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 休日、ノンは理容の日だった。理容の日はあらかじめ決まっている。休日ごとに毎回二十名程度が髪を切られる。ノンたち女工の髪は、指でぎりぎり摘めるくらいの長さしかない。同じグレーの衿なしワンピースに、髪はごく短め。後ろから見たら、誰が誰だか見わけがつかない。

「コチみたいに長くしたいなあ」

 短くなった髪を引っ張りながら、ノンは図書館へ向かって公園を歩いていた。久しぶりにトークンでお菓子を交換し、歩きながら焼き栗をむいては口に放り込む。

 公園の中央には小さな池があり、その周りには花壇がある。花壇の世話は、女工全員でやっている。これもまた、順番に回ってくるのだ。ノンは花壇の手入れはあまり好きではないが、中には手入れをするのが大好きという者たちがいて、小さなクラブのようなものを形成している。ドームの中には、縫製工場と寮くらいしか目立ったものがないから、花壇がなければさぞや殺風景だろう。

 公園の寮とは反対のゲート、ドームの端ちかくまでやってくると、ノンの行く手に三人の人影が見えた。

 何をするわけでもなく、立ち話でもしているのだろうか、時々三人は顔を見合わせてうなずいたりしている。

 ノンは今まで、こちらのゲートで人を見ることがなかったので、首をかしげた。三人はノンより年かさに見えた。三年団と四年団だろうか。時折ノンのほうをちらりとみては、ひたいを寄せ合っている。あまりいい感じはしない。

 痩せているのは、ドームの女工すべてだが、やたら顔色が青白かったり、頬が赤かったり、地黒だったり三者三様だ。

 ノンが軽く頭を下げて、行きすごそうとして三人の前を通ったとき、いきなり腕を捕まれた。

「あんた、ユーナと同室の子だね」

「え?」

 地黒でぎょろ目の女がノンの腕を掴んでいる。ノンより頭一つ分、大きい。

「ちょっと聞きたいことがあるんだ、ユーナ、これくらいの本か何か部屋に残していないかい」

 青白く頬のこけた女がノンに尋ねた。女は手のひらくらいの四角を指で宙に描いて見せた。

「ないよ」

 ノンは正直に答えた。本などなかった。クジャクの刺繍をしたワンピースは、たまたまユーナが叱責される前日にノンが預かったのだ。

「そんなはずナイだろ。ウソ言ったら許さないからね」

 青白いひたいに筋をたてて、女が低く脅すような口調でノンに詰め寄った。

「ないよ、なんにも! 用がすんだら、とっとと離して」

 ノンは上背のある女に腕を引っ張られ、片足が浮いてしまっている。力ずくで捕まれた腕が痛い。

「いや、持っていたはずだよ、いつも一緒だったあんたが知らないはずがない」

 ノンはなおも問い詰める、青白い顔に背中が冷えて唇をかみしめた。

「ちょっとポケットの中、確かめな」

 青白い顔に命じられて、赤ら顔がノンのワンピースのポケットへ勢いよく手を入れたかと思うと、悲鳴をあげて尻餅をついた。

 赤ら顔の指先から血が滴っている。ポケットに穴をあけないよう、上向きに入れていた糸切り鋏で指を突いたのだ。

 他の二人がうろたえた隙をノンは逃さなかった。ノンの腕を掴む力が緩んだ手を振りほどき突き飛ばすと、全力でゲートを駆け抜けた。

 置いてけぼりを食らった三人の、間抜けな声が背後から聞こえたが、若いノンに足で勝てるはずがない。

 ノンはそのまま図書館まで駆けて、館内にもぐり込んだ。

「こんにちは、わたしは」

「しっ!」

 ノンは入り口の扉に背を付け、外の様子を伺った。ノンは荒くなった息をしずめようとした。耳を澄ませて外の音を探ろうとするが、心臓の音が耳の中で渦巻き、きちんと聞こえない。なんどもなんども深呼吸すると、ノンの鼓動は徐々に戻っていった。

 ようやく聞き耳を立てたノンには、足音や話し声は聞こえなかった。それでも用心して、ノンはしばらくそのままの姿勢でいた。

「もういいのでは?」

 コチに話しかけられて、ノンはようやく立ち上がりワンピースの誇りを払った。

「何か、困りごとでも」

 ノンはうつむいてワンピースのスカートを掴んだまま、うつむいた。

「ユーナ姉さんのこと、聞かれた。年上の人たちから。預かっている本があるはずだって」

 今更思い出したが、あの三人はユーナと働いていたはずだ。なんどか残業になったユーナを作業場まで迎えに行ったことがある。そのとき、確かにあの三人も作業をしていた。ノンが作業場を覗いたら、四人はぱっと離れた。不自然な動作をノンは思い出した。

 ――へんな連中とつるんだりしていたから。

 昨夜のカンナの言葉を思い出して、ノンの体はふるえた。

「顔色が悪いです。椅子に座ってください」

「ねえ、ここにユーナ姉さんも来たことあるんでしょう」

 ノンの問いかけに、コチは無言だった。

「ニカイって、図書館の二階のことじゃない? あるよね、2の棚の奥の方に階段が」

 前回2と3の棚を見に行ったときに、本棚たちと同じように煤けた壁と階段がわずかに見えたのだ。位置的には、中庭と反対の方向だ。外から見ても、三階くらいまでの高さがあると思えた。

 コチが黙っているのに業を煮やして、ノンは2の棚の方向を目指して駆け出した。

「待ちなさい」

 コチの忠告も無視して、ノンは焼け焦げた3と2の本棚を行き過ぎて短い通路の突きあたりまで来ると、左手を見上げた。

 階段があった。

 のぼった先に、焼け落ちた窓がある。ノンは舞い上がる煤とホコリに咳き込み、ワンピースの袖で口を覆った。

「戻ってきなさい」

 コチはまだ警告を発している。ノンは人が四人ほどらくに通れるくらいの階段に足をかけて登り始めた。やはりひどく焼けている。

 なぜ火事になったのだろうか。ノンは踊り場まで来ると手すりからさらに上を覗いた。

 階段に何かがあった。

 何かが階段をふさぐように、ある。

 ノンが身を乗り出して目をしかめた。長方形の箱に細い二本の棒が二組?

 手前に転がる焼けて塊になったもの、それは。

「くつ?」

 とたんにノンにはそれが何であるかが分かった。分かったと同時に悲鳴を上げて階段を駆け下りた。

「コチーっっ」

 ノンは叫んだ。最後の一段を踏み外し、ノンは床に転げた。バタバタと手足を無駄に動かして立ち上がると、膝がふるえた。ノンはコチのいるカウンターまで必死に走った。

「コチ、ひとがいる、真っ黒な、ひとが」

 ノンはまるでうまく話すことができなかった。ついさっき目にした光景をコチに説明できない。

「落ち着いて、あれは人ではありません」

「え、え、違うの?」

 ノンが泣きそうになりながらコチを見つめる。

「違います。わたしと同じAI司書だったものです」

「ひとじゃないんだ……」

 ノンは緊張の糸が切れて、床にへたり込んだ。

「あれは、ナライ。ナライは暴徒から図書館を守ろうとしたのです」

「ボウト?」

「ここを焼きに来た人たちのことです」

 ノンは首をかしげ、コチの次の言葉を待った。

「管理者に命じられた手下たちです」

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