第二話 「謎の少女」
「お前っ!わたしの弟子になれ!」
……ん?弟子?どういう事?
ちょっと言ってる意味がわからない。やっぱり、この子は少し頭がおかしいのかもしれない。
でも、少女は少女なりに真剣なのだろう。覚悟の決まった様な眼差しから、それは理解できる。
ここは年長者として、少女のやりたい事に付き合うべきだろう。彼女が立派に成長する事を願って。
「分かったよ、今日から僕は君の弟子だ」
「……何だ、やけに素直じゃないか。てか、そのにやにやした顔を止めるのじゃ!気持ち悪い」
このクソガキ言わせておけば。
「わたしはお前の師匠じゃから、知りたい事があれば何でも聞くのじゃ〜♪」
僕が素直に言う事を、聞いたのが嬉しかったのか。少女は上機嫌の様子だ。
仮に今歌いながら踊りだしても、何の違和感がないだろう。
思ったよりも、ちょろいぞコイツ。
「ここはダンジョン……でいいんだよね?」
「そうじゃ、そんな事も分からないのか。……ぷぷっ」
よし!コイツは、質問が終わって用済みになったら、存分にしばいてやろう。
年上舐めてんじゃねぇぞ。
「で、君がダンジョンマスターなのかな?」
「そうじゃ!……いや、そうじゃったと言う方が正しいじゃろう」
少女はそうじゃった、と過去形で言った。つまり、少女はダンジョンマスターだった。
加えて、先程少女が言っていた『権限』という言葉。おそらくダンジョンに関する権限という意味だと推測できる。
『権限』か。まるで、受け渡しが可能であるかの様な言い方だ。
そして、僕がゲーム『シャングリラ』で選んだジョブは、ダンジョンマスターだ。
これらの情報から、一つ予想ができる。
「今は、僕がダンジョンマスターだね?」
そう言った途端、少女の顔は苦虫を大量に噛み潰した様な表情に変わった。
図星か。表情が分かりやすいのは好感が持てる。
「……そ、そうじゃ」
伏し目がちに少女は言う。凄い不服そうだ。
「だが!」と少女は続ける。いきなり、目が大きく開いてちょっと怖い。
「お前は、ダンジョンマスターについて何も知らないと見える。権限を奪われた事は、特別に水に流してやるのじゃ。何せ、わたしはお前の師匠じゃからな!」
「おー器が大きいー。尊敬できるー」
本当はそんな事は微塵も思っていないが、ダンジョンマスターについて何も知らない事は事実だ。
ここは、煽てて情報を引き出すのが得策だ。
「……なんか棒読みじゃの、本当に思っておるのか?」
やばい。バレてる。
「ところで、ダンジョンマスターって何が出来るの?」
深掘りされるとボロが出そうなので、咄嗟に話をすり替える。
「ダンジョンマスターが出来るは魔物を召喚してダンジョンに配置することじゃ」
「何のために?」
「そりゃ冒険者から守るために決まってるのじゃ」
やっぱりいるのか。冒険者。
ファンタジー世界のお約束だもんな。
そういえば、ゲーム『シャングリラ』の選べるジョブの中に冒険者もあったな。
しかし、わざわざ何を守るのだろう?
「何かを守ってるの?」
「ダンジョンコアじゃ」
まあ、これもお約束だ。
「それは今どこにある?」
「正確な位置までは分からぬが、ダンジョンマスターであるお前の身体のどこかじゃろう」
は?
「埋め込まれているって事?」
「いかにも」
落ち着け。状況を整理しよう。
まず、僕はダンジョンマスターだ。
そして、冒険者はダンジョンコアを求めてやってくる。
そのダンジョンコアは、ダンジョンマスターの中にある。
つまり、冒険者たちは僕の身体を引き裂いて、ダンジョンコアを取り出しにくる。
背筋に冷や汗が流れる。それと同時に全身の鳥肌が立つ様な感覚に襲われる。
———僕を殺しにくるのか。
そのあまりにも現実離れした事実を受け止めきれず、僕は地面に座り込んでしまう。
今まで遠い存在だと思っていた死が、目の前に迫っている。
心臓の鼓動がうるさいくらいに、どくどくと速くなってゆくのを感じる。それに、どうにも呼吸が苦しい。
僕が……死ぬ?
『死』の文字で、視界が埋め尽くされる。
———怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「おいっ、大丈———、ん!?」
座りこんだ僕を心配そうに覗き込み、声を掛けてきた少女が、何かに気づいたかの様な素振りを見せる。
そして、口角を上げ、あどけなさの残る唇を愉快そうに歪める。
「来るぞ、冒険者じゃ」