第三話 ~それからの日常~ 3
「健、あーんっ♪」
ようやく迎えた念願のお昼休み。
今日は久しぶりに、保健室を使わせて頂いています。
人前で見せないのならば、遠慮なくこの子にあーんをしてあげられる。
口を開けた健へと、好きだと言っていただけた玉子焼きを食べていただきます。
「あむっ」
もぐもぐと咀嚼される姿が可愛らしい。見ているだけで抱きしめたくなるような、そんな愛くるしさに胸が言いようのない感情に満たされます。
「・・・健」
ですから、飲み込んだ事を確認してから、私は健を胸の中へと抱きしめてしまう。
「せ、先輩・・・な、何で・・・・・?」
胸の中から顔を上げて、私を見てくる。困惑しているその顔は幼くて、とてもかわいい。
「朝のマーキングの仕返しです。指先を咥えて舐めただけでなく、最後に吸ったのはそういうことでしょ? ですから私も、健にマーキングをしませんとね」
健へと頬を擦り寄せる。
「たける・・・たけるっ♪」
とても自分が出しているとは信じられない声が出てしまいます。
色づく声。
健だけに出してしまう声音。
この子だけに聴かせる為の声でした。
「・・・・・・せんぱい」
私の胸に顔を埋め、すりすりと甘えてくれる。
あの日以降、健はこうしたら私に少しだけ甘えてくれるようになりました。
それが嬉しい。
叶うなら、この子と一日中一緒に居たい。学校だけではなく、それ以外の時間もずっと、ずぅーっと・・・・・こうやって甘えさせてあげたい。
周囲の目を気にして、我慢をする必要なんてない・・・・素直にこの子の感情が表せる・・・・そんな時間が欲しい・・・・・
「失礼します」
突然ドアをノックされ、私と健のそんな時間が切られてしまう。
素早く私から離れた健が、気づけばお箸を握っていて、ドアが開いた時には食事を再開していました。
私もお箸を取り出して食事をするのですが、我儘な感情として、少しだけドアを叩いた人を怨めしく思ってしまいます。ただ、これは仕方ありません。ここは私のお家ではありませんからね。
「お食事中申し訳ありません、萌お嬢様。それと、健殿も」
「あやめさん、こんにちは」
食事を中断されお行儀よく、健は席から立ってお辞儀をされます。
「これはご丁寧にどうも。やはり、お嬢様のお相手は、健殿以外はいなさそうですね」
「・・・そちらの方はどうされたんですか? 何だか気絶してますけど・・・・・・」
「健は気にされなくていいんですよ? そんな事よりも、お食事を再開しましょ?」
「は、はい・・・」
ちらっと、あやめが連れてきた彼の手当てを気にされていましたが、大人しく私のお弁当を口にしてくれました。
「・・・やっぱり、萌先輩のお弁当はとても美味しいです」
「それは何よりです。結婚したら3食を毎日食べて頂くことになりますので、今のうちに合わないお味は指摘してくださいね?」
「先輩のご飯はどれも美味しいですよ! このハンバーグだってお肉の味が感じられますし、大好きです!」
そう言って、本当に美味しそうに食べてくださります。そのお顔は小さな子どものように緩み、嬉しく味わってくれているのが分かります。
こんな風に頂いて貰えるのですから、毎日だって食べさせてあげたくなります。
「・・・そうですか、それなら何よりです」
私も食べ始めていきます。
会話もなく、二人して食べ進めます。
そんな事をしなくても、私には健が見せてくれるお顔だけで十分でした。
ずぅっと、美味しそうに・・・嬉しそうに・・・有難く食べてくださる。その姿を見ながら頂く食事は、ただ食べる以上に満たされる物があります。
共に過ごす誰かが居てくださるというのは、こんなにも満たされるのですね。
「それでは、彼への処置も終わりましたので、教室へと運んでおきます。お二人の時間をお邪魔して、申し訳ありませんでした」
「あやめ。今日は放課後になったら、直ぐに藤塚先生の診察を受けにいきます。よろしいですね?」
「はい。了解しました。それではコレにて失礼致します」
連れてきた彼を、再び連れて行ってくれます。これでまた二人きりです。
「・・・萌先輩、今日は図書室での話し合いはいいんですか?」
「ええ。そろそろ健には、私のお部屋に来て頂きたいので、これからは私のお部屋で話し合いましょう」
「そうですか、これからは先輩のお部屋で・・・・・えっ?! 先輩の部屋っ!?」
「・・・健、大きいですよ」
すっと、立てた人差し指を口に当てて注意をします。驚いた時の健の声は、普段の声よりもとても大きい。
驚いている姿がかわいいから構いませんが・・・・・ただそうなりますと、普段は声を抑えているのでしょうね。
思い切り声を出せないというのは・・・・・どれ程窮屈なのでしょう?
