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30話

20160310公開

 俺の体感時間では午後11時くらいなのだが、こちらの世界では深夜に属する時間の様だった。

 現代世界に慣れた日本人にとって、午後の11時などは決して深夜では無い。少なくとも深夜は日が変わってから2時間以上経ってから名乗れるのであり、日付も変わっていないこの時間は只の夜でしかない。

 まあ、照明は薄暗いロウソクの他にも、手元を照らしているのが、生活魔法の1つの『照明』と言う空中に浮かぶ光源なのだから、現代世界とは全く違う異世界らしいと言えばらしいのだが。


「さっきから何を書いているんですか?」


 石井青年は、自分が発現させた64式7.62㎜小銃をいじりながら俺に質問をして来た。

 今はひたすら弄って、身体に馴染ませている所だ。


「『中の国』に残して来た従業員と富田様に送るこっちでの出来事の報告だよ。下手したら俺が英雄願望に染まったかの様に伝わるから、出来るだけ事実に基づいた経過報告と言ったところかな?」


 可能な限り客観的に書いたら『営業報告』の様になってしまったが、尾ひれが付いた噂を基にした『英雄譚』を信じられるよりは遥かにましだった。 

 ちなみに石井青年にはちゃんと個室が割り当てられている。

 だが、俺たちには秘密にしておかなければならない事が多過ぎる上に、2人で打ち合わせする必要も有って、この時間まで俺の部屋で過ごしていた。


「ちょっと突っ込んだ質問をしてもいですか?」

「女性遍歴以外なら構わないけど?」


 石井青年に対する態度は初期に比べるとかなり砕けていた。

 保護すべきお客様と言うよりは、もはや戦友と言っても良いのだから、当然の変化だった。


「店長って、結構ドライな方だと思うんですけど、身内に対してはかなり甘いですよね?」


 石井青年が言いたい事が分からない為に怪訝な表情になったのだろう。


「多分自分では気付いていないと思いますが、こっちの世界の人間にはかなり冷淡だと気付いていますか?」

「そうか? 自分では気付かなかったけど、傍目にはそう見えるのかな?」

「もう、驚くほど違いますよ。ナジド王を筆頭に、こっち側の人間には容赦が無い時が有りますからね。そんな店長が、従業員や客には徹底的に庇護する姿勢が前面に出ているのが明らかです。下手すれば2重人格なのかな? と思う程にです」

「ああ、なるほど。多分、ダブルスタンダードになっているのかも知れないな」

「ダブルスタンダード?」

「そう。従業員にしろお客様にしろ、召喚に巻き込まれた人たちは全て、日本基準で考えているけど、こっちの世界の人間に対しては、こっちの基準に合わしているのかもしれない」


 一旦、言葉を切って、妥当な言葉を探す。


「従業員に関しては、結構、身内感覚は有るかな? 例えば、店長なんだから、相談を受ける事も有るからそれぞれのパートさんの家族構成や働かざるを得ない事情も知っているし、出来れば手助けして上げたいと思ってしまう。お客様に関しては、ばあちゃんの教育の影響かな?」

「どんな教育だったのか興味は有りますね」

「有名な言葉に『お客様は神様です』というのが有るだろ? あれって、半分しか正解じゃないんだ。本当は『お客様は王様です』と言うのが正しい」

「その理由は?」

「神様なら守らなくていいだろ? なんせ人間よりも遥かに高位な存在なんだから。でも、神様と同じ様な要求をして来る存在とは言っても王様は同じ人間なんだよ。些細な事で傷付いたり、感情もコントロールできなかったり。だから、守る必要のある『お客様は王様です』の方が正しい。もちろん商売をする上でお客様を大事にする事も大事だしな」


 石井青年は俺の言葉を自分なりに消化しようとして、しばらく考え込んだ。


「まあ、それ以前に、今の状況自体が異常なんだ。そんな時に見放す事は出来ないし、する気も無い」


 石井青年は納得がいったのか、俺に視線を向けた。


「ああ、なるほど。自分なりに理解出来た気がします。その言葉に服務の宣誓を重ねれば、店長の態度も当然の結果なんですね」


 そう言って、石井青年は自衛官が必ずする宣言を暗唱した。


「私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行にあたり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」


 なるほど、そういう捉え方はした事が無かった。


 翌日の朝、幸女王みゆき宛てを加えた合計3通の手紙を『中の国』に送って貰う事と引き換えに、俺たちはナジド王の巡察に付き合う事にした。

 往復5日間の予定だ。

 もしかして、ナジド王は王城に居たくないのだろうか? 例えば、王妃が怖いとか?

 昨日会った限りでは優しそうな女性だったし、王子や王女たちも可愛い盛りだし、ナジド王の緩み切った表情からは、子供たちから離れたくない筈だが・・・

 そこまで考えて、1つの推論に辿り着いた。

 事務仕事をしたくないだけだ、あのオヤジ・・・・・

 3通の手紙に巡察に付き合う事を追記して、受け取りに来た騎士に預けるが・・・・・

 まるで、手紙が宝物の様な扱いを受ける様子に軽く衝撃を受けた事は内緒だ。

 「この命に代えましても、必ずお届け致します」と言われても困るだけだった。

 いや、普通郵便でいいんだが?


 士長、何を横でクスクス笑っている?

 こっそりと聞いたら、きっと手紙の輸送を命じられた騎士の家ではこの任務の事は末代まで語られる筈だと答えた。

 なるほど、そう言う事か。

 俺は悪乗りする事にした。

 騎士に手紙を入れた革製のカバンが私物かどうかを確認してからインターフェイスを呼び出す。


≪革にレーザーで焼印を付ける事は可能か?≫

≪採集サンプルMale-3の要請を確認。採集サンプルMale-3の資料にデータが無い為に不可能です≫

≪ならば、『炎弾』を基にして焼印を付ける事は可能か?≫

≪採集サンプルMale-3の要請を確認。幅1ミリの描線まで可能です≫

≪ハチキュウのシルエットを5㌢の長さで焼き付けてくれ≫

≪採集サンプルMale-3の要請を確認。魔法『炎描』を開発しました。実行します≫


 89式5,56mm小銃のシルエットが焼き付けられた革鞄は、その騎士の家に伝わる家宝となった。




 


お読み頂き誠に有難うございます m(_ _)m

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