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いつか結ぶ、その実を 3

 ノンの日常がまた始まった。次の休みまで、クジャクのワンピースとはお別れだ。けれど今回は図書館から持ってきた辞書のページがある。

 夜、就寝前の短い時間に眠い目をこすりながら、ノンは数枚の辞書を何度も読んだ。

 ノンは夕食後から就寝までの短い時間、自分のベッドへ横になって辞書に眼を通した。同室の二人に見つからないように、二段ベッドの上段でカーテンを閉めている。

 寮室は、四人一室で二段ベッドがふたつ入っている。一室に同じ年団のものが入ることはなく、ノンの部屋もノン以外の二人はずいぶんと年かさだ。今は三年団の女性が体調不良で別室へ行っているので実質二人だ。

「あい、あおぞら、あおうなばら」

 コチが勧めてくれた辞書は難しい文字にはすべて読み仮名がふってあった。これならばノンにも読めた。読めるけれど、意味が分からないものが多く、ノンはてこずっている。

 そら、とは何か。

 あおはたぶん青だろうが、そらとは。確か鳥の本を見たときに、コチが言っていたような気がする。

「鳥は、そらを、とんだ?」

 ノンはコチの言葉を必死に思い出そうとしたが、果たせなかった。

 言葉の説明の前に、さらにわからない言葉が理解を妨げる。ノンは小さくうなり声をあげてしまった。

「ノン、なにうなってんのよ」

 寮室は、二段ベッドが左右の壁際に配置してある。真ん中のスペースは共用で小さなテーブルが置かれてある。テーブルでお菓子を食べていた、四年団の女性・カンナがノンに声をかけてきた。

「具合が悪いわけじゃないわよね」

 白髪が目立つカンナの声を無視すると、ぎゃくに様々詮索されそうなので、ノンはカーテンを開けてうなずいて見せた。

「あんたまでいなくなると、困るからね。ここの部屋、ひとりで掃除するなんて嫌だわ」

 ノンはカンナを見て眉をしかめた。お菓子は、休日しか食べられない決まりになっている。休日に公園でトークンと交換したお菓子は寮へ持ち帰ってはいけないことなっている。けれど大半の者がが守ることのない規律であることも事実なのだが。

 ノンのしかめっ面に気づいたのか、カンナが言い訳じみたことを言う。

「なによ、あげないからね。お菓子くらいいいじゃない。やってられないわよ、甘いものでも食べなけりゃ」

 カンナは小さな焼き菓子の残りを口に放り込むと、テーブルに突っ伏した。

「わたしらみたいな四年団にもなりゃ、九日も働いて、一日休んだだけで疲れがとれるわけがないのよ」

 ノンはベッドから降りて、テーブルの上を片した。菓子の包み紙を小さく折り畳み。カンナへ渡す。朝の巡回で看守に見つかったら大事になるからだ。カンナは包み紙を自分のワンピースのポケットへ入れた。

「そういえば、ユーナが前に変なことを言ってたわ。ずっと昔は五日働いて二日休んだなんて」

 そんなの聞いたこともないわ。とカンナはあくびをしてから伸びをした。

「ユーナは、変な連中とつるんだりしてたからね。寝るわ。体を壊しちゃ元もこもないわ。六年団まで働いたら、あとはゆっくりできるんだから。途中でいなくならないように」

 カンナはノンの向かい側の下段へもぐり込んだ。

「もう消灯だ、あんたも早く寝るんだね」

 ノンはうなずいて。またベッドへ戻るとカーテンを引いた。

 五日働いて二日休む、なんてノンはユーナから聞いたことは無かった。

 ユーナが語った「昔」は、どれくらい昔?

 ノンが教場へ入るよりも、ずっと前のことだろうか。

「教場……」

 教場より、前。

「あたしは、どこにいたんだろう?」

 外で小さく鐘が鳴った。消灯の合図だ。鐘が鳴り終わると、部屋の灯りが消えた。

 廊下の灯りが、仄かに扉にはめられた磨りガラスを通して部屋の中を照らす。

 次の休みには、そらについてコチから話を聞こう。小さな部屋で本を読もう。

 ノンは目を閉じた。

 

 

 

 

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