37話 「疎開計画発動」
20160319公開
「周囲に『敵獣』の姿は無いそうです。それでは、作業を始めて下さい」
俺は『西の国』の兵士が伝えて来た情報とインターフェイスからの情報を基に、作業開始をお願いした。
あの歴史的な会談から半年以上の時が過ぎていた。『北の国』の元首を交えたトップ会談も2度開催された。人類は生き残る為に舵を切り出していた。
そして、今日から遂に『西の国疎開計画』が実行に移される。
疎開先の住居の建築も進み、俺たちが来ている村の住民が住む家屋は完成済みだった。
『西の国』はこの山村の疎開を安全に進める為に341・342中隊を派遣していた。2つの中隊を合わせて400人規模の将兵が動員されている。
それに加えて、俺と石井青年が『疎開』支援チーム7人の直掩警護に就いている。
この村が初めての疎開作業に選ばれた理由は、最前線に近い上に最西端だったからだ。
この村を合わせてこの付近の3つの山村の疎開が終われば、前線を維持している部隊の組み直しが可能になり、1個中隊の予備が出来る。
それだけで大きな戦力強化に繋がる。
俺の言葉に、『疎開』支援チームの7人は真剣な表情のまま頷いた。
疎開する住民たちは家財道具を積んだリアカーもどき(やっと最近まともに製作が可能となった)の横で俺たちを見ている。
いくら国の命令とは言え、自分達の祖先が苦労して開拓した住み慣れた村を去る事に賛成の筈が無い。
本音を言えば、このままここで住みたい筈だ。表情が物語っている。
だが、この村を維持する事は軍事的に重荷にしかならない。
『疎開』支援チームがそれぞれに割り当てられた家屋に向かった。
家の傍まで行くと、魔法を発動させる為に小さく呟き始めた。
試作型が開発されてから半年間で完成度を上げた為に魔方陣がみんなの足元に発生した。
発動前の為にまだ薄っすらとだが、直径は3㍍ほどだろうか? 発動前としてはかなり大きい。
最初に魔法を発動させたのは店員の渡辺さんだった。
一気に魔方陣が家よりも大きくなったと思ったら、軽石が表面を覆うシートが家を包んだ。
試作型では厚さが10㌢あった発泡スチロール部は5㌢になり、その分だけ軽石層が少し厚くなっている。これは実際に家を梱包する実験をした時に、発泡スチロール層が厚いと上手く包めなかったからだ。
住民たちから一斉に声が上がった。
自分の家が梱包された家族だろうか、すごい、とか言いながら近付いて来た。
渡辺さんが身を引いて、場所を譲った。
赤ちゃんを含めて6人家族だった。7歳くらいの男の子が恐る恐る表面をなぞった。
「とうちゃん、石だ。穴が一杯あるけど、石だ」
「すごいな。こんな事が出来るなんて、自分の目で見ても信じられん」
実は、この魔法を完成させる上で一番苦労したのは地下部分だった。
最初に考えた形は単純にシートの様に家を覆う感じだったが、それでは家が重量で押し潰される危険性が残る。そこで軽石層を外壁兼構造材として支える役目を持たせた上で地中まで伸ばして支える形にした。
何軒かの家を使って実験を繰り返して(強度を測定する為に実際に壊した家も有るし、通風孔をどの様にすれば良いのかの実験で駄目にした家も有る)、やっと今の形に落ち着いた。
それらの実験中に新たな事も判明していた。
おれのハチキュウもそうだが、物質化を伴う魔法は一度プラント内で製造されてから転移を行っているとの事だった。そりゃそうだ。いくらなんでも、材料も無しで物質を構成する事はさすがピコマシン群といえども不可能だ。
「絶対とは言いませんが、これで帰って来た時に家が残されている可能性は高くなりました。早く帰れる日が来ればいいですね」
渡辺さんが一家の後ろから声を掛けた。
その声に、振り向いた一家は何度か頭を下げた後で、自宅の方を何度も振り返りながらリアカーの所まで戻った。
その様な光景が村のあちらこちらで繰り返された。
作業が終わったのは、1時間半後だった。
そして、3つ目の村の疎開作業中に初の襲撃を受けた。
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