表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

散らす人

 僕と先生はH市を隅から隅まで歩き回った。その結果はっきりしたのは、ヨセルヒトが歩んできたルートだ。既存の報道からは町単位の移動しか推測できなかったが、彼は常に同じ方向を目指して移動している。一方で、目撃談や知人の被害例が聞けた場所は繋いで線を結べるような形にはならず、一定の範囲に集中していた。事件が起きた場所で彼があたりを徘徊していたことが読み取れる。これらの特徴から読みとれるのは、彼の行動パターンは「移動」と「徘徊」の二つに分けられるということだ。


 彼はH市極北に位置する村から平野部へと南下し、その後首都圏に向かって東北東の方角へ進んでいった。おそらくその過程でも「移動」と「徘徊」を繰り返したため、事件全体を概観すると「ゆるやかに北上していった」と推測できるのだと思う。


 僕たちが集めた目撃談は、すべてヨセルヒトの「寄せる」行為に矛盾しない内容の被害だった。また、ヨセルヒト自体を目撃したという話は一切聞けなかった。H市とその周辺でひと通りの情報を集めたあと、僕と鱗谷先生は再びN県の村に戻ることにした。


 荒れた山道を登る車の中で、先生が言った。


「佐藤君。この事件はね、我々がどうあがこうと、やがて風化していく運命にあると思うよ」

「どうしてですか」


 僕は珍しく自分の取材に手ごたえを感じてきた。有象無象の噂の類をかき集める編集者人生だったから、妙な角度であれ、世間を騒がせるナンバーワンの大事件に関われることに強いやりがいを覚えていた。


「記憶障害の説が本当だとしたら、この先何十年取材したところでいま以上の成果は挙げられない。ヨセルヒトが今後どんな風に動いていくのかわからないが、どこかを目指しているとするなら、いつか終わりが来ることも予想できる」

「事件が終わるのなら、大歓迎なんですけどね」


 先生が言うことはもっともだが、僕はどこかに納得のいく解決があると信じたかった。


「『栗栗眼鏡』編集部の僕が言うのもなんですが、これって本当に超常現象の類、都市伝説のような奇妙な事件なんでしょうか。実はちゃんとした実態のあるの犯人がいて、僕らはその犯人が手掛けた物語を必死でなぞっているだけなのかもしれませんよ」


 僕がそう言うと、先生は苦笑して口を手で覆った。


「たしかに、私たちはヨセルヒトを直に見たわけではないし、被害者に正体を見破らせないような巧妙な手口が存在するかもしれん。だが、これまで確認された事例に一貫するあの殺害方法について、まともな検証や報告がされた例はいまだ一つとしてないんだ。日本の警察やマスメディアはそこまで無能じゃない。彼らが全力で追究しようとして、それでもやっぱりわからない。それがヨセルヒト、この事件の性質だ。正攻法で太刀打ちできないから、我々は我々のやり方でぶつかってみる。この切り口を信じて、愚直にやり遂げようじゃないか」


 たしかに、実態のある犯人像なんてものはどう頑張っても浮かんでこない。僕よりよっぽど優れた人たちが真面目に検証して、死ぬ気で取材してもわからない。かといって都市伝説的な切り口というのも、客観的に見たらぜんぜん冷静じゃない。


 どんな考え方をしても、まともな結論が導けない。だからこんなに面白いし、怖い事件なんだ。人は理解できないものをもっとも恐怖する。理解できないまま事件が終息していったら、先生の言う通り、ただ風化していくだけなのかもしれない。日本の未解決事件史を紐解けば、人智を超える不可思議な事件がこれまでにも幾度かあったのだ。


 僕らは葬式を取材した例の村に着き、以前にも立ち寄ったドライブインで休憩を取った。


「佐藤君。どうやら面白い話が聞けそうだよ」


 先生は上機嫌で売店から戻ってきた。ここの売店のおばさんは本当に口の軽いらしい。山菜うどんの最後の一口をつゆと一緒に流し込み、椅子へどかりと座った先生に向き直る。


「今度はいったい何を聞いてきたんですか」


 先生は無意味に鞄から木彫りの像を取り出してテーブルの上に置いた。こないだあれほど購入したのに、また一体買ってしまったらしい。それが情報提供の条件だったのだろうか。


