旅の始まり(1)
痛い、たぶんすっげえ痛かったんだと思う。
でっかいトラックに頭をトマトみたいに潰されて、身体の骨はバキバキで。
あーもうだめだってなったはずだ。
だけど意識はある。
つまり……死後の世界ってのはあったってことか?
「俺は死んだらそれで終わりだと思ってたが……宗教信じてないし……」
むくりと身体を起こす。
周囲を見渡すと、草原だった。風が気持ちいい。
「天国? 綺麗なところだな」
すうと空気を吸う。
すごく美味しい、コンクリートジャングルとは比べ物にならない。
「……で、結局ここはどこで俺はどうすればいいわけだ?」
一応立ち上がって、パンパンと砂埃をはらう。
どうやら、衣服は生前のものらしい、学生服を着ていた。
「こう言う場合、とりあえず案内人とかでてこないもんなんですかねぇ……」
じゃないとわからないじゃないかと思う。
だが次に聞こえた声は、案内人のそれではなく。
「いやぁぁーー!! 変態! 変態! 近寄るな!」
……誰かの助けを求める叫び声だった。
「天国にも変態っているのかよ……絶対神様の選別間違ってるわこれ」
といいつつも、声のしている方向に走り始める。
▼
草原を抜けて、少し暗い森の中。
声の主は、そこにいた。
「お嬢ちゃん、変態とはひどいなぁ。おじさんは変態じゃなくて"変態に君達を渡す"仕事してるだけだよ」
「嫌! あんたも変態よ! 生理的に受け付けない!」
「酷いいわれ様だね。まぁすぐに無駄口も叩けないようにしてあげるよ」
「嫌あああ! 助けてえええ!」
助けを求めている少女は、一際大きい木に追い詰められる。
追い詰めている男は少し小太りで、イカニモといった感じだ。
少女はローブを深く着込んでおり、ここからだと体系はわかっても顔は見えない。
(天国にもこんなのいるのか、幻滅レベルだな)
とにかく、助けるしかないと木々から飛び出る。
「あの、おじさん。その子離してあげてくれませんか?」
「あ? 誰だお前」
「ただの高校生ですが」
「コウコウセイ? わけのわからんこといってんじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」
女の子に対する口調と自分に対する口調に、あからさまな差異がある。
こいつは極端だなと思う。
すると男は、ポケットから掌サイズのナイフを取り出す。
……今日日DQNでも取り出さなかったぞ、大人気ない。
「しっかしまぁ……」
どうするか。
相手は武器持ち、さらに自分より体格は大きい。
余裕なフリはしてるが、実際めっちゃ怖い。
(やっぱりあの手しかないか……)
すうと息を吸う。
そして大きな声で叫ぶ。
「おいおっさん。どうした? そのナイフで俺を刺すんだろ? 早くこいよチキン野郎」
恥ずかしい。
極端な挑発すぎて、相手がのってくるかすらわからない。
「……誰がチキンだってッ!?」
さ、さっきの挑発で乗るのかよ!
男はナイフを突き出したまま、こっちに突進してくる。
問題はここからだ。
このナイフを避けきれるか。
避け切れれば、逃げて少女と一緒に逃走できるだろう。
だが避けれなければ。
(天国で死ぬとどうなるんだろ……)
男が叫びながら、ナイフをさらに突き出す。
完全に俺の胴体を狙ってきている。
(DQNの突きよりも遅い速度なら……チャンスはある!)
ナイフの切っ先は、俺の胴体を狙う。
DQNの拳と、ナイフの切っ先が被る。
……いける!
「よっ」
身体を横にずらしながら、前に一歩踏み込む。
ナイフの切っ先は、さっきまで俺の身体があった場所を切り裂く。
さて、避けたけど結局俺にコイツを伸すほどの実力はないので……。
(逃げる!)
踏み込んだ足を、もう一歩前に進める。
ナイフをはずしてあたふたしている男の横をぬるりと抜ける。
ついでに背中を一押し。
「うおおおッ!?」
男は前のめりに倒れこむ。
どんだけ力んでたんだこの男は。
「えっと、逃げよう!」
少女の近くまで走ってきた俺は、少女の手を取る。
「えっ!? あ、うん!」
少女は一瞬驚いた顔をしたが、一緒に走り出してくれた。
そのまま俺達は、男の姿が見えなくなるまで走り続けた。