それでも好きだよ
届かないと分かっていても、それでも伝えたくなる想いがある。
春の夕方、教室にはまだ少しだけ日が残っていた。
窓から差し込む光が机の上に伸びて、時間だけがゆっくり流れているみたいだった。
「まだ帰らないの?」
後ろから声がして、振り向く。
「うん、ちょっとだけ」
「でももうすぐ帰るよ」
そう答えると、君は「そっか」と短く言って、私の前の席に座った。
こんなに近い距離なのに、どうしてこんなに遠く感じるんだろう。
人間って、難しい。
同じ場所にいて、同じ空気を吸っているのに、心の距離は簡単に離れてしまう。
君のこと、たくさん知っているつもりだった。
好きな食べ物も、嫌いな教科も、誕生日も、左頬にだけあるえくぼも。
でも。
いちばん知りたいことだけは、どうしても分からない。
「ねえ」
気づけば、声が出ていた。
君が顔を上げる。
その何気ない仕草だけで、胸が少し痛くなった。
「今、なに考えてるの?」
聞いたあとで、しまったと思った。
こんなこと、聞くつもりじゃなかったのに。
絶対変な奴って思われるよなぁ…
でも君は、少しだけ考えてから笑った。
「どうゆう事笑?なんも考えてないよ」
軽い言い方。
優しい。
だけどそれ以上、踏み込めない壁が見えた。
その帰り道。
並んで歩く距離は変わらないのに、
さっきより少しだけ遠く感じた。
内心ドキドキしながら空を見上げる。
好きだよ、って。
簡単に伝えられたらいいのにな。
たったそれだけなのに、どうしてこんなに難しいんだろう。
今まで、何回も苦しかった。
期待して、裏切られて、
それでもまた期待してしまう。
君が他の誰かと笑っているのを見るたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
それでも、離れられなかった。
足を止める。
「どうしたの?」
逃げたら、きっとずっとこのままだ。
だから。
「……ねえ」
小さく息を吸う。
心の中で、数える。
三、二、一。
「好きだよ」
声は少し震えていた。
でも、それでもいいと思った。
今まで溜めてきた気持ちが、
やっと形になったから。
君は、驚いた顔をした。
それから、少し困ったように笑った。
その一瞬で、分かってしまった。
答えは、聞かなくても。
「ごめん」
その一言が、静かに落ちる。
やっぱりね、って思った。
でも、不思議と涙は出なかった。
人間って、難しい。
こんなに近くにいたのに、
結局、いちばん遠い場所にいたみたいだ。
「じゃあね」
そう言って歩き出す。
「ちょ、凛!」
「…また明日。」
もう。
本当に君はずるいなぁ。
振り返らなかった。
振り返ったら、全部崩れそうだったから。
それでもきっと、
私はこれからも、君を好きでいる。
今日も、明日も、明明後日も、これからもずっと。
※短編集です。




