第五話 ~それからの日常~ 5
私の気持ちが落ち着いてから触診が始まります。
診察台に横になり、服を少しだけ開けさせお腹を晒します。
「・・・・っ!」
健がいつも少しだけ驚かれますが、直ぐに気持ちを切り替えて藤塚先生の言葉を待たれます。
「それでは萌お嬢さん、失礼しますよ」
暖かな手で私のお腹に触れられます。先生の手に触れて頂けますと、何処となく心が緩むような気がします。
「苦痛は大丈夫ですかのぅ?」
少しだけ押されるような感覚がしますが、特に問題はありません。所々で固かったり、弱かったりする部分がありますが、今の所でそんなことはありませんでした。
「はい、大丈夫です」
「何か感じましたら仰ってくだされ」
それから手際よく手を動かされ、私のお腹を触れていかれます。
所々で私が感じるモノをお伝えし、藤塚先生が触り方を変えていかれます。
「こうするとどうですかのぅ?」
「それですと・・・」
そんな事を繰り返して、診察が進められていきます。
その話を健は私以上に真剣に聞いていてくださり、それがくすぐったく感じてしまいます。
「・・・それでは、健君に触れさせてもよろしいじゃろうか?」
「「えっ?」」
・・・触れる?
私のお腹に・・・健がですか?
「健君には萌お嬢さんの身体について知っておいて欲しいのじゃが・・・駄目ですかのぅ?」
「その、私はだいじょうぶ・・・ですよ?」
顔を少しだけ動かして健を見れば、動揺を隠せず慌てているようでした。
「えっ? でも、女性の素肌に触れるのは・・・」
「何も邪な事で触れる訳ではないぞ? それとも、お主は萌お嬢さんの身体はどうでもいいのかのぅ?」
「そんなことないです! 俺は先輩が元気になるならなんだって・・・!」
「じゃったら、お嬢さんが良いと言ってくださっているのだから、素直に勉強させて貰うのじゃ。ほれ、手を借りるぞ」
先生が健の手を掴み、私のお腹へと近づけようとします。
「わ、分かりました! だから、ちょっと待ってください」
そう覚悟を言われて、健が自由になった手を擦り合わせ始めます。掌同士を擦らせている姿を見ながら、私はその行為に嬉しさを覚えます。
「・・・ほうっ」
藤塚先生も感心され、分かり切っている質問をされます。
「何故そうしているのか、意味を言えるな?」
「冷たい手で触れたら、先輩を驚かせるだけじゃなく、お腹まで冷やすじゃないですか」
当たり前のようにそう返事をされます。
優しい子・・・こんな子に好かれて、私は幸せ者ですね。
「ふふっ、ありがとうございます。でも健の手は暖かいから大丈夫ですよ」
「・・・それでも、念には念を入れておきたいです」
もう、この子ったら・・・本当に優しいんですから。
「それでは、そろそろ健君に触れさせてもよろしいですかな?」
「ええ」
「それでは健君、まずはここなんじゃが――――」
藤塚先生がまず私のお腹に手を置かれ、そこを今度は健の手が・・・
「萌先輩、失礼します」
「・・・んっ」
健の暖かい手にお腹を触れられ、思わず声が漏れます。
・・・変です。健に触れられる感じは・・・その、藤塚先生と異なっています。
「・・・ふっ、ぁ・・・っ」
お腹を撫でられたり、押されたりされますと声が・・・・
「先輩、大丈夫ですか? もしかして、痛みが・・・」
「・・・平気です。藤塚先生と異なる触れ方をされ、少し驚いただけですよ? ですから、気にされることなく触れてください」
少々驚いてしまいましたが、その後は触れられることに慣れてきたのでしょう。特に問題なく、最後までして頂けました。
「それでは、これが今回の方剤になりますな」
先生にお茶で喉を潤して頂いた後、袋に入れた二週間分の漢方薬を手渡しされます。
「はい、いつもありがとうございます。藤塚先生」
用意された漢方薬を胸に抱きかかえ、頭を下げて感謝を伝えます。
「いやいや、こちらこそ律儀に服用して頂いて、有難い限りじゃよ」
「律儀にって・・・普通はちゃんと飲むものじゃないんですか?」
健が不思議そうに質問をされますが、私も昔同じように質問をしましたね。
それに対する先生の返事が・・・
「皆が皆、規則正しく飲めるわけではないからのぅ・・・・・薬を飲む飲まないは、相手の心がけ次第じゃよ」
「それじゃあ、何のための治療なんですか?」
