ちょっとした涼平の一日
ちょっとした涼平の一日。
剣丞たちが美濃に戻ってから数日が経過した頃。
久遠の上洛宣言に合わせて、美濃では慌ただしい事態になっていた。
壬月、麦穂による武器の調達、兵糧の確保、母衣衆が行っている足軽募集やその鍛錬、編成で忙しい。
同時に剣丞隊も奔走しており、詩乃は久遠に依頼され三河に向かい、ひよ、ころの両名は隊の増強を行っていた。
隊長の剣丞は最初は手伝おうとはしていたが、その辺の知識がなく余計な手間が増えてしまうということでひよところの二人からなにもしないでくれというお願いをされていた。
その後、森一家に拉致られるという事態になっていた。
そして、風雲こと涼平は既に在籍している剣丞隊の鍛錬を行っていた。
鬼の兵力を自身で感じて、久遠に相談し、隊長である剣丞からの願いもあってのことである。
涼平が行う訓練は主に3つ。
基礎を上げるための訓練、同じ実力者同士の試合、涼平と試合の3つを行い、その中でも基礎訓練に関しては悲鳴が上がるほどのスパルタである。
最初にその訓練を見た剣丞からは鬼だ、鬼教官がいるというコメントを頂き、ひよところはドン引きされた。
だが、麦穂と壬月がその訓練を見て、妙に感心していたのがつい昨日のことである。
今回、剣丞隊の訓練は同じ実力者による試合であり涼平は三組で行われている試合を眺め、その都度注意点を叫んでいた。
「おい! 伝助! 脇が甘い!」
「へい!」
「末吉ぃ! 反応が遅い! 相手の動きを予測しろ!」
「へい!」
「遅い! そんなんだから女取られるんだよぉ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおん」
「やればできるじゃねえか、行実!!」
「少しは防御しろ! 実践で防御を怠ると死ぬぞ!」
「へい!」
「動きが予測されるなら、その予測を予測しろ!」
「無茶っす!」
「お前は言うことなし! 行実をやれ!!」
「へい! 副隊長!!」
こういって、涼平は美濃に戻ってから教官として過ごしていた。
「副長、少しいいか?」
「どうした、雷蔵」
三組の様子を眺めながら、自身の部下である雷蔵に返事を返す。
雷蔵の年齢は三十代前半であり、涼平と歳が近いため剣丞隊に入隊してからも交流を持ち自分よりも足軽たちの事を把握し、その足軽たちからも信頼されているということで涼平は彼を自分の元に置けないかと剣丞と詩乃に直接相談し、その身を預かっていた。
「いやな、俺たちは戦に参加するのはいいんだが、鬼の強さってのがよくわからなくてな」
「確かに……時間もちょうどいいし、休憩がてら話しておくか。お前ら、手を休めてこっち集合」
休めの言葉を聞いて、剣丞隊の面々は訓練を中断して涼平の元へと集まる。
全員が集まるのを見てから涼平は鬼に関しての説明を行う。
「雷蔵から鬼の強さに関して聞かれて、お前たちにも話しておこうと思う」
鬼の強さという言葉に足軽たちが息を呑む。
鬼という存在が居るのは聞いているが、実際に相手をしたものはおらず情報がなさすぎた。
「膂力だけなら俺以上だ」
瞬間、足軽達がざわつく。
副長以上の馬鹿力とか鬼ってやばいという言葉が聞こえたが、気にしない。
「だが、それだけだ。今のところは」
「今のところということは今後、何かしらの変化が起こるということか?」
「ああ。剣丞から聞いたんだが、数日前に鬼子というものに出会ったらしい」
「鬼子?なんだそれは?」
雷蔵が初めて聞く単語に首を傾げる。
「女を犯して産ませた鬼だそうだ。剣丞が森親子と3人がかりで2時間かかって倒した」
「森一家と隊長の三人で二時間!?」