「前回この村に来たとき、長老として敬われている老婆はこの村に居なかった。H市の村へ祠の調査に行っていたんだな。それで我々とは入れ違いになった。彼女は両村の祠破壊を実際に見ているし、向こうの村の長老よりも年配で物知りで地位が高いそうだ。民間伝承や村の歴史も含めて、もっと深い話が聞けると思う」


 そう言って先生は老婆の住所らしきものが書かれたメモを取り出した。


「いまからここに行って、全部話してもらえるまで何日でも粘る。このドライブインで泊まる許可はもう話をつけてきた。さあ、大仕事だぞ」


 長老と売店のおばさんが繋がっていて、滞在費を絞り取るためにわざと口をつぐんだりしやしないだろうか。僕は少し不安になったが、本社に電話して経費増額と滞在延長を認めてさせた。本社は本社で、都内での取材に大忙しらしい。ろくな成果がないようだけれども。


「許可が出ました。行きましょう」


 僕が勢いよく立ちあがると、木彫りの像が倒れてテーブルから転がり落ちた。「祟られるぞ~」と先生がおどけて笑った。像の眼は僕をにらんでいるように思えた。



▼『連載第三回:寄せても、いいですか――連続通り魔事件と不可思議な都市伝説』


――「(ⅰ)終わらない通り魔事件。新たに切り裂き魔も出現」


 都内で続発する一連の通り魔事件について、我々は根気強く取材を続けてきた。しかし、単刀直入に言って、目立って成果はない。今号も最初の事件現場を取材した鱗谷瓦氏の論考を中心にお伝えする運びとなった。我々の不甲斐なさを詫びるとともに、氏の論考を熟読することを強く薦めたい。我々は氏の原稿を見て、事件の核心に迫ったという実感を得た。


 また、一連の「ヨセルヒト」事件とは別に、ネット上で「チラスヒト」と称される切り裂き魔事件が話題になっている。我々はこの事件が単なる模倣犯による犯行ではないと考え、ヨセルヒトとの繋がりを検証しながら取材を続けている次第だ。


 以下の記事には、その「チラスヒト」を含めて事件を掘り下げる重大なヒントが記されている。我々に言わせれば、この事件にはこの解答以外ありえない。



――「(ⅱ)とある村の奇妙な伝承(二)」(作家・鱗谷 瓦)


 前回の原稿を次いで、某村の伝承について記したいと思う。


 というのも、A村・B村の因習について、新たな情報が入手できたからだ。この情報はヨセルヒトと通り魔事件の奇妙な合致を、さらに肉付けする性質を持っている。私は前号でヨセルヒト最初の事件現場であるS県のB村、それに隣り合うN県のA村の古い伝承「次々男・次々女」について記述した。口減らしの風習が妙な方向に発達し、独自の奴隷制度とも呼べる労働力管理が行われていた。自然災害を契機にその制度が崩壊して供養のため祠が建立されたが、


 A村のヨセルヒト被害者により片方の祠が破壊される。その後、B村の祠も破壊されていたことが発覚し、私はその出来事をヨセルヒトのルーツだと捉えた。


 その後、私は栗栗眼鏡編集部と共にH市内で聞き取り取材を行い、得られた証言の分布から、ヨセルヒトが「移動」と「徘徊」を繰り返しながらもはっきりとした足取りで北上していった痕跡を確認した。そしてその結論を携え、再びA村を訪れたのである。縁あってA村の長老に会う機会を得た我々は、門前払いを食らいながらも、三顧の礼で以て取材に成功した。その老婆からは、両村の伝承についてより深い情報を得る事ができた。以下の記述は前号の連載に続く形で、「次々男・次々女」の話を掘り下げるものとする。


