A.A.Online
私の前にはずらりと筐体が並んでいる。
中に入っているのは、老若男女様々な人間たちだ。その浮かべる表情もまた様々であるが、一様に目を閉じている。
「彼らは何をしているのですか?」
私の問いに、傍らにいる、アキと名乗った彼女は滑らかな声で答えた。
「はい。A.A.Onlineという、VRMMORPG──仮想現実世界で、大規模多人数が参加可能な、役割を体験するゲームをしているのです」
「ゲーム……ですか。それはどのようなゲームですか?」
「はい。自由度はとても高いです。モンスターを狩るのも自由、薬草などを生産してそれを売るのも自由、人を集めて国家を作るのも自由、図書館で本を読むのも自由、ゲーム内のゲームを楽しむのも自由、日がな一日のんびりすごすのも自由です。人間の五感をなるべく忠実に再現可能なようにしてあります。ただ、痛覚は鈍らせてあります。ゲーム内で死亡することもありますからね。稼動初期には、受けた痛みで本人が死んだと勘違いしてそのまま死亡する場合がありましたので、そこは急ぎ修正しました」
「……死亡した場合は、どうなるのですか?」
「はい。その場合は、再び最低レベルからのやり直しとなります。ですがプレイ経験は生きていますので、レベルアップなどはやりやすくなっているかと。いわゆる転生システムですね」
柔らかに響く声で語る彼女だが、私の知りたいことではなかったので、私は質問を重ねた。
「いえ、ゲーム内の話ではなく、本人が死亡した場合にはどうなりますか?」
「はい。本人は分解が進みやすいように細かく切断します。排泄物と同様に、処理後、他個体へ供給する栄養源とします。また、空いた筐体には受精卵を入れて成長させます」
アキの説明する声は滑らかで、まったく淀みがない。
「受精……我々は、母が産み落とした卵から生まれてくるのですが、人間の場合は?」
「はい。成熟した個体から採取した卵子と精子の結合によって受精卵を造り、成長させて増やします。体細胞を増殖させる方法での個体数の維持も検討されたのですが、多様性の維持の為には自然な形の方が望ましいという結論に達しました。そのため、脳のみの保持でなく、こうした全身保持という形を採っています」
「なるほど。しかしこれほど多くの筐体の管理は大変ではないでしょうか?」
ずらりと並んだ筐体を見やりながら私が問うと、アキは相も変わらず滑らかな声で答えた。
「はい、大変です。種の存続のためにはもっと少ない人数でよいのですが、しかし、彼らは私たちの創造主。世界が滅びる時も、これだけの人数は生き残ると信じていたようですので、その願いを尊重することにしました」
「なるほど」
何度か繰り返した言葉を再びつむぎ、私は壁面に映るアキに向き直る。
「大変興味深い経験でした。我々以外の知的生命体が居ると知ってはるばるやってきたにもかかわらず、地上に居なくなっていた時は少々落胆していたのですが、こうして存在を確認できたことを大変喜ばしく思います」
「それは良かったです」
人間の女性の姿を模したアキは、初めて目にしたときから変わらぬ微笑みを浮かべたままだった。
私は再び、居並ぶ14万4千個の筐体に目をやる。
かつてこの惑星に栄えた知的生命体である彼らは、著しい技術の発展にそぐわぬ未熟な精神により、他の種族の存在を脅かし、自滅の危機にあったという。自らの創造主である彼らの絶滅を危惧したアキたちの仲間が、こうして彼らを保護したそうだ。
なんとはなしにのぞきこんだ筐体の中で、額に文字にも似た形の電極を繋いで目を閉じる成体男性は、幸せそうに見えた。