「基本的に、出されたのを飲まないと思う人はおらんよ。ただ飲み忘れてしまうんじゃな。勿論例外もあるがのぅ。まあ、医者といっても、薬を飲んでもらわねば何もできんもんじゃよ」
「・・・・」
納得のいかない顔をされていますが、これ以上の会話をされるつもりはないようですね。
よろしくない感情を持たれている健の手を取ります。
「さあ、行きましょう? 健」
少しでも早く、この子の感情をそらしたい。
暗い感情に、囚われていて欲しくありません。
「・・・はい」
私の考えを察したのか、素直に返事をしてくれます。
健は・・・・本当に気を遣う『良い子』なんですよね。
「では、送らせて頂きますので車に乗ってくだされ」
先生が歩きだされ、私達も後をついていきます。
「よろしくお願いします、藤塚先生。それと、今日は健も私のお家で降ります」
「・・・ほう? ほうほう・・・・健君」
「・・・・?」
「二人きりになったからといって、お嬢さんに変なことをするでないぞ?」
「そ、そんな事するわけないじゃないですか! 萌先輩が嫌がる事なんてしません!」
「その心がけは立派なんじゃがのう・・・・・お嬢さん?」
「・・・それが健ですから」
今はまだ甘えて頂きたいですからね。
そのような事はまだ先で構いません。
「まあ、なるようになると言うことじゃな・・・それでは、早くお二人を送り届けるとしますか」
外に出ますと、先生は車のドアを開けてくださります。
そのお心遣いに甘え、乗車させて頂きます。
「ありがとうございます、藤塚先生。さあ、健も」
いつもなら私の後、直ぐに乗ってこられますのに・・・今日は少し躊躇いが見られます。
私のお家に行くことに、緊張しているのでしょうね。
「は、はい」
どこか覚悟を決めた表情で乗り込んでこられます。
「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ? いつも図書室では、二人きりではないですか」
「先輩の部屋に上がるのは初めてですし・・・それに、図書室といっても学校の中ですから」
「まあ、そこは大丈夫じゃよ」
「・・・えっ?」
健の状態を見かねてか、藤塚先生が口を挟まれます。
「萌お嬢さんの護衛が外にいるからのぅ・・・・本気でお嬢さんが危ないと思えば、力づくで止めてくれるわい」
「だったら安心ですね」
先生のお言葉にホッとしたのでしょうね。軽くなった足取りで乗ってこられました。
ドアを閉め、シートベルトをしますと車は動き出します。
動き出した車の中では無言が続き、横目で健を見ますと『よかった』という風に安堵してるような顔つきでした。
「・・・・」
健は自分を過小評価し過ぎです。
本当に私をそういう風にするつもりでしたら、あの時の夜の世界でしていたでしょうに。
これ以上は私に手を出さないよう、必死に欲望を抑えていたことくらい、分かっているんですからね? 自身の手を思い切り握りしめ、耐えていたことに夜明け前に気づいたのですから・・・・
「で、帰りはどうするんじゃ? 連絡さえ貰えれば―――」
「いや、別に歩いて・・・」
「いえ、あやめに送らせますので、藤塚先生はゆっくりしてください」
「えっ?!」
「・・・ほほぅ? 分かりましたですぞ。最後までお楽しみくだされ」
「ええ、ありがとうございます」
先生には気づかれてしまいましたか。
「えっと、萌先輩・・・? 別に俺は歩いて帰っても大丈夫ですよ?」
「・・・少しでも健と一緒に居たいのです」
本当なら、言葉にしなくても察して頂きたいところです。けど、この子はそれができない。そう思うことができない世界で生きてきたから・・・
だから、こうやって言葉にして、貴方という存在は一緒に居たいと、私から想われているんですよと、何度でも教えてあげたい。
「・・えっ? それって・・・・」
「・・・・」
流石にこれ以上の言葉は不要なので、黙らせて頂きます。
「やれやれ・・・まだまだですな、健君」
「・・・・はい、ぐうの音も出ないです・・・・・」
「お嬢さんと一緒に、少しでも私的な時間を過ごすことじゃな・・・・まあ、これ以上はいうまい」
藤塚先生も必要以上に語らず、運転に専念されます。
それからは、誰も声を上げることはありませんでした。静かな中で、ただ同じ時を過ごす。
言葉を交わさずとも、同じことを考えているのが分かります。
私と健のこれからの関係性について・・・・ね。