本当の自分で居られないというのは、どれだけの苦しみなのでしょうか・・・・
「・・・あ、すみません」
「私のお家でしたら構いませんよ? ですが、ここは学校ですからね」
「でも、女性の部屋に男が入っていいんですか?」
「彼氏を自分の部屋に招くのは変ですか?」
思わず首を傾げてしまいます。
あの時の夜の世界で、一晩中接吻をした仲だという事を鑑みれば、寧ろ遅すぎる気もしますが・・・・・・
「変・・・ではないですが、でも・・・」
健はまだこういうところで引け目を感じてしまうのでしょうね。
あの日の誓いの口づけですら、唇ではなく頬にされてしまうくらいでしたし・・・・・・
「・・・・私の部屋に来るのは・・・お嫌ですか?」
だからこのような言葉遣いをしてしまいます。
本当は健に『行きたい』と、そう言って頂きたいのですが・・・・・そこは年上として、上手く言葉を引き出しませんとね。
「嫌だなんてそんな事ないです! むしろ、行きたいです! 俺だって、先輩と二人きりで居たいですから!」
「でしたら、今日からは私のお部屋で話し合いましょう? お菓子もご用意いたしますから、好きなだけ食べてくださいね?」
嬉しいお言葉に、頬が少しだけ緩んだのが分かります。
健とずっと一緒に居る事で、自分が何処か変わってきたのだと思う。
この子と出会う前の私であれば、こんな風に和らいだりなどしていません・・・・・できませんでした。
私にこのような感情を抱かせてくださったのは、健だけです。
ですから、この子にはその感情をお返ししたい・・・・・・愛しい貴方だけがくれた・・・この、心を・・・・・・
「・・・は、はい」
そんな私の顔を見て返事をされると、またお弁当を食べ始めましたが・・・・・・
「健、そんなに慌てて食べたりしたら・・・」
「ゔ・・・っ?! ごほっ、ゴホ・・・ッ!」
思った通り、むせてしまいましたね。
「お茶をどうぞ」
私のお茶を差し出しますと、健はそれに手を振って断りをいれ、ペットボトルのご自分のお茶を飲まれます。
間接キスくらいかまいませんのに・・・・・アレから気にされて、私のお茶を飲もうとされません。
これが『寂しい』という感情なのでしょうか?
胸の中を寒く感じ、ぽっかりとした様です。
「・・・ぷはぁっ! はぁー・・・はぁー・・・・・っ」
「・・・まだ間接キスを気にされますか?」
「そりゃそうですよ! なるべくそういうのは避けるべきだと思います!」
「・・・恋人なのですから、そこまで気にする必要はないと思うのですが・・・・・・」
「衛生観念として気をつけた方がいいかと思います。歯周病とかキスで伝染るといいますから」
「健はそうなのですか?」
「いえ、違います」
「私も違います。ですから大丈夫ですよね?」
「そ・・れは・・・でも、先輩のお身体を考えるとリスクのある事は避けたいです。万が一があったら嫌ですから・・・・・・」
そう言われると私は何も言えなくなります。
本当にこの子はもう・・・私の事ばかり気にされて・・・・もう少し我がままになって欲しいくらいです。
再び食事を始めた健を見ながら、そんな事を思ってしまう。
「・・・・・」
健ばかり見ていては、私も食事が進みませんね・・・・・
それからは沈黙の中で、静かに食事をしていきました。




