損得勘定(1)
もうすっかりお天道様も紅色に染まる頃具合だ。
俺と冬霧は夜を越すために、森の中に入っていった。
人気がないその森は、身を隠すのに最適だった。
「えーっと、想像、想像……」
目の前に、テントを想像する。
形は三角……二人が入れるような、色は茶色で……。
ありありと思い浮かべる。
そこに存在すると、思い込む。
「えーっと、最後何か言わなきゃだめだっけか?」
「動きをつけるとき意外は、言わなくても大丈夫よ」
じゃあ、何も言わずに。
ともかく思い込む。
「っ!!」
頭の中に、電流が走る。
身体中から何かが湧き出す。
目の前に青白い光が集まるのがわかる。
それがどんどん形作っていく。
「で、できた……か?」
「うん、上出来ね」
冬霧が目の前に現れたテントの中に入っていく。
どうやら上手くできたようだ。
「この頭の中に電流が走る感覚がイマイチなれないな……気持ち悪い」
「まぁ慣れよ慣れ」
テントの中から冬霧が顔を出す。
「あんたは"無条件"で魔法使えるんだから、じゃんじゃん練習しなさいな」
「そーするよ」
いざと言うときは俺が冬霧を守らないといけないしなと思う。
「日も落ちてきたし、明日に備えて早く寝ましょう」
「おー、わかった」
俺もテントにもぐりこむ。
想像してたより狭いつくりになってしまっているようだ。
想像力が足りないのかな。
「……あきら、これ狭いわよ」
足で俺の身体を蹴飛ばしてくる冬霧。
「しょうがないだろ」
それに応戦するように、足で冬霧の攻撃をガードする。
「新しいの出してっ!」
「このテントがもったいないだろ。嫌だ」
「タダじゃんこれーっ!!」
ぶーぶーと文句を言う冬霧。
魔法で作ったからといって、物は物。
大事にしなければならない。
我が家の教訓の一つだ。
「寝ちまえばかわらねえよ」
「うー……わかったわよ……」
俺を外で寝かせるという選択肢がないだけ
冬霧の優しさを感じる。
時間的には少し早いが、二人して毛布に包まる。
この地域は、昼間は快適だが夜は冷えるそうで
肌寒さを感じる。
「なぁ冬霧」
「なにあきら」
「晩御飯とか、食べないのか?」
「……おなかいっぱいだし」
俺は腹が減ってしかたがないと言おうと思ったが、やめておいた。
明日魔法で出せるかどうか試してみよう。
というか冬霧は何時食べたんだよ。
「あきら」
しばらくの沈黙の後、寝たと思っていた冬霧の声がする。
「なんだ?」
「……今日の、その。あたしが人殺したの、忘れて」
「……はいよ」
そこで会話は止まった。
冬霧も、気丈にはふるまっていたけどやっぱり気にしていたのだ。
("かいぶつ"とか言われかけてたしな、そりゃショックか)
実際どうやって殺したのか、俺は見ていない。
ただ殺された男達の、恐怖に歪んだ顔を見ればわかる。
……普通の殺し方じゃないんだ。
もし。
もし今後ろにいる少女が、俺の寝首を掻きに来たら。
俺はどうするんだろう……。
(やめだやめだ、考えるのはよそう)
仮にそうなっても、俺が選んだ道だ。
後悔はしないだろうと自分に言い聞かせる。
▼
次の日、俺は妙な息苦しさで目を覚ます。
「う、ぐ。腹回りがすっげえ苦しい」
まさか冬霧が本当に俺を殺しに来たのか。
とか頭をよぎったが、それは違うかった。
いや実際犯人は冬霧だったわけだが。
「ふ、ふゆ……ぎり。離せ、死ぬ」
冬霧は、両手でがっしりと俺の腹部をホールドしていた。
抱きつくにしては力がつよすぎるぞこれまじで。
「しゃれに、ならん。おきろ、ふゆぎり……」
冬霧の小さな身体からは想像もつかないほどのヘヴィーホールドである。
さらに冬霧自身に胸がないため、喜びよりも痛みが勝る。
「せめて巨乳だったら、死ぬのも辞さなかった」
とボソリと呟くと。
「誰が乳なしだっ!!」
腹部の腕にさらに力が入る。
起きてやがったぞコイツ!
「やめてくれー!!乳なしなんていってないぃぃぃ!!」
「今言った!」
「ノーカンだろ今のは!」
ぎりぎりと腹を締め付けられる。
まずい、マジで落ちる!
