損得勘定(4)
「じゃあ俺はこっちの部屋ッスから、お二人はそっちの部屋で楽しんでくださいッス」
ひらひらと手を振って、宿屋の一室に入っていくルベス。
楽しんでくださいってどういう意味だと問い正そうとしたが、冬霧がそうはさせてくれなかった。
「あたし達はこっちの部屋ね。大事な話があるから、はやく入って」
部屋の番号を確認すると、冬霧はそうそうに踵を返し部屋の中に入っていった。
大事な話……、この街にきた理由でも話してくれるのだろうか。
(自分から旅に同行するとはいったものの、まだわからないことだらけなんだよな)
頭を数回かきあげて、考えることを放棄する。
何はともあれ、俺は俺にできることをするだけだ。
……ところで。
「冬霧」
「なに?あきら」
「ルベスの言い分には反論しなくてよかったのか?」
「……明日蹴っ飛ばすからいいわ」
冬霧のただならぬ殺気を感じつつ、俺は部屋に入っていった。
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部屋の中は、壁際にベッドが二つと中央に丸机が置いてあるだけの質素な内装だった。
ルベスからは後日宿代は請求するから今はツケでいいッスよと言われているので
この内装でいくらくらいしたのかまだ検討がつかなかった。
「さて、と。あきら」
丸机とセットでおいてあった椅子に腰掛けた冬霧が口を開いた。
「一応確認。あきらは……あたしの旅に、最後まで付き合ってくれるのよね?」
神妙な口ぶりで、冬霧はそう言った。
「付き合うよ。 冬霧一人じゃ危なっかしいからな」
俺はそれに即答した。
冬霧はそれを聞いて、満足そうに、だがやっぱり馬鹿ねと呟いた。
「じゃあいまから、あたしの旅の目的と……この街に来た理由を教えるわ」
これからも同行してくれるなら、目的くらいは教える義務がある。
冬霧はそう言った。
「ああ、頼む」
俺はそれに頷いた。
たぶん俺は、冬霧が目的を話そうが話さなかろうが冬霧の旅に同行していただろう。
ただ、目的を知っていないと冬霧をどう助ければいいのかわからない。
だから聞いておく必要があると思ったのだ。
「まず、あたしの旅の目的……。それは"ある研究を止めること"よ」
「ある……研究?」
冬霧がひと呼吸置く。
その後すぐに、俺の質問に対する答えは返ってきた。
「そう。 ……"魔法"の研究。 それを阻止したいの」
魔法……、俺が無条件で行使でき、かつ一般人も結晶さえあれば行使できる
謎の技術だ。
「……魔法か」
この世界の魔法について、俺がわかっていることはこうだ。
1,青白い結晶を、別の物に変えることができる。
2,結晶を別の物に変えた瞬間、"放て"など簡単な文言をいれるとその命令通りに物体が動く。
3,なぜか俺は上の二つを何もなしで実行できる。
いままで見てきた限りでは、魔法は"結晶の値段が高い"以外のデメリットがないように思えた。
というか、俺にはそれしかわからなかった。
「それが研究されると、何か都合が悪いのか?」
むしろ研究したほうが、より便利になりそうな気もするが。
と言いかけたところで、冬霧は答えた。
「そもそも、魔法ってのは便利なだけの技術じゃないわ。 ただ、研究してる奴らしかそれを知らないだけ」
「ってことは、冬霧は魔法がどう悪いものなのか知ってるってことか?」
すると冬霧は、うんと首を縦に振った。
「ただ……魔法がどういうものなのか……あきらには、まだ話せない……ごめんなさい」
しゅんとする冬霧。
きっと冬霧も悪意があって俺に全てを話さないわけじゃないんだ。
冬霧にも理由がある。なら無理を言うわけには行かない。
俺は冬霧の頭をなでる。
それに対して冬霧は、撫でるな馬鹿っ!と悪態をついた。
「いいよ。……いつか話せるときが来たら全部教えてくれ」
俺がそう言うと、冬霧の顔が少し緩む。
「で、じゃあ次だ。 最終的な目標は、なんかその研究を阻止するんだろ? じゃあこの街に来た理由を教えてくれ」
一番肝心なところだった。
明日からの行動も、場合によっては今からの行動も、その理由で決まる。
冬霧は俺の問を聞くと、すぐに答えをくれた。
「この街に、元魔法研究者の男が一人いるらしいの」
「その男を見つけ出して、話を聞きたい。……"どこで研究が続けられているか"。 それをどうしても聞き出さないといけないから」
俺はそれに対して、ひとつだけ質問をする。
さっきからの話で、一番疑問に思ったことだったからだ。
「……冬霧、一応聞いておきたい。 その情報ってのはどうやって手に入れたんだ?」
研究を阻止だの、この街に研究者だの。
こんな少女が、どうやってその情報を知って、なぜ阻止しようとしているのか。
そこがひっかかっていた。
すると冬霧は、ニコリと笑って答えた。
「あたしの故郷に来た冒険者から聞いたの。 あたしに、いろいろ教えてくれた人よ」
その冒険者について、俺は深く聞かなかった。
冬霧の顔が、その冒険者の末路について物語っていたからだ。
もし話す気になってくれたら、冬霧から話してくれるだろう。
ただ。
「なんで冬霧がそんな事してるんだ? 故郷の……もっと大人に頼むとか、組織に頼むとか」
すると冬霧は、バツの悪そうな顔をした。
やばい、地雷だったか。
「……あたしにしか、できなかったの。 これも詳しくは話せないわ……」
冬霧は下を向く、だがすぐに顔をあげた。
「で、でも……話せる時が来たら全部話すわ! だから……」
その次の言葉を、俺は聞かなかった。
冬霧がどういう奴なのか、俺にはまだわからないし、その目的が正しいことなのか
まだそういうことは理解できない。
「無理すんな。 機会が来たら話してくれ」
冬霧のことを無理に聞き出そうと思わなかった。
「こんなに隠し事だらけなのに、それでも同行してくれるの……?」
冬霧は目に涙を溜めていた。
自分で話すと決意しておきながら、それでも心配になってしまったんだろう。
「だから最初に言っただろ、付き合うよ。 冬霧一人じゃ危なっかしいからなって」
「うん……ありがと……」
冬霧は安堵の表情を浮かべた。
それを見て、俺も安心した。
「じゃ、じゃあ! とりあえずお腹すいたから、ご飯食べよ! あきら!」
暗い話から一転、気分を変えようとしたのか冬霧は食事の提案をした。
ちょうどよかった。
「ああ、ちょうど俺も腹がへってたんだ……この旅館って飯もだしてくれるのかな?」
「わかんない! だから、とりあえず宿主に聞いてみましょっ」
そう言って無邪気に部屋を出て行く冬霧の後を、俺は追いかけた。
……もし冬霧の目的が"正しくないことだったら"。
その時の俺は、どうするのだろう。
ただ、それはその時の俺が考えることだ。
(難しいことは、その時の俺に全部丸投げだ)
魔法のことも、目的のことも、全部。
「冬霧、そんなに慌てるとつまづくぞ」
「えっ? うわっ! 段差あった! あぶないっ!」
今の俺は、この無邪気な少女を守ることが最優先なのだから。