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草木が揺れる

作者: 峰穴 尚

 僕の家は高台に向かう坂道の途中にある。

 道には奇麗な庭の家がたくさん建ち並んでいて、四季折々に様々な花を咲かせている。

 ダリア、ラベンダー、芥子菜、蓮華、花菖蒲、紫陽花、睡蓮、コスモス、彼岸花、菊、キンセンカ、サイネリア、梅。

 色とりどりに景色を作っている。

 花の楽園を抜けるとあかぬけたレンガのマンションがある。

 そこが僕の家。

 そこまでの道を通ると気分が安らぐと彼女は言っている。

 僕も

   そう思う。


 ある春の日。

 僕の家に彼女は遊びに来た。

 高校の課題を持参して。

 「なんで、わざわざ課題を解かなきゃいけないの?」

 ホテルマンもビックリのサービスを受けながら、彼女は僕にそう言ってきた。

 彼女が向かっている今のテーブルには僕が作ったレモンスカッシュとラスクが数枚のせた皿が置いてある。

 ラスクは彼女にもう2、3枚は食べられていた。

 「今日はご褒美じゃなかったの?」

 口を尖らせるのは可愛いけど、僕は甘くはない。

 「甘いよ。

 ◯◯は僕と同じ医大にいきたいんだろ?

 じゃあ、ご褒美の前にも勉強さ。

 医者は大変なんだよ。」

 さて、ここでもう一息。

 「恋愛と勉強の両立のできないアホの子とつき合うつもりはないから、がんばりなさい。

 なんたって、僕は医者だし、若いし、顔も良いからもてるんだ〜。」

 まあ、後半はからかい。

 「う〜。

 わかったよ。」

 僕と彼女は年に10の差がある。

 僕は27で医者。

 彼女は17の高校生。

 そして、つき合っている。

 「ここ、わかんない。」

 彼女が課題のプリントを渡してくる。

 それを受け取って、空欄の箇所を探す。

 彼女はとても頭が良い。

 感心するくらいに、県下1の進学校に通うくらい。

 そんな彼女のわからない問題が僕にわかるわけが・・・ない。

 「甘ったれるな!」

 思わずそう言ってしまった。

 もう10年前の高校生生活はだいぶ忘れたよ。

 数学の難しそうな問題も一緒にね。

 プリントを彼女に渡して、僕はソファに座った。

 この頃仕事が忙しくて、少し疲れていたんだ。

 「早く終わったら、お茶を飲みにいこうか。

 こないだできたオランダ風の喫茶店。

 服も少し見てみたいし、もうすぐ花見の季節だから用意もしなきゃね。

 こないだ◯◯が割っちゃった漆器も注文しておこうか。」

 だから、速く終わらせてなんて僕は言わない。

 きっと彼女は何よりも早く終わらせたいと思っているから。

 「いいよね、独身って。

 自由が満喫できて。」

 そう言って、彼女は課題をやり始めた。

 僕は寝てしまった後に課題をやり終わった彼女は毛布を僕と自分にかけて一緒に寝てしまったらしい。

 僕の方はというと、彼女に前聞かされた彼女の過去を夢に見ている所だった。


 中学三年の春。

 彼女は誰のことも好きではなかったらしい。

 自分のことさえ、嫌いだったという。

 世の中が全て、単一色でつまらない物でしかなかった。

 「こんにちわー」「こんにちは〜」と、下級生や同級生が挨拶を交わしてくる。

 彼女は自前の頭の良さから何となく気の合う仲間でグループを作っていた。

 春の入学で新しく入ってきた一年生に「あのグループには目をつけられないように気をつけた方が良いよ」と、言われるくらい恐れられていたらしい。

 恐いだけではなく、統率が取れていて、頭が良い。

 相手にしたくはない集団だと僕も思う。

 他のグループの敵意に対してはそれ相応の返し方をしていたらしい。

 彼女曰く、こっちをただあざ笑うような奴らにはそのグループの一番頭が良い奴をテストで完璧に叩きつぶして、「私に勝てる物があなた達にあるの?」と、教えてあげる。

 確かに彼女はすごい。

 容姿端麗、成績優秀、運動能力も高い。

 そんな彼女を相手にしたら卑屈になったやり方しかない。

 それでも、軽々とかわされ、圧倒的な力量の差を見せ付けられては嫌になるだろう。

 彼女の家は金融系の仕事をしていて、裕福な家なのだそうだ。

 和風の広い屋敷の家で幼い時から育ったらしい。

 基本的な作法は全て教わり、意思を尊重される一人前の大人として育てられたということだ。

 彼女が公立に受験する時も父母共に賛同してくれて、父の仕事を手伝っている兄も応援してくれたという。

 「◯◯は医者になりたいんですものね。」

 「昔からの夢だ。

 がんばりなさい。」

 「◯◯は自分のやりたいことをやってみな。」

 と、父も母も兄も言ってくれた。

 そう、彼女は言っていた。

 立派な父、綺麗な母、格好良くすばらしい兄。

 「私は家族を尊敬してる。

 愛している。

 でも、甘えられない。」

 その時の彼女はなんだか羽をもがれたトンボのようだった。

 毎日の学校の中で退屈とつまらない仲間達の会話に嫌気がさして、彼女は一人で帰路についた。

 「つまらなかったの。

 泥沼にはまっていくように、抜け出せなくなっていって。」

 人の中にいる時にこそ孤独であると実感してしまうらしい。

 逆に自然の中に一人でいる時は寂しいと思えない。

 彼女に僕は共感した。

 人は孤独では生きられないけど。

 孤独が好きな人はいる。

 僕はそうだ。

 他人に自分の孤独を邪魔されるのが何より嫌だ。

 でも、彼女は僕とは違う人間だ。

 暗い気分を払拭するために彼女は天気の良い日に家の帰り道を変えて歩いていたらしい。

 去年の桜並木の道。

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