「勘弁してください冬霧さんはパーフェクト美少女ですーッ!」
「ッふ。解ればよろしい」
腹から手が離れる。
た、助かった。
「でもなんで抱きついてたんだよ冬霧」
よっと身体を起こして、まだ寝転がったままの冬霧の顔を見る。
「……え、えっと」
冬霧の視線は泳いでいた。
しかしその視線は、すぐに俺の目をまっすぐに見つめ直した。
「あ、あきらを殺そうとしたからだっ!」
「仮にそうだったとしても、自分からそれをバラすなよ?!」
冬霧は延々と、ほんとだもん、ほんとだもんと口走っていたが
気にしない事にした。
(まぁ冬霧は俺の寝首を掻いたりしないだろうな)
同時に安心もした。
「そ、そんなことよりもう朝だよ朝!」
冬霧が身体をガバッと起こす。
するとたったったとテントの外に出る。
「移動するわよ!」
外から元気な声が聞こえてくる。
「待て冬霧」
「何よ!」
「テント片付けるから」
「持ってくの?! それ?!」
俺は目の前に、少し大きめのバックパックを想像する。
青白い光が収束し、そこに想像したとおりのバックが出現する。
「当たり前だろ、今晩また寝る場所に困ったらどうするんだよ」
「また作ればいいじゃない!」
「だからもったいないって」
むがー!と叫ぶ冬霧。
だがこればっかりは譲れない。
物は大事に、これ鉄則。
▼
目的地への道を、歩く歩く歩く……。
ある程度舗装されているところを見ると、よく人間が通る道なのだろう。
「冬霧、なんで俺達歩きなんだ」
「あんたが乗り物想像できないからでしょ……」
車を想像……内部構造を明確に想像できずに失敗。
自転車を想像……よく考えたら俺が乗れないから断念。
馬車を想像……馬がなぜか作れなくて断念。
「魔法だって万能じゃないのよ、"生物は作り出せない"これが鉄則だから」
「先に言えよなそういうのは……」
それと同じ理由で、食物系も作れなかった。
想像し収束した時点では、食べ物の形になっているのに数秒もすればすぐに霧のように消えていった。
理由はまたあとでと言われたが、この調子だと知る日は遠いな。
「まぁそれはともかくとして、移動手段が欲しいのは確かだな」
「まぁねぇ……このまま歩きだとやっぱり疲れちゃうし」
途中冬霧におぶれおぶれと言われおぶったりしていたので
本当に足がパンパンだ。
しかもテントまでしょってるんだぞこっちは。
心なしか、生前より筋力とかが上がっている気がするが
それでもまだ重い。
その時だった。
「……馬の蹄の音がする……?」
パカリ、パカリと。
一歩一歩確実に、その音は近づいて来た。
どうやら正体は馬車のようだった。
「あきら!馬車が近づいてくる」
とりあえず舗装された道から退く。
さすがに道の上にいられると向こうも迷惑だろうし。
「冬霧、こっちだ」
「えー! あれに乗せてもらわない?!」
冬霧は目をきらきらと輝かせていた。
……冬霧って思ったより子供っぽいんだな……と思う俺だった。
「おーい!乗せてってー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、冬霧は手を振る。
するとそれを見てか、馬車は俺達の真横で制止してくれた。
「お! 止まった!」
すると馬の手綱を握っていた少年が、ひょこりと顔を出す。
だいたい俺と同じくらいの年代だろうか。
「すいません、わざわざ」
止めてしまったことを謝っておく。
すると少年は、被っていた麦わら帽子を取って会釈をする。
「いやいや、いいってことですよ。ところでご用件は?」
俺が穏便に話を進めようとする前に、冬霧はすかさず用件を伝える。
「アッデルベの街まで連れてってほしいの」
冬霧は極端すぎる。
もう少し考えて行動できないものだろうか。
するとそれを聞いた少年の顔色が変わる。
「えー、いくらお持ちで?」
この場合、金の話だろう。
といっても、俺こっちの世界の通貨なんて全く知らないぞ……。
「ないわ!」
「じゃあ無理だね」
そう言って、麦藁帽子を被りなおし手綱を握る少年。
「あ、待ってくれ」
呼び止める。
するとあからさまに嫌そうな顔をした少年が、こちらを見る。
「あんですか? 金ない奴は乗せないッスよ?」
すっごい極端な奴だなこいつ……。
「俺旅行者なんですけど、ちょっとこの地域の通貨みせて貰えないでしょうか?」
出来る限り笑顔を作って話しかける。
すると少年は、警戒しながらも渋々と一枚だけ金色に輝く通貨を取り出して見せてくれた。
「はい、これッスよ」
人差し指と親指でがっしりと掴んでいる。
俺が盗るかもしれないと警戒してるのだろう。
(なるほど、そんなに複雑じゃないな)
その後、裏表と何回かくるくると回して見せてもらう。
「あー! ありがとう! なるほど"それだったんだ!"」
とあからさまに大きな声で言うと、ぼそぼそと小さな声で冬霧に耳打ちをした。
(この世界って、魔法で通貨作るのってあり?)
すると理解したのか、冬霧が聞こえないように呟く。
("普通は作っても得しない"から作らないわ)
冬霧の頬がつりあがる。
理解してくれたようだ。
(俺の場合は?)
(極端に作り過ぎない限り"得しかしないわね")
(了解)
ブリーフィングは終了である。
「その金貨ならもってますよ! ちょっとまってくださいね!」
バックパックを地面に下ろす。
「ここに入れたんですよね」
とか適当なことをいいつつ、バックの中に手を入れる。
金貨の形は"アレ"。
さっき見たばっかりだから鮮明に想像できる。
青白い光がバックの中に収束する。
ただその光は、バックのおかげで少年に見えることはない。
収束した結果、100枚近くの金貨を生成することに成功した。
「何枚ですか?」
バックの中から、10枚程度の金貨を出す。
すると突然、少年の態度が変わる。
「……どうぞお乗りくださいお客様」
こいつ、あからさま過ぎる。
その後、二人分で20枚ッスとか言われ結局20枚とられるハメになる。
こっちが貨幣価値をしらなさそうだと見抜いた瞬間これである。
まぁこっちは、一切損してないわけなんだけど。
「で、アッデルベの街ッスね! お安い御用ッスよ!」
パシン!という鞭の音の後に、俺達を乗せて馬車は走り出す。