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1 8歳の絶望と、そこそこ素晴らしい人生

8歳の時、母親が死んだ。


「まだ若かったのに…」

「気の毒にねぇ、子供も小さくて」


弔問客が横をすれ違う中、どこを見ていれば分からずただテーブルの木目を数える。

葬式が終わり、火葬を終えて自分より小さくなった母親を見た瞬間、堪えきれずに嗚咽した。

泣いて、泣いて、お母さんと叫んで。立っていられず床に座る俺を、父親は何も言わず冷たい目で俺を見下ろしていた。


暗い、我が子への愛情を感じられない、そんな目をただ俺に向ける。慰めることも抱きしめることもなく。

ただただ泣き続ける俺をしばらく見た後、「帰るぞ」とだけ言い俺を置いて父親は葬儀場を出ていった。

優しい母が居なくなり、残されたのは子供の自分とろくに話したこともない父親の二人。


それ以来俺は、父親が苦手だ。








「湊、やっぱ医大行くの?」

『まあね。合格圏内だし』

「すげー、医者とか勝ち組じゃん」

「しかも東京の大学だろ?羨ましー」


新井山(にいやま) (みなと)、高校2年生17歳。

特に努力せずともそこそこ良い成績を修め、そこそこ良い偏差値の高校へ進学。

部活には入らず自宅学習のみでそこそこ良い医大への進学も既に目標圏内。

クラスでは上位カーストのグループに属し、顔もそこそこ良い。

そんな退屈極まりない、死ぬまでの暇つぶしの人生の途中。


「今日どーする?どっか行く?」

『あ、悪い。グループ課題の提出あるから今日はパス』

「うーい」


このままそこそこ良い人生を歩むために、ある程度の努力は必須。

先生への内申点も重要だ。たとえとんでもなくだるいグループ課題だろうが、一緒にやるメンバーがダサい根暗メガネだろうが、俺は手を抜かない。


目の前には朝の寝癖が放課後まで残っているような、ボサボサ頭に分厚いメガネの背の低い男子。

制服もワイシャツはヨレており、あまり清潔感は感じない。

コイツの人生は分かりきっている。今度もずっと冴えない人生を送ることになる。大して高くもない給料をもらい、昇進は諦め、家族も持たず独居老人。最後は死後2週間ほど経ってから近所の住人に通報され発見される…、どうせそんなもんだろう。

そんな風には間違ってもなりたくない。


『木下』

「新井山くん?」

『課題今日提出だからさ、一応これでいいか見てくんない?』

「俺が?いいけど…新井山くんがまとめてくれたやつだから、大丈夫だと思うけどなあ」


そんなのは分かりきっている。必要なのは一応体裁的にグループとしてやったという実績だ。

さらっと見て"大丈夫"とさえ言えばいいのに、木下は律儀に最初から最後まで目を通す。一人、また一人と放課後の教室から生徒は出て行った。

この空間に二人残されてからようやく、木下は課題のノートを差し出してくる。


「うん、バッチリだと思う。まとめてくれてありがとう」

『じゃあこれ提出してくる』



先生へ課題を提出した後、自宅へは少し遠回りしてスーパーへと寄る。

夕方過ぎの時間は昼に出した弁当に割引シールが貼られており安さに手を伸ばしたくなるが、我慢。

いつもより安い鶏ひき肉と青ネギをカゴに入れる。なめこと豆腐も手に取り、レジへ。

財布を開くと、13万8千円ほどが入っており、千円札と小銭で支払う。


万札が増えてきたから、そろそろATMに預けてもいいかもな。明日にでも行くか。


家に帰れば誰もいないダイニングテーブルには1万円札のみが置かれている。

父とはもはや、会話はない。三日に一度1万円札をテーブルに置いていくのみ。

出張や泊まりの仕事もある上に、家に帰ってくるのは大体深夜のため顔を合わせることすら数ヶ月に一度あるかどうか。

仕事人間な父親はある意味で都合が良かった。


テーブルに置いてある万札を財布にしまう。

父親は俺が料理を作れることを知らない。もらった金を節約して貯金していることも知らない。

高校と同時にこの家を出る。もう二度と、父と顔を合わせずに暮らしていく。

それが直近の俺の夢。だからあまり金を無駄遣いはできない。


鶏のネギそぼろ丼となめこの味噌汁を作り、自室へと運ぶ。

今日のニュースを流しながら夕飯を食べ、勉強。いつもと変わらない、明日も同じく続いていくルーチンワークだ。







そんなルーチンワークが終わったのは突然だった。


学校から自宅へと帰る道中にある公園。そこで3人の小学生がやいのやいのと騒いでいた。


「あ!俺当ったりー!」

「くっそ、難しいなあ」

「なー、これ顔当たったら50点にしようぜ」



小石のようなものを投げているようだった。

投げた先にある的は…なんだろう?模様付きの、大きい石か?


知らず、前へと足を踏み出していたようで、3人のうちの一人がこちらに気づいて大きく体を震わせた。


「おい…!高校生がいる」

「やば…逃げるぞ」


そう言い残し、3人はあっという間に走り去っていく。

結局的はなんだったんだろうと歩き出し、近くに行ってようやく理解した。それが猫であることに。

目は膿だらけであまり開ききっておらず、鼻くそが固まってピューピューという僅かな呼吸音を出している。

顔が大きい割に体はガリガリで肋骨が浮き出ており、太っているのか痩せているのかよく分からない。


汚い猫だな。多分もうすぐ死ぬだろうけど、保健所とかが死体を持っていくんだろうか?


そう思い、踵を返そうと足を引いたその時。




「………フゥ」




猫が、こちらを馬鹿にした様子で息を吐いた。

どうせお前程度に期待は出来ない。早くいなくなればいいのに。

そう言っているようだった。



瞬間、俺は自分の上着を脱いで猫を包み歩き出す。

こんな今すぐにでも死ぬ程度の猫に馬鹿にされたのが、どうしてか無性にイラついたんだ。

明日も更新します

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