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3 動物の看病をするということ

朝起きても、昼間に猫用品を買いに行って帰ってきても、変わらず猫は飯も水も飲まないまま、ただ一歩も動かず寝ているばかり。

流石に焦ってきた。体がこんなにガリガリなんだ、食わないまま三日も経てば本当に死んでしまうかもしれない。


『なあ、なんで飯食わないんだ?食ってくれよ…』


焦燥感から懇願するような声を出すが、猫は微動だにしない。

食べないのでは仕方がない、また今日も動物病院に行くか。ついでに借りていたゲージも返さないといけないし。

財布と家の鍵、猫のゲージを二つ持って家を出る。




「食べない、ねえ…」

『一晩経っても変わらなくて…』


寝そべっている猫の顔を岩崎先生が覗き込む。

猫はどこを見ているか分からない目で上の方を見上げていた。


「うちで渡したご飯をあげてるんだよね?」

『そうです』

「ふーん…ちょっとごめん、ウェットフード持ってきてくれる?」

「はーい」


看護助手の女性に声をかけ、女性が奥の部屋から昨日渡してくれたものと同じパウチのフードを持ってくる。

パウチを開けて少量を指にとり、それをそのまま猫の口へと突っ込んだ。


「………ムチャ。ムチャムチャ…」

「あ、食べたね」

『た、食べた…?え、なんで』


猫は一口食べたあと、まだ残りはあるのかと首を少し伸ばして指を舐めた。

この猫が自主的に動いた姿を初めて見たような気がする。

俺があんなに一晩中差し出しても食べなかったのに、一体どうして。動物病院の先生だからそこら辺を熟知していて、素人の俺では到底できないことだったりするのか?

いやそれより猫、食べた。食欲があるみたいだ。良かった。でもなんで。


「猫の口の中にご飯を突っ込んだりした?」

『口の中に?いや…してないです』

「あー…こういう病気の、特に鼻水とかが出てる猫はね。鼻が利かないんだよ」

『匂いが分からないってことですか?』

「そう。だから目の前に差し出されているのがご飯なのか、ただの泥なのか、判断ができない。最初は無理やり口の中に入れさせてご飯だと認識させないと食べない場合があるから」

『そう…………なんですね』


聞いてみれば簡単なことで。

目やにも鼻水も出るたびに拭いていたから、俺が気付けても良かったのに。そんなことすら分からなかった。

目も悪いから、仮にネズミを目の前に差し出したところでこいつは判断できない可能性だってあるのに。

どうしてこんな簡単なことに気づけなかったんだろう。


「食欲はあるから一旦は問題なさそうだね。本当は血液検査とかしたいけど、体重が足りなさすぎるからもう少し肉が戻ったら色々検査しようか」

『はい。ありがとうございます』

「OK。じゃ、猫を戻して待合室行っていいよ」


猫を抱き上げる時、俺の指に猫が顔を押し付けてきた。ご飯があるか探しているんだろう。

家に帰ったらこいつが欲しいだけご飯をあげて、そうだ、水も最初はスポイトであげた方がいいな。それは確か家にあった気がするし。

…ああ、なんだか恥ずかしいな。仮にも人間の医者を目指している俺が、こんな、猫の些細なことにすら気付けないなんて。…俺はこんなんでこいつを飼っていけるのかな。


待合室の一席で、ゲージに入った猫を見つめる。

ご飯がないと分かるや否や、また大人しくずっと丸まって寝ている。

自信がなくなってきた。急に、この猫を飼う自信が。



「あ、湊くん」

『っはい?』


診察室から顔を覗かせた岩崎先生は、俺の名前を呼ぶ。

呼ばれるとは思っておらず、少し声が上擦る。


「昨日より体、綺麗になってるね。洗ったの?」

『あ…濡れタオルで拭いただけ、です』

「ああ良かった。野生の猫はノミとかダニとかついてるから早めに綺麗にしたほうが良かったけど、昨日言い忘れてたから」

『スマホで色々調べて…一応』

「そうか。調べるのは大事なことだよ。何か分からないことがあればいつでも来ると良い」

『はい』

「そいつは良い人に拾われたね」


それだけ言うと、また診察室へと戻っていった。


良い…人?俺が?


