる。足止めには最適だろう。
「確か400発くらいしか撃てないんですよね? それで食い止められるでしょうか?」
「障害物を設置出来れば、進行速度を抑えられるから余裕は出来るが、設置する時間が無い」
その時に声が聞こえた。
「店長さん、もし良かったら、私たちも手伝いますが?」
声の主は真っ先に『疎開支援』に立候補をしてくれた岡田さんだった。
俺と石井青年が浮かべた表情がおかしかったのだろう。強張った顔に微かに笑みが混じった。
「これでも覚悟を決めてここに来ました。それに私たちも半年以上は魔法の訓練をしていますから、ただの足手まといとか、お荷物とかでは無い筈です。それに・・・」
彼女はこの村の住人達が集まっている方を見た。
「むしろ、私たちが、あの人たちを守る立場だと思うんです」
ああ、本当に善い人だ。とばっちりでこの世界に飛ばされた被害者と云う立場なのに、縁もゆかりも無い他人を守ろうとしている・・・
「店長、私からもお願いします。少なくとも炎弾なら1秒に1発は撃てます」
「それに、逃げても僕たちは逃げ切れるでしょうけど、この村の住人は無理でしょ? ならば、迎え撃つしか無いじゃないですか?」
渡辺さん親子も作業を中止してやって来ていた。
只ならぬ雰囲気を感じたのか、気が付けば『疎開支援』チームの全員が集まって来ていた。
「店長さん、私も手伝います・・・・・」
か細い声が聞こえた。
鈴木千恵ちゃんだった。人見知りが激しい女子中学生だったが、この『疎開支援』チームに参加した後は頑張っていた。小さな身体で、頑張っている姿は見ている大人たちに暖かい気持ちを抱かさせていた。
更には、日本に居た頃からは想像も出来ないが、自分から疎開する住民の小さな子供たちに声を掛けたりしていた。
俺は『疎開支援』チームの全員の顔を見渡した。
全員が覚悟を決めた顔をしていた。
「分かりました。お力をお借りします。私の力不足でご迷惑とお手数を取らせる事をお詫びします」
俺は頭を下げた。
みんなは口々に「いえ、そんな」とか「店長の責任じゃないよ」とか言ってくれた。
俺はもう一度頭を下げながら、心から言った。
「そして、何よりも有難う御座います」
5分後にはそれぞれの配置を決めて、格段に密度の上がった防衛線を構築出来た。
前方から交戦が始まった事を知らせる怒号と悲鳴が上がったのは、その直後の事だった・・・・・
お読み頂き誠に有難うございます m(_ _)m




