***
寒くなってきた。街路樹は葉を落とし、いわし雲が遠く浮かぶ。通い慣れたあぜ道は寂しく横たわり、夏だった頃の喧騒は遠くかすんでいる。
もう日が沈みそうだ。僕はスマートフォンを鞄に押しこんで家への歩みを早めた。
曲がり角の向こうから、かすかに足音が聞こえる。この時間、この道で人とすれ違うことは稀だ。誰だろう、知った人かなと思いながら、視界に誰かが現れるのを漠然と待つ。
足音は次第に大きくなり、やがて駆け足へとリズムを変えた。
「あの。あの。あの」
目の前からこちらに向かってくる女性は、顔に手を当てながら何かを呟いている。
「あの。あの。あの。あの。あの。あの。あの」
僕は咄嗟に身構えて走り出す姿勢をとる。明らかにどこかおかしい。彼女はそんな雰囲気をまとって、こちらへ向かって疾走してくる。
出来れば絡まずに通り過ぎていって欲しい。僕はそう願って顔を伏せる。
足音は徐々にゆるやかとなり、僕の目の前で止まった。
「あの、私の目、どうなって、ますか」
肩を掴んで揺さぶって来たため、やむなく顔を上げる。
あごの先端にぶらさがったいびつな目が、僕を睨んでいた。
話の外側を先に固めてしまうと、それを描写するのに精いっぱいとなってしまう癖があります。そして、行き当たりばったりで書くときよりもむしろ方向性が見えない物語が出来上がってしまう。自分にあった執筆手順というのはそう簡単に見つかるわけではなく、文体もまた然り、これからの課題が見える作品だと感じます。