「だが、その一件以来は姿を見ていないが、警戒しないに越したことはない。これに関してはお前らじゃ無理だろうし、俺一人でも対応できないだろう」
「……わかった。一応頭には入れておこう」
「おう。それで、他の鬼だが現状、お前らがニ対一という状況で、油断がなければ問題はない」
「膂力があるだけの足軽と思えばいいか?」
「……そうだな。しかし、浅井では朝倉の兵が鬼になっていたことを考えると、技術をもった鬼が出始める可能性も否定できない」
「そういうのが出てきた場合、俺たちは……」
「死ぬな」
死ぬという涼平の言葉に足軽達は肝を冷やす。
だが、次に涼平の笑みを見て足軽達は妙な安心感を覚え、その次の台詞に恐怖する。
「だから、その前にお前らを鍛え抜く! そんなん出てくるんだったらそれより強くなればいい! そのために今お前たちは訓練をしている! 一日でも一分でも、一秒でも! 鬼を倒して、ザビエルの野郎に言ってやればいい!」
―サムライを舐めるな
この日、剣丞隊の足軽達はいつも以上に訓練に励んだ。
そして、この涼平の言葉と訓練が熟す頃には涼平の指導を受けた剣丞隊の足軽達は、一人ひとりが足軽大将以上の実力となり後に『武の兵』と呼ばれることになるのは、もう少し先の話である。
「んじゃ、もう一休みしたら基礎訓練なー」
「「「へーい」」」
剣丞隊の訓練は空が夕焼けに染まるまで続けられ、それからしばらくして涼平は夕食を終え長屋の外で自身の鍛錬を行っていた。
体が温まるまでは素振りや軽い走り込みなどを行い、そこからは仮想の敵を想定して模擬戦を行う。
これが涼平が行う自身の訓練であり剣丞と合流してからはこれをほぼ毎日行っている。想像する相手は日によって違うもののかつて共に戦い、時に敵として戦った相手であるため、そのイメージはかなり鮮明である。
イメージという想像の中でも勝ち、負け、引き分けと結果は様々である。
「っ……!!」
今回の相手は涼平が知る中でも上位に入る程の強者。
一瞬でも油断すれば自分の命が危ういほどの一撃を放ってくる。その攻撃をなんとか刀で流し、時折反撃するも難なく防がれてしまう。
こうした攻防を繰り返しながら涼平は笑みを浮かべ、イメージの相手がそこに居るかのように賞賛する。
「ははっ、やっぱお前は強いなぁ」
まるで訛って居る自分を叱咤するような攻撃に涼平はつい楽しくなってしまう。
しかし、そんな楽しい気分もすぐに霧散し、相手との決着が決まる。
相手が持つ矛による渾身の横薙ぎとそれを流し、反撃を加えようとする涼平の刀が交わる。
その互いの刃が交わろうとした瞬間、涼平は構えていた刀を下ろして、脱力する。
「あー、取られたか」
交わった瞬間に自身がこの後に切り裂かれるイメージが浮かび上がり、そこで自分の負けを確信して刀を下げたのだった。
涼平は額に貯まった汗を近くに置いてあった手ぬぐいで拭ってから、刀を鞘に収めて今の戦いを振り返る。
即興であの場面で次の一手、次の一手とイメージしてみるが、どのイメージもすぐに自分が切り裂かれるイメージしか湧いてこない。
「最初に比べりゃ勝てるようになってきたが……まだまだだな」
実践だったら多分勝てないけどなと零しながら、涼平は構えを取り、新しい対戦相手をイメージする。
こうして、涼平は一試合ごとに相手を変えて模擬戦を行い、その模擬戦はひよたちが寝る時間まで続けられた。
その間までに行われた試合数は五回。勝率は五分五分というところで、涼平的には満足の行く勝敗結果であった。
その後、軽い水浴びをして涼平は一日を終えた。
イメージトレーニング。
どこかのグラップラーみたいな事してます。
対戦相手はいっぱいいますからね。




