損得勘定(2)
簡単な枠組みに、幌という布をつけたものを幌馬車と言うらしい。
よくゲームとかでみる白い布で覆ってある馬車は、だいたいこれなのだろう。
俺と冬霧は、その荷台に乗せてもらっている。
藁やら武具やら様々な物が散乱している。
どうやら彼は行商人なのだろう。
「そういやお客さん、なんでアッデルベの街になんかいくんスか?」
少年が俺達の動向についてたずねてくる。
タクシーの運転手みたいなものだろう。
移動中というものは全員ヒマなのだ。
「……まずそこがどこかすらわからないんだよな」
「じゃあそちらのお嬢様のご意向で?」
「まぁそういうことになりますね」
当の冬霧は、荷馬車の乗り心地に耐え切れず、横になって休んでいる。
とても会話できそうな状況ではない。
「すみません。無知な旅行者なもんで」
「ああ、いいッスよ。そういう人、たまにいますからね」
うへへへと笑う少年。
なんかカンに触る言い方だったが、まぁスルーしておく。
「せっかくだから、アッデルベの街について軽く教えてくれませんか」
結局のところ、俺はまだ旅の目的について聞かされていない。
それどころか、アッデルベの街に何をしにいくのかすら聞いていないのだ。
せめて街の情報くらい知っておかないとと思う。
「んっとッスねぇ。アッデルベの街は、鉱山都市ッスね。魔晶の年間産出量が世界第3位なんス」
聞きなれない言葉が出てくる。
すかさず俺は突っ込むことにした。
「魔晶ってなんですか?」
「お客さん、ほんとどこからきたんスか? 魔晶知らない人間なんて普通はいないッスよ」
うへへへと馬鹿にしたような笑いをする少年。
……悪かったな、異世界から来たからわかんねーんだよ。
「まぁ魔晶ってのはッスね、魔法を使うために"絶対必要な結晶"なんス」
少年はバックから一つの青い結晶を取り出す。
掌サイズの小さな結晶だ。
「これが魔晶ッス。これを持って、作りたいものを想像して呪文を唱えると初めて魔法が使えるッス」
「やってみせてもらってもいいですか?」
「いやぁ流石に辛いッスよ。これっぽっちの大きさでも、馬鹿みたいに金がかかるんッスから」
なるほど、冬霧が"金貨を作ることはできるけど誰もしない"って言ったのはそういうことか。
つまりあの結晶から作れる金貨の枚数と、あの結晶自体の値段がつりあってないってことか。
「まぁこれは護身用ッス。小さな弾丸を飛ばすことくらいはできるッスからね」
そういうと少年は、ポケットに魔晶を仕舞う。
「で、アッデルベの街の話にもどるッスけど。馬鹿みたいに高い結晶の産出量が世界第3位ってことは」
「すっごい金持ちがいる街ってことか」
そんなに高い結晶がたくさん取れるなら、それに準じた商業が発展するのは当然だろう。
魔法の需要がどれだけ高いのかはわからないが、それでも相応の利益は上げているはずだ。
それに対して少年は、コクリと頷いた。
「そゆことッス。で、次にアイツらは"あ~自分で採掘するのは面倒くさいなぁ"って考えたんス」
どこの世界でも同じだなと思う。
少年は話を続ける。
「ついでにアイツら、こうも考えたッス。"どうせ他人にやらせるなら、低賃金で重労働してくれる便利な奴いねえかな"って」
なるほど、つまり。
「奴隷……か?」
「あたりッスよ」
少年は、寂しそうにそう言った。
「ここいらは元々奴隷商人が多い地域だったッス。だから、アッデルベの街があいつらの根城になるのに
そう時間はかかんなかったッス」
なるほど、じゃあ冬霧を襲っていた男も奴隷商人である可能性が高いか。
で、そいつらの根城が"アッデルベの街"。
……奴隷商人の町……か。
できれば想像したくないよう場所だ。
「……教えてくれてありがとうございます、えっと商人の方」
一通り無償で教えてもらった事に、お礼を述べる。
すると少年は、パッと麦藁帽子を脱いで俺のほうに振り返った。
「マールベス=アーキンッスよ。ルベスでいいッス」
それと、敬語じゃなくていいッスよと付け加えるルベス。
「ありがとう、ルベス。いろいろ教えてくれて」
「まぁ金ももらってるッスからね、サービスッスよ」
ピンと指で金貨をはじくルベス。
……冬霧がどういった目的でアッデルベの街に向かっているのかはわからない。
ただ、危険な目的なんだろうなと思う。
となりで顔を青くして眠っているこの少女を、何があっても絶対守る。
そう誓う。
(まぁ、守れるほどこの能力も使いこなせてないと思うけど……)
ルベスに見えないように、こっそりと魔法を使う。
収束させるのは、短剣。
とりあえず護身用の武器くらいは持っておくべきだと思ったからだ。
「この調子でいくと、今晩には着くと思うッスよ」
「ああ、わかった」
俺と冬霧とルベスを載せた荷馬車は、ガタゴトと舗装された道を進む。
奴隷商人の街、"アッデルベ"に向かって……。