目が熱い。

目頭が熱い、のか?

分からない。分からないけど、俺の行為が認められたようで。褒められたようで。言いようのない感情に胸が支配される。

何もできなかったのに。ただ弱っていく姿を一晩中見ていただけなのに。その中で出来ることはないかを探してやっただけなのに。

たったそれだけでもこいつのために俺は何かを出来たのかな?


「新井山さん、お会計どうぞー」

『……あっ、はい』


もしかしたら少しずつで良いのかもしれない。飼い主になるための一歩は、多分少しずつでも。

こいつのために俺が何を出来るのか。何が出来ないのか。まだまだ分からないことだらけでどうしようもないけど、やっていくしかない。


帰り道、そんなことを考えながら歩いている途中。

見覚えのある顔が目の前から歩いてくるのが見えた。



『木下?』

「あ…奇遇だね」

『…あ』


しまった。思わず声をかけていた…。いつもならそのまま無視する場面だったのになんでだ。

木下は土曜日の夕方でもやっぱり寝癖をつけたまま、両手にパンパンに膨らんだスーパーの袋を持って歩いていた。

…なんだこいつ、主夫かなんかか?見たところ袋の中は食い物ばっかりみたいだし。

ジロジロと見ていた視線に気付いたのか、木下が話し始める。


「基本的に買い物と料理は俺がやってて…弟と妹がいるから結構食べるんだよね」

『ああ…量多いと思った』

「新井山くんは…猫飼ってるの?何猫?」

『な、なんだ…?猫の種類?昨日拾ったばっかでよく知らない』

「…わ!ぶち猫だね。かっわいいなあー!」


木下はあっという間に距離を詰めると、ゲージを覗き込んで嬉しそうな声を出す。

可愛い?この、目つきの悪いやつが…?いや、それよりこいつはぶち猫っていう種類なのか。種類ってか、柄の名前?確かにぶち模様か…。

なんて返答すればいいか悩んでいるこちらは一切気にせず、木下は尚も喋り始める。


「俺の実家さ、保護猫活動やってるんだよね。こういう病気の猫とか子猫とか、放って置けなくて。

猫って可愛いよね。どんな猫も可愛いっていうか。

でも意外だなあ、新井山くんの家はお金持ちっぽいからこう、なんていうか血統書付きの猫とか飼ってそうなイメージが…あ!勝手な想像してごめんなんだけど!」

『まあ…俺も、飼うならラグドールとかだと思ってた』

「え、やっぱり?似合いそうだね。他にも猫いるの?」

『いや…こいつが初めて。ペット飼うのも』

「それなのに、こんな病気の猫を…。新井山くんって、猫が好きなんだね」


感動したように話す木下。

なんか俺のことを勘違いしてる気がする。別に俺は猫が特別好きなわけでも、この猫に特別同情したわけでもないのに。

反論したいけどどう説明するべきなんだろうか…。


「あ、やばい買ったアイスが溶ける…。じゃあ、また!あ、あとその子もし虫歯とかあるなら、水はぬるま湯がいいよ!」

『ぬるま湯…、なんで?』

「知覚過敏の子の場合、冷たい水だと痛みが出るから飲まない子もいるんだ。水を飲まないと腎臓病とか…、いや、ごめんなんか色々語っちゃって…」

『…俺、猫ってか病気の動物飼うの初めてだから、助かる』

「!そ、そっか。良かった。じゃ、また学校で」

『おー』


スーパーの袋で若干歩きづらそうな木下が、背中を向けて歩き出す。

…寝癖でボサボサなのもワイシャツのアイロンがかけられてないのも、弟と妹の世話で手一杯だからか。

その上、俺より猫の看病のことまで知ってそうだったな。


『……あいつ、すごいな』


それに比べて俺は一体、何が出来るんだろう?

毎日更新は一旦ここまでです…

次回まで少々お待ちください!

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