第四話 ~それからの日常~ 4
最後の授業の終わりを告げる鐘がなり、ホームルームも終わりました。
「・・・・教科書、ノート、お弁当に水筒・・・全て忘れ物はありませんね」
帰り支度を整え、最後に声を出して確認を行います。普段ならばあまりしないのですが、今回は特別です。
本日はこれから藤塚先生に診察をして頂き、その後は健を私の部屋へとお招きするのですから、ミスなく行いませんとね。
もし忘れ物でもしましたら、健が取りに帰りましょうと言うのが目に浮かびます。そんなことになりましたら、一緒に居られる時間が無くなってしまいますからね。
「それでは、早く健の教室へ・・・・」
「久清さん。少しいいかな?」
そんな私に声をかけて来られる男子生徒を見ましたら、このクラスの一条さんでした。
「・・・手短にお願いできますか?」
一条さんとはこれまで、会話をした記憶もありませんが・・・・一体何なのでしょう? 早くあの子と、共に在る時を過ごしたいのですが・・・・・
「ごめんごめん、一年生の彼氏君の所に行くんだよね。その反応が見られたから、もう大丈夫だよ。ごめんね。それじゃあ、バイバイっ!」
それだけ言われると、特に何もなくクラスから出ていかれました。
「・・・・?」
不思議な方です。一体、私のどのような反応を見ていたのでしょう?
どことなく気になりますが、健をあまりお待たせするのも良くありませんね。早く行きませんと。
再会した後は、いつものように藤塚先生に診て頂きます。健はあの日から診察にもずっと付き合ってくれています。
「して、お主から見てお嬢さんの体調はどう思う?」
だからでしょう、藤塚先生は私への問診を終えた後には、健にも質問をされるようになりました。
どうやら健に才能を感じておられるようです。
「最近は食欲が少し落ちてるように見えます」
「ほう?」
「今日も食事を終えるのに時間がかかっていた気がしますし、歩かれる時に少し脚が重たそうな感じがします」
「それは脚だけかのう?」
「・・・いえ、全身が重そうな気がします。恐らく夏場の暑さによる水分補給とこの湿度が、悪い意味で作用している気がします」
「・・・萌お嬢さん、悪いですが健君に舌をちゃんと見せてやってくれませんか?」
「はい、わかりました」
健へと向き直り、口を開けて舌を出します。
「・・・・・」
健が無言で、私の舌を真剣な眼差しで見てきます。普段はまだ幼さのある顔つきが、この時には何処となく鋭さを見せられます。
・・・何故でしょう? 藤塚先生にお見せする時には感じなかったのに、いざ健にお見せするとなると・・・その、気恥ずかしいような・・・・・
「・・・健君。あまり時間をかけては、萌お嬢さんを疲れさせてしまいますぞ?」
「っ!? す、すみませんっ! 萌先輩、もう大丈夫です! 有難うございました!!」
慌てて健が声をかけてこられます。
そのお言葉を聞いてから口を閉じ、思わず両手で覆い隠してしまいます。
・・・どうして、こんなことをしてしまうのでしょう?
「して、改めて舌を『診て』どうじゃ?」
そのような私の姿を見てか、藤塚先生は健に質問をして、視線をご自身へと向けさせます。
健も私の様子に戸惑っていたのか、何処か慌てたように話し始めます。
「は、はい・・・その、舌に歯型が少しありましたし、舌苔も膩苔気味ですから、やはり冷えているのではないかと思われます」
「それだけでは冷えと言えんと思うが?」
「え・・・っ? あ、舌は白でした!」
「そうじゃのぅ。寒熱の判断だけは間違わんようにな・・・・・・しかし、飲み込みが早いのぅ。萌お嬢さんを診るだけならもう出来そうじゃな」
「でも、診れたところで何もできないんじゃ・・・意味なんてないですよ」
沈んだ顔で無念そうな健の声。
自分には何もできないと・・・自分は無力なのだと、そう信じきっている姿でした。けれど、そんな事はありません。だって健は―――
「・・・健は誰よりも、私の事を理解してくれていますよ?」
図書室での夏場の冷房を、私に風が直接当たらないようにと、いつも壁になってくれています。
寒そうにしていると、気にかけて手を握りしめてくれますし、何なら恥ずかしがっていても抱きしめさせてくれます。
子どものように暖かな健の温もりに、何度癒やされたことでしょう。
「でも俺には藤塚先生みたいに先輩のお身体を・・・・・」
「健が私の不調を感じ取ってくださるからこそ、私も気をつける事ができるのです」
「それでも、それ以外は何もできていないですよ。俺が無力だから・・・何もできないんだ・・・・・・」
出会ってから変わることのない、自虐的な言葉に胸が詰まってしまいます。
どうしてこの子は、こんなにも自分を褒めてあげられないのでしょうか?
どうして・・・できたことを認められずに、できない事ばかりを責めてしまうのでしょう・・・・・?
こんなにいい子が、どうしてこんな風になってしまったのでしょうか・・・・・
もしも今が二人きりでしたら、直ぐに健を抱きしめて諭してあげたい。
『貴方はそんな存在じゃないんですよ』と。
「ところで、健君は方剤なら何を考えるかのぅ?」
「えっ? あ・・・はい、その・・・」
「特に気にせず思ったままを言えばよい」
「・・・『藿香正気散』・・・・・ですか?」
「そうじゃのう。よく知っておるな」
「それは、その・・・今読んでる漫画がそれ系の内容だからで・・・・・でも、所詮は漫画の内容なんて当てには・・・・・・」
「そうかのう? 今お主はその知識で当てた訳じゃが?」
「隅中ですよ。専門書を読んでいないのに、当てに行けるわけが・・・・・それに萌先輩は女性ですから、四物湯加減がベースなんですよね・・・? 血虚の人が藿香正気散を飲んで大丈夫なんですか? 血虚だと気が生成できないから、気虚もあるんですよね? そういった状態で飲んでも―――いや、煎じ薬だったら加減してるから大丈夫なのか・・・?」
「お主・・・本当に初学者か? 普通はそこまで頭は回らんと思うが?」
驚く藤塚先生に健が返事をされます。
「家のパソコンで専門家のブログを覗いていたら簡単な解説があったので、それを見ているだけですよ?」
そう当たり前のように言われます。
ですが、そんな時間なんてそうそうあるはずがありません。だって―――
「・・・健は学校の勉強もしているでしょう?」
「・・・ぁっ!」
口が滑ったと思われてか、健が私から目をそらして視線が泳ぎ出します。それで全てを察する事ができました。
「・・・無茶はいけませんよ?」
もう抱きしめないなんて選択はできませんでした。
少しでも私の身体を守ろうと、努力してくれているこの子を抱きしめないなんて・・・そんな事できるはずがありません。
「せ、先輩・・・? 藤塚先生の前ですよ?」
胸の中に抱きしめた健がそう言われようとも、私はそのまま健の頭を撫でて行きます。
疲れている頭が、少しでも楽になりますようにと、そう祈りを込めて・・・・・
「・・・すみません。ですがこのままにさせてください。藤塚先生もよろしいでしょうか?」
「お嬢さんが必要だと思うなら存分にどうぞ」
「・・・ありがとうございます」




