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いつか結ぶ、その実を  作者: たびー


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5/5

「誰が火をつけたの?」

 ノンはたった今見た光景が目に焼き付き、ふるえた。アンドロイドだといわれても、焼け焦げたナライは人そのもの見えたのだ。

「あなたがたに、賢くなってもらいたくない人々にです」

「『あなたがた』というのは、わたしたち労働者(ファクトリー)のこと?」

 そうです、とコチはうなずいた。

「いまあなたにお話しして、どれほど理解していただけるのか、わかりません。この話しはお終いにしましょう」

 ノンは聞きたいことがまだたくさんあったのに、コチはさっさと話しを切り上げてしまった。

「どうしてわたしたちがカシコクなっちゃだめなの? 火をつけたのはこの前の男の人たちなの?」

 たまらず話し続けたノンの矢継ぎ早の質問に、コチは沈黙したままだ。ノンは肩を怒らせたまま、コチをにらんだ。

「……コチは、あたしがバカだと思っている?」

 バカという言葉は悪い言葉だ。いわれてうれしい人なんかいない。それはノンだって知っている。

「そんなことはありません。ただ、今はまだあなたにとって、機が熟してはいないのです」

 コチの無感情に言葉に、ノンはなんだか腹のあたりがムカムカしてきた。奥歯にものが挟まったようなコチの物言いのせいなのかもしれないが、ムカムカの原因をノン自身が説明できそうもなかった。

「帰る。すごい汚れちゃったから、帰って洗濯しなきゃ」

 ノンはコチに背を向けて入口の扉に向かった。

「あなた」

 コチの聞きなれない呼びかけに、ノンは振り返った。

「今は難しいと思います、でも、考えることをやめないで下さい」

 ノンが眉をぎゅっと寄せてコチを見ると、コチはつづけた。

「すべてのものは、誰かが作っているのです」

 ノンは立ち止まり、コチを見つめた。

「わかんない」

 ノンはコチに言い捨てると、図書館を出て道を走った。

 わかんない、わかんない、わかんない。

 公園に入り、来た道を戻っていく。いじわるな連中と出くわした公園を息を切らして走り抜ける。

 ノンたち労働者(ファクトリー)は、上級市民とは違う。詳しく教えてもらっていないが、労働することは尊く、労働を任されている自分たちも尊いのだ、と教場で教わった。

 でも、尊いなら、食事が満足に与えられずに、いつもお腹をすかせているのはなぜだろう。

 賢くなることを妨害されるのはなぜ。

 髪を伸ばすことさえできないのはなぜ。

 ノンはわからないことの多さに、悔しくて目をぎゅっとつぶった。と、その拍子に石ころが足を踏み、体がバランスを失った。

「あっ」

 短い悲鳴とともに、ノンは遊歩道の法面(のりめん)を転げて、池に落ちてしまった。

 起き上がると、池はノンの膝くらいの深さだった。池の水はぬるく、生ぐさかった。ノンは池から上がると、ずぶ濡れのまま、寮へ戻っていった。


「ノン、どうしたの!」

 玄関にいた同期のハナが、ずぶ濡れのノンを見て声を上げた。ハナは夕食の準備係だったようだ。ワンピースのうえに白いエプロンをしていた。

「うん、池に落っこちゃって」

「早くシャワーしてきたほうがいいよ。もう時間がないから」

 うん、ともう一度返事をしてノンはシャワー室へ行った。空いている洗濯機に着ているものをすべて入れて、シャワーを浴びた。夕食前にはシャワーが止まる。使用時間ギリギリだ。

 ノンの短い髪はあっという間に洗いあがった。備え付けの石鹸をてのひらであわだてると、体を洗った。自分の腕を鼻につけると、池に落ちてついた生臭さは消えていた。

 図書館は、食べ物を隠している場所ではなかったのか。

 なぜ、ユーナはノンにウソを教えたのだろうか。そもそも、ユーナは図書館の話を誰から聞いたのだろうか。

 ノンはうつむいてシャワーを浴びたまま立ち尽くした。

 シャワーは使用期限時間が来て自動的に止まった。続いて、夕食の予鈴がノンの耳に届いた。

 ノンは更衣室の棚からタオルと着替えを取った。取って、手を止めた。

 ――服はここで作られるけど――

 タオルや下着は作っていない。

 どこで作っているんだろう。今まで考えたこともなかったけど、とノンは薄いタオルに顔をうずめた。

「ちがう、そうだけど、そうじゃなくて……!」

 ノンはタオルから顔を離して、蛍光灯が照らす天井を見つめた。コチの声が耳によみがえった。

「誰かが、作っているんだ」

 ノンは体をふくのもそこそこに、灰色のワンピースを着ると廊下を走って食堂へ向かった。

 食堂では、いつもの感謝の言葉が唱和されているところだった。ノンは頭からしずくを滴らせたまま、自席へと進んだ。監督官がにらんでいたが、ノンはどこか足がおぼつかなかった。

 目に入るものがすべて今まで違って見えた。

 食事が乗るテーブルも、食器も、スプーンもフォークも「誰か」が作ったのだ。

 料理も、寮の材料の野菜や肉や米やパンや……。

「ノン、どうしたの」

 ノンがスプーンを手にしたまま、動かいないのを心配してか、ハナが話しかけた。

 ノンのなかでは、まだ「誰が」の連鎖が続いている。

 ついには、働いている建物や、ドームにまで疑問がおよぶとノンは両手で頬を挟んだ。

「ノン? 顔が真っ赤だよ!」

 ハナの声に周囲が気付いて、たくさんの視線がノンに集中した。

 ノンは自分と同じ格好の、バラバラな年齢の女性たちを見つめた。

 ……わたしは、誰が作ったの?

 くらりと部屋が回ったと思った。ノンはそのまま床に昏倒した。 

 

 


 

 


 

 

 

 


 

 

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