友人と僕
「逃げないの」
「うん」
「怖くないの」
「少しだけ」
僕らは友人同士だった。
でも僕のせいで彼女の愛猫を殺してしまった。
不運だった。あと少し時間が早く進んでいれば、こんな事にならなかった。
だから僕からこんな事を頼んだ。友人の彼女の大切な存在を間接的にでも殺してしまったのだ。責任は負わなきゃいけない。それは独りよがりで醜い僕なりの罪滅ぼしだった。
「阿呆だね、君は」
「笑ってくれ。僕は富んでもいないし、美しい容姿もないから。これくらいしか出来ない」
「いつ誰が死ねと言ったの?私はそれが罪滅ぼしだとは思わない。もう少し頭を冷やしたらどう」
そうだ。
僕は彼女に、僕を殺すように頼んだ。それが僕なりの、罪滅ぼしだ。
僕もおかしいと自分で笑いそうなのだが、友人の愛猫を死なせた罪は思い。大切な友達の、大切な存在を、僕は、消してしまったのだから。
「ほんとうに馬鹿」
「さあ、ひと思いにやるんだ、その行動によって、やっと僕は僕を許せる気がする」
これは逃げだとも思う。友人の愛猫を殺した罪を背負いながら生きるのは、ずっと、辛い気がする。
そして、僕は間接的にしか友人の愛猫の死に関わっていない。こうやって若干の免罪符を付けられながら、自分を追い詰めていくのも馬鹿らしかった。
でもなんだか、今、友人の愛猫を殺した時の感覚が蘇ってきて、何故か。
何故か、僕は、少し、ほんの少しだけだけど。
「......っう」
「どうしたの、嫌なら辞めれば良いじゃない」
「.......」
そうじゃなかった。
もう、何だ、あれなんだ。
生物を間接的にでも殺してしまった、あの感覚。
_____血腥い空気。
_____急速に温度が下がる対象物。
_____切り裂かれた皮膚から見える内臓。
_____これは、快感以外の、何でもなかった。
_____そして、次は自ら全うに、殺しをしたいと思っていた。
「ごめんよ、早く殺してくれ」
焦燥感が募って、鼓動が早くなる。自分の心なのに、自分の気持ちが分からない。
望んだはずの自らの死を、断ち切り、相手の首に手を掛けてしまえば、と考えたりして混乱していく。
「早く、してほしい」
理性が本能に勝っている今しかない。どうせ僕は死なないといけない。先程の殺人衝動は良く分からないが、きっともう少ししてしまえば、僕は友人までも殺してしまう。
「さあ、早く、早く」
急き立てる僕は、僕らしくない。いつもなら穏やかな僕も、裏の顔はこうなっていたという訳か。
今まで、こんなことなかったのに。
「嫌よ」
急き立てる僕に彼女は、腕を回した。
なんでだろう、早く殺して欲しいのに。
「ずっと貴方が好きだったの、だから愛猫が死んでも、貴方がいれば良いの。最初から殺す気なんてなかったの」
何を言っているんだ。僕の友人は。
そんなの、初めて知った。
それに、何故今言ってしまうのか、理解出来なかった。
でも、その反面。
涙が出てきて。
僕は、これから殺しの快感を味わおうと、それに君を使おうと考えて、本能が、考えていたのに。
「好きよ」
嫌だ。
優しくされても、心底にある闇の色は消えず、徐々に強くなっているような気もした。
でも、この気持ちを知られたくなかった。殺したい、だなんて。
だから、早く、次は自分で自分を殺そうと思った。
「僕も好きなんだ。だけど、気持ちに応えられない」
「言ってる意味が良く分からない」
これは君の為でもあるのに、助けたいのに。
2人の間に薄い霧が立ち込めたような、むず痒いこの距離は、どんどん遠ざかっていくようであった。
「でも、何かあるのなら、私は、貴方が好きだから
ら」
「一緒に死ぬ」
ドクンと胸の鼓動が聴こえた。
これなら、友人を殺すことが出来るんだと、誰かが叫ぶ。
ありったけの理性で、抑えるが、そろそろ持ちそうもない。
「僕を!!殺すんだ!!早く!!」
相手にこんな怒鳴ったのは、生まれて初めてだ。
「嫌よ」
それでも彼女は、拒否してくる。
ふと、横にある木くずが目に止まった。
今なら、死ねる。
尖った木くずの先端を彼女に見えないように、身体に向けて______
ぐさりと突き刺した。
はずだった。
彼女は、僕が僕に向けたはずの木くずの先端が、腹に突き刺さっていた。
「貴方は、私が、殺させない_____」
何でそこまでするんだ。今刺してくれ、そうしないと俺は______
「本当に大切な存在って、自分より大切なものよ。これも独りよがりな私の気持ち」
「そこまでして、僕に生きて欲しいのかい」
「ええ」
独りよがりも良いところだ。
僕は友人が大切だが、自分より大切かと聞かれれば、どうなんだろうか。
「じゃあ私はそろそろ行くわね」
「辞めてくれ、何で、何で」
「理屈じゃ、説明出来ない事だって、ある_____」
猫の隣に、死体一つ。
青白くなったかつての友人は、モノと化しか転がっていた。
本能がじわじわと自分の心を侵していく。木くずを手にとって、いつの間にか僕は、友人をぐちゃぐちゃになるまで抜き差ししていた。僕は泣いていた。僕の心はもはや誰の心でもなくなっていた。そして、彼女だったモノから一欠片、肉片を手に取り、また泣いた。僕はまだ生きていた。そんな自分が許せなかった。
殺人衝動は、もう自分の全てを侵食し、どうにもできない状態になった。
本当にごめんよ、僕の友人。
僕は君にだから、殺されたかったのかもしれない。
そんなふわふわとした幻想を手に掴む事も叶わないのだろうか。
今になって彼女を愛おしく思い、自らを憎らしいと思った。
殺人衝動は増し、人を探しにいこうかと身体が勝手に動く。
友人よ、君は、僕を生かしたことを後悔するんだ。そして天国で叫ぶが良い。死んでしまえと。
何日か後、この少年の死体が路地裏で見つかった。死因は窒息死。少年の首には、誰の物とわからない腸がぐるぐるまきにされて縛られていたという___。
『ヨウヤク、アナタト、シネタ______________』