越前へ
二条館を防衛して数日、多少なりとも英気を養えたと判断した久遠により、小谷、越前侵攻の下知がくだされた。
二条館の防衛により勲功一番となった剣丞隊は、進軍の戦闘に立つという名誉を得て、織田・松平連合軍の戦闘を行軍している。その際に一葉が率いている足利衆が剣丞隊と合流したことにより、剣丞隊は三百という集団となった。
足利衆は現状の剣丞隊と同程度の実力を持っていたので、訓練は多少すり合わせる程度ですんだのはありがたいことだ。
三百という集団を眺めて、剣丞は少し誇らしげにしている。剣丞も二条館の防衛から雷蔵達と一緒に訓練を受けるようになった。なんでも、多少なりとも動けるようになっておきたいとのことだ。
剣丞は流石に一刀の甥っ子だけあって、運動神経などはよく、剣丞の言う姉達にある程度の手ほどきを受けていたようなので、経験さえ積ませれば中々の腕前になると思う。
初めて剣丞と剣を交えた時は、剣丞から俺は本当に同じ現代出身なのか疑われた。本郷家公認生まれる時代を間違えたをいただきました。
で、現在俺たちは京を出て瀬田大橋を渡り、観音寺を抜けてから近江南東に位置し、小谷を望む今浜まで到着した時だった。
「あれは……」
俺達よりも前で行軍していたころが、訝しげな声をあげた。
「ん?」
「どうしたの、ころ?」
「いえ、それが……前方に織田木瓜が見えるんです」
そう言われ、ころが見ている方角を見てみると前方の曲道に植えられた松の下に織田木瓜の旗が見えた。
「本当だな」
「え、涼平見えるの!?」
「ギリ見える」
「……これでも普通の人よりは良いほうなんだけどね」
「武将を普通の人と一緒にするもんじゃないぞ、剣丞」
剣丞の言いたいこともわかる。向こうといいこちらと良い、武将たちは現代に比べると身体スペックが段違いだ。聴力も視力も剣丞の倍は確実にある。多分ある。
俺も遠くの旗が見えるが、おそらくころほどはっきりは見えていない。目を凝らしてやっと織田木瓜が見えるという感じだ。
「で、あれはなんだ?」
「美濃から来た荷駄じゃないの?」
「えー? そんな話聞いてませんよー?」
「じゃあ、先行して見てくるか」
「うん。俺達もついていくよ」
「おう、じゃあ先に行くな」
そういって、馬を走らせ織田木瓜が見えた松の方に向かう。剣丞たちもゆっくりであるが後をついてきているようだ。
2kmほど進むと、松の下で佇む一人の少女とそれを守るように織田木瓜が描かれた具足を付けている足軽達。
佇んでいた少女が俺に気が付き、顔をあげるとその少女は俺もよく知っている人物だった。
「あら、涼平じゃない」
「結菜じゃないか……久遠に呼ばれたのか?」
「ええ。兵と小荷駄を率いて今浜で待っていろって」
久遠さん、報告はちゃんとしましょう。
「とりあえず、わかった。これからは結菜も戦に出るのか?」
「もちろん」
「頼もしいことだ。怪我はするなよ……ってのはおかしいかも知れないが」
「あら、てっきり危ないからとかダメだ言うのかと思ったわ」
「経験上、戦に出ようとする女性を引き止めるとろくな目に合わないからな」
本当にろくな目に合わないので気をつけてください。数年間で本当に身にしみているので余計なことは言わない。それに戦に経とうとする将を止めるのはなんとなく気が引けるし、結菜もそういう心意気みたいなのは持ち合わせていると思うので止めたりはしない。
もちろん、一緒に戦うし、守り守られるという事もする。……剣丞の大事な人だしな、結菜は。
「それに、御家流に関して教えてくれた時に結菜の御家流は見せてもらったからその辺は問題ないだろ。で、結菜が此処に来たのは二人が心配っていうのもあるんだろう?」
「そうだけど……涼平って妙に察しがいいのね」
「意外と人生経験は積んでるんでな。まあ、久遠が結菜を呼んだのは他の理由もあるだろうけどな」
「え? ちょっとどういうことよ」
「あれ、結菜!?」
後についていた剣丞たちが合流し、結菜の存在を目視した剣丞が驚いた様子で馬から降り、結菜の元へ歩み寄る。
それにより結菜が俺から剣丞に集中する。
「剣丞。元気してた?」
「うん……まあ、元気だけど。どうして此処に?」
「久遠に呼ばれて、今浜に待ってろって」
「ええっ!? 何も聞いてないぞ?」
「疑うの? でも、これが証拠よ」
そういって結菜は自身の懐を探ってから剣丞に書状を差し出した。
「ちゃんと久遠の花押も押されてるわよ。確認してみる?」
「うん。見せてもらうよ」
そういって剣丞は結菜から渡された書状に目を通し始める。
花押というのは、自分が書いた書類であるというのを証明するのに使われる判子のことである。
書状を確認し、結菜と多少やり取りをしたところで剣丞は何故か怒気を発し始めた。
なんとなく理由はわかっているが、一応聞いてみる。
「ん?どうした、剣丞」
「結菜を戦に巻き込むなって久遠に言ってくる」
「なんでだよ」
「結菜は普段から戦をしているわけじゃない。それなのにそんな危ない所に行かせられるわけないじゃないか」
「……そうか」
「あれ、涼平。なんで急に離れるの?」
剣丞の言葉を聞いて、俺は剣丞から距離を取った。距離を取った理由は簡単だ。結菜から気が発せられ始めたからだ。結菜の御家流は剣丞の近くにいると俺自身に被害が出るので離れておく。
安全圏にいる詩乃達のそばによれば、ため息を吐き、詩乃が声を駆けてきた。
「涼平どの、逃げるの早いですね」
「夫婦喧嘩は手を出さない」
そういった瞬間に剣丞の周りに気で作られた帳が無数に羽ばたきはじめ、しばらく見守っていると蝶が連鎖的に軽い爆破を起こしていく。どうやら火力は抑えているようだが、近くにいれば火傷は免れない。だから距離をとったのだ。
触らぬ神に祟りなしとはこういうことだろう……いや、触らぬ妻か?
