10話 「悪役」
20160223公開
20160224一部表現変更
「もし、ご気分がすぐれなかったり、お怪我をしておられるお客様が居られましたら、申し出て下さい」
誰も手を上げたり、声を上げる人は居なかった。
視線には諦めにも似た色も浮かんでいる。
このままでは、『選択』の発動条件を満たさない。残念ながら、全員が責任感に目覚めた店員と違って、どこか現実離れした悪夢を見ている気分なのだろう。
だが、これは現実だ。
殺されれば死ぬし、その遺体は『プラント』に回収されて、遺伝子レベルで解析の上でこの惑星の人類の品種改良の基とされる。
日本人は阪神淡路大震災や東日本大震災でさえも自暴自棄にならなかったのに、今のお客様はこの事態に対応しきれていない。必死に違いを探った結果は、単純な事だった。
「先ほどの説明の通り、残念ながら地球に帰れないと云う前提でお話します」
ここで、一旦、間を置いた。
「私たちは理不尽な理由でこの惑星に来ました。その元凶はそこに横たわっている者たちです。もし、お客様が望むならば、自分が責任を持って殺します」
やっとみんなの目に感情が戻った。
「皆様もご覧になったでしょう? 祖母を目の前で殺されたのです。自分には復讐する権利が有ると思いませんか? 如何ですか、鈴木様? 私が彼らを殺す事を躊躇う理由が有りますか?」
「そ、それとこれとは違う様な・・・」
「何故ですか? 私は祖母を殺されたのですよ? そして、今の私には復讐を成し遂げる力が有る」
やっと、俺に対する恐怖以外のものが目に宿った。
それは理性と言われるモノだった。
「でも、裁判とかしないと・・・」
「ここには裁判所が有るのかさえも分かりません。皆様に掛けた迷惑も考えれば、死罪も当然ではないでしょうか?」
俺は自分を極論を振りかざす悪人に仕立て上げた。
その上で、俺に殺人をさせたくないというか、目の前で再び他人が死ぬところを見たくないという心理が働く様に仕向けた。
何故ならば・・・
「今回の事は事故と云うか、そう、災害みたいなものだから・・・」
人災では無く、天災と認識して貰えれば、日本人はDNAレベルに近い所で耐久モードに入ってしまう。
「ああ、確かにこいつらには恨みも有るが、さっきの説明を聞けば、のっぴきならない事情も有るそうじゃないか。そう、これは災害に巻き込まれたと思えば、いいんじゃないか?」
「だったら、みんなで、ほら、助け合えばいいんじゃないか?」
「でも、食料とか、分け合うほど持ってないし」
そんな言葉が飛び交う様になった光景を目の前にして、俺は正直なところ、泣きそうだった。
なんて、善い人たちなんだ・・・
その様に仕向けた俺が言うのもなんだが、この15年で蒙った被害の詳細な数字も分かっていない筈なのに、この惑星の人類が危機に立っていると同情する様な考えをしてしまうなんて、お人好し以外の何物でもない。
「分かりました。皆様の総意として、彼らに対する復讐はしません。となれば、この後の事を説明しておきます。しばらくすると耳元で『解放』と『封印』の選択を迫られる筈です。生き残る為に『解放』を選択する事をお勧めします。もし『封印』を選んだ場合、生き残る事が非常に困難になると思って下さい。言い換えると、『封印』を選んだ方を助ける為に、『解放』を選んだ方から犠牲が出る可能性が非常に高くなると云う事です」
そう言った瞬間にお客様たちの表情に驚きが走った。
運命を決める選択が始まったのだ。
お読み頂き誠に有難うございます。