第一話 ~それからの日常~
「健、あーんしてください」
学校の食堂で頂く朝食。あの日交わした約束から、私達は学校のある日はいつもここで朝を摂っていました。
ただ、この子と朝を共にできる喜びを感じながらも、あの時のような、胸が言いようのない感情を覚えることができずにいるのが残念でした。
だから、その時の様にすればよいかと思い立ち、健へと一口サイズにちぎったパンを差し出したのでした。
「え、えっと・・・今それいります?」
「・・・私がしたいからではいけませんか? 思えばあれから『あーん』を、させて頂けていないのですから・・・・・」
「あの時は自分で食べづらい時でしたし・・・・・・」
「・・・それ以外ではいけませんか?」
「そもそもやる意味が・・・・・」
「健と恋人らしい事をしたいと思ってもですか? 付き合って二月ほどですが、付き合う前と特に変わりない日々で、たまにはそれらしいことを、させて頂けないでしょうか?」
私の言葉に少しだけ考えて。
「・・・・・あーん・・・」
恥ずかしがりながらも、健は口を開けてくれました。
私の意を汲んでくれたのが嬉しくて、胸の中がどことなく緩むような感覚を味わいます。
「・・・ありがとうございます。はい・・・健」
可愛らしいお口へとパンを運びますと、指先を咥える事もなく、器用に口へと入れていかれます。
指ごと咥えてもいいのに・・・・
もぐもぐと咀嚼する健を見ていると、あの時と同じ感情が胸に溢れてきます。
〜〜〜〜っ!
・・・かわいい♪
凄く愛おしくて、思わずぎゅっとしたくなる程の愛らしさ。
「・・・あの、萌先輩」
次をと思いながらパンをちぎると、健から声をかけられました。
「どうしました?」
「これ以上はお昼じゃダメですか?」
「お昼『も』では、いけないのですか?」
「いえ、その・・・最近は周囲の目がありますので・・・・・」
周りを気にされるように視線を動かされますが・・・・・・確かに、始めの頃に比べて、今は朝の食堂に人が増えていますね。
「こういうのは、見せつけるものでもないですよね?」
「・・・お昼なら、してもよいのですね?」
「ええ、まあ・・・先輩が食べ終わった後ででしたら。昼食なのに先輩がご飯を食べられないのは、本末転倒になりますからね」
それでは私よりも先に、健が食事を終えてしまうではありませんか。これは少し意地悪ですよ、健?
貴方がそう言うのでしたら、私は————
「では、先に始めの一口だけはさせて頂きます。それはよろしいですね?」
「・・・はい」
『やっぱり、先輩には勝てないな・・・』と、小さく言われますが、どうして健は勝ち負けに拘るのでしょう?
不思議に思いながら食事を再開する私の耳に、隣りで食事をしている二人の声が入ってきます。
「なあ、茜。俺たちもあれくらいした方がいいのかな?」
「明君はしたいの?」
「・・・・・・いや、俺がしてもキモそうだから、やっぱいいわ」
「・・・だよね〜。健君と萌先輩だから、絵になってるだけだよね〜」
5月のあの後、付き合い始めたお二人の声でした。
健が上手く仲介され、中間テスト後に付き合い始めたと、そう教えてもらいましたね。
気がつけば、こうして朝を共にするようになりました。
「・・・やはり、私のスキンシップは変でしょうか?」
「いやいや、変というより萌え先輩がすると、似合いすぎるんですよ。だから凡人の俺らがすると、痛いな〜としか思えなくて・・・・・・」
「そうです。あたし達がすると、ちょっと頭の痛いカップルに見えますので・・・・・・でも、あたしが健君にする分なら————」
「ダメですよ? 健は私の彼氏ですから、私が『あーん』をさせて頂きます」
「・・・ちえ〜っ、じゃあ先輩が明君にしてみてくださいよ。そうすれば、あたしの言ってる事が分かると思います」
なぜそうなるのでしょうか?
けれど、北条さんが健に告白をしてくれなければ、今の私と健の関係もなかったんですよね? そう考えますと、恩を返しておきたいところです。
でしたら、私が一度お手本を見せることで、お二人が『あーん』をしやすくなるのかもしれませんね。
「おいおい、萌え先輩がそんな事してくれる訳が————」
「あーん」
健と同じように、ちぎったパンを差し出します。
「・・・はっ?」
「『あーん』してください。一度味わってみれば分かりますよ? 実証できる事は、実証してみるに越したことはありません」
「・・・・」
「えっ?」
「嫌でしたら構いませんが・・・・」
「嫌じゃないですっ! 萌え先輩の手から食べさせて貰えるとかご褒美です!!」
「でしたら、あーん」
口を開けた池崎さんへと、パンを食べて頂きます。
「あむっ。〜〜〜〜っ!」
とても感激されているようで何よりですが、私はどこかすっきりしません・・・
健にした時はあんなにも満たされるのに、どうして人が異なるだけでこんなにも変わるのでしょう? どこかからっぽな感じがします。
「・・・普通、本当にする? って言っても、話を振ったあたしが悪いんだけどね・・・・・・それでも、明君! 喜びすぎっ!」
「いやだって、あの萌え先輩にあーんして貰えたんだから、男だったら喜ばない訳がないだろ?!」
「じゃあ、あたしがしたらどうなのよ! ほら、あーんしてっ!」
「お、おう・・・」
予想通り、お二人でされ始めましたね。これでより二人の仲が深まればよろしいのですが。
「・・・・萌先輩」
黙って成り行きを見守っていた健が、話しかけてこられました。
「どうしました?」
「・・・もう一度して貰っていいですか? あーんを最後にしたのが、明なのは嫌です」
自分のパンを差し出しながら、どことなく拗ねているような顔で、子どもらしい表情をしているのがかわいい。
夜の世界で見せる逞しさには女にされてしまいますが、こちらでは子どもの顔を見せていただけるので、お姉さんでいられます。
「・・・ええ、健。あーん・・・・・」
今度のあーんは指まで咥えられ、指先を舐められて、最後は少しだけ吸われてしまいました。
ジャムがついていたからとの事ですが、これはお昼になりましたら、一度健をぎゅっとさせて頂かないといけませんね。
可愛らしいマーキングをして頂いたお礼に、私からもしっかりとお返しをしませんと。
ふふ・・・っ、お昼が楽しみです♪
「はい、あーん・・・っ♪」
一度ならず二度してみますと、健は何も言わずに食べてくれます。すると、胸がまた暖かくなる感覚を味わえました。
ああ・・・この感覚です。やはり、健だからこの感情を貰えるのですね。
そこから私は、最後まで健へと『あーん』をするのでした。