「しかし、なぜ今になって結菜さまを?」
「そりゃ詩乃。久遠が結菜を呼んだってことは、剣丞が関係してること……あとはなんとなく分かるだろ」
「……ああ、なるほど」
「流石詩乃。回転が早い」
「というより、久遠さまの性格と剣丞さまの行動を考えると納得してしまいますね」
「だよなぁ……それに結菜のほうが得意そうだしな。そのへんの管理は」
恐らく久遠が結菜を呼んだのは剣丞の嫁……奥に関する取り決めだろうと思っている。奥っていうのはドラマで出てくる正妻、側室とかああいうあれだ。
確か、一正妻多側室多愛妾多伽係が奥の基本となっている。わかりやすく言うなら、剣丞のハーレムってことだ。
としばらく詩乃と話していると目の前の状況が妙に悪化し始めているので、止めに入らないまずいと判断した詩乃によってひとまず結菜の暴走っぽいのは終了した。
その後、結菜からの説明により、剣丞の奥に関して大まかな取り決めが行われたが俺にはそこまで関係ないので話に入ることはしなかったのだが……ひとまず落ち着いたところで久遠が俺に視線を向けてきた。
「ところで涼平」
「なんだ」
「お前はどうする?」
「どうするってなんだよ」
「一応、この制度は涼平にもあるのだが? 話す機会があの日以降なかったので書面では書かなかったが……」
久遠が言う俺にもあるというのは、望むものがいるなら剣丞ではなく志望者がいれば俺の妻として向かい入れるというものだろう。
非常に男としては魅力的ではある話ではあるが、俺はこの世界ではイレギュラーであるし、役目を終えたあとにどうなるかわからないのだ。その状況下でこの制度を取り入れるのは不可能であるだろう。
それに、他の理由もある。
「俺は適用外で」
「むっ、どうしてだ?」
「……いや、妻いるし」
「は?」
何故かその場の空気が停止した。
そこから軽く嫁がいることの説明をして、俺がここでは結婚する気がないという話をしておいた。
一波乱が起きてしまったが、なんとか場を落ち着かせると久遠たちから妙に察しが良いのはそういうことかと納得された。
その後、小谷でお市たちと合流し、越前攻めを行う前に敦賀城を落とすという流れになった。
お市からの情報で鬼はある程度の連携が取れるようになっているという情報も入っている。
浅井家を交えた軍議で、森一家が剣丞隊と共に進軍するという形になり、森一家は一乗谷で攻めるという話を条件に敦賀城ではおとなしくしてくれる手はずとなったのだが……。
妙にすんなりと二刻という短い時間で敦賀城を落とし終えてしまい、そのまま一乗谷を攻めようとしているという伝令を聞いた剣丞は詩乃と一葉、雫を連れて本陣へ馬を走らせていった。森一家と他の剣丞隊のメンバーは敦賀城で待機している。
そんなすんなり進む状況で俺は妙な感覚に襲われ続けている。
妙な感覚に襲われ続けている俺の様子に気がついたのか梅が声を駆けてきた。
「涼平さん? 何か妙にそわそわしてらっしゃいますね?」
「あー、ちょっとな」
「珍しいですわね」
「なんか妙な感覚があってな」
「妙な感覚ですの?」
「ああ……なんか妙な感じでな。根拠はないが一応警戒はしておいてくれると助かるよ」
「わかりましたわ。念のために隊が間延びしないよう注意しておきますわ」
「頼むよ。ありがとな」
そういって梅は俺から離れて、隊が間延びしないように動いてくれた。
しばらくすると本陣に向かった剣丞が戻り、そのままの勢いで一乗谷に攻め入る流れであるという説明をされ、剣丞隊も越前へ向けて奥へと進軍していったのだった。
そして、目的地まであと少しというところで全軍に対して、停止命令がくだされた。
どうやらこのへんで休息をとって、明日攻め入るということで剣丞から野営の準備を頼まれ、梅と一緒に野営を組んでから剣丞隊の面々との意見交換が行われ、そのあと明日に備えてすぐに就寝した。
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