 災害が起こった際、両村は彼らを繁殖させる時期にあった。彼らが収められていた小屋は土砂崩れによって倒壊し、それぞれ一人の次々女を除いて全員が死亡した。


 老婆の話によれば、その次々女はふたりとも身ごもっていたという。村人たちは長らく続いた呪わしい風習を恥じ、その次々女と生まれてくる子を並みの人間として扱うことに決めた。また、各戸における労働力として機能していた一代目の次々男・次々女、すなわち村社会を形成していた人間の子として生まれた旧定義にあてはまる次々男・次々女らも、その身分から解放され一般的な次男・次女の扱いを受けるようになった。一方で「口減らし」はその後も続いたそうだが、これについては当時の世相を鑑みるに止むを得ぬことだろう。


 ふたりの次々女はそれぞれ無事に子どもを産んだ。しかし、濃さの極まった血脈故か、その子どもは二人とも重大な障害を抱えた奇形児だったという。A村の子どもは目・鼻・口・耳が後頭部に至るまであべこべに散らばった、毛髪のない女児だった。B村の子どもは逆にそれらの器官が顔の全面、中央部に密集しており、頬や額に毛のびっしり生えた男児だった。その症状は水頭症や無脳症の類ではなく、彼らは献身的な子育てや村人の協力によりどうにか成長していった。


 しかし村の中にはそんな彼らを「奴隷制の象徴」として忌避する勢力もあり、「祠に御神体として供えるべきだ」という大義名分で以て殺そうとする人間がいた。親の次々女をはじめ多くの村人が彼らを守ったが、ついに殺されてしまい、その遺体はそれぞれの村の祠の下に埋葬された。旧習の名残もあり、殺した犯人は軽い処罰を受けたのみであったという。その事件が起きたことで、村人の感情は再び揺れた。残された二名の次々女が、かつての因習を思い起こさせる。村が変わるためには、彼女らが居てはならない。そんな身勝手な理由に押され、彼女らは村の外部へと嫁いで行くことになった。嫁いだと言えば聞こえは良いが、その実情は人身売買であったという。その消息は不明だというが、老婆いわく「都へ向かう人買いに売った」そうだ。時代背景を含めて考えれば、彼女らがその後都の遊廓で一生を終えた可能性が大いに考えられる。


 どうだろうか。これらの話、悪く言えば出来過ぎている。ヨセルヒトの後に出現した「チラスヒト」を含め、彼らの犯行様式と殺された奇形児の身体的特徴は奇妙に繋がっている。さらに言えば、親が都に売られていった、その事実は彼らの辿るルートと完全に一致するのだ。


 老婆は巷の通り魔事件について、さほど関心を示していなかった。いま両村にとって際重要な課題は、可及的速やかな祠の再建だ。早ければ今年中に建設を完了し、大規模な供養祭を取り行うとのことだが、現地は山間部の山奥である。現代においても建設は容易ではないだろう。


 いままでヨセルヒトはひたすらに北上し続けていると考えられてきた。しかし、これらの話を加味するに、今いる場所が「目的地」である可能性も高まる。彼がそこに到達したとき、何が起こるのかは想像の域でしか語ることができない。


 私はA村で、数体の木彫り人形を買い求めた。これは単なる趣味で地方の民芸品を収集しただけのことだったが、取材の中で「次々男・次々女を供養するもの」として製作がはじまったことを知った。しかめっつらの人物が腕組みをしている、なんとも奇妙な像である。


 通り魔事件の解決を供養に求めるのは不適当だが、私はこの像を持ちかえり、然るべきところに供えようと考えている。現時点で候補と考えているのは「遊女投げ込み寺」だ。まるで見当違いの行為かもしれないが、個人的な取材を継続することで、今後より的確な解決策を模索していこうと考える次第である。



――「(ⅲ)今後の展望」


 前号の連載記事は多くの賛否両論を生んだ。すべて創作ではないのか、と疑う声も多かったが、我々週刊栗栗眼鏡編集部、天地神明に誓って「実話」であることを主張したい。我々が扱う情報は「胡散臭い」とされる類のものばかりだが、だからこそ、そういったものを大真面目に検証し、得られた結果を正直に伝えてきたつもりだ。我々は民間伝承と通り魔事件が「間違いなく繋がっている」と主張しているわけではない。両方の事実を並べ、その類似点を指摘しているに過ぎない。今後事件がどのような形で発展していくかはわからないが、今後も同様の姿勢を貫いて取材に臨む所存である。

(週刊栗栗眼鏡編集部)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