第72話 〜エピローグ 誓い〜
「健君、昨日のノートありがとう。お陰で助かったよっ!」
「・・・役立ったのなら何よりだよ」
朝、授業の始まる前に貸したノートを返される。
その姿は晴れ晴れとしており、憂いを断ち切ることができたように見えた。
「おっ、北条今日は調子良さそうだな」
池崎もそんな北条さんに安心したのか、会話に入ってきた。
「うんっ! 何か昨日はいい夢が見れて、それですっごく気分がいいの!」
やっぱり夢扱いだよな。いや、昨夜はそれの方がいいか。
「そうか、やっぱり北条はいつものその感じが良いよ」
「・・・それってどういう意味?」
「いや、暗いより明るい方が女の子はかわいいだろ?」
「ふーん・・・あたしがかわいいね・・・・そっか・・・ありがとね」
ニッコリと笑いながら礼を言われて、明が照れくさそうにする。
「いや別に礼なんて————」
「健君」
その笑顔を俺へと向けてくる。
「————えっ、俺じゃなくて健?」
「・・・俺なんかしたっけ?」
記憶は無いんだよな?
つか、フェイントとか北条さんも明の扱い分かってんな〜。
「う〜ん・・・何となく? 何となく、お礼を言わないといけないと思ったの・・・・それと、ごめんなさい」
今度は頭を下げられる。
「実はあの告白って、健君があたしに落ちるかどうか女子内での遊びだったの」
頭を上げて暴露をしだすが、その瞳は何処となく揺れていた。
・・・・ああ、そういうことか。
「だから、萌先輩と付き合ってるって言われて・・・・あたしパニックになっちゃって・・・・・それで、ムキになって先輩にも酷いことしちゃって・・・・・・本当にごめんなさい」
つまり、そういう事にしたいという訳だ。
「な、なんだ〜。俺はてっきり本気で健を狙ってると思っていたが、違ったんだな〜。残念だったな健! 俺はすっかり騙されていたぜ」
明もその辺を察してか、北条さんに合わせた話にする。
それなら俺もそうさせてもらう。
「俺が好きなのは先輩だけだから、別に残念じゃないよ。むしろ、何となく気づいていたしな〜・・・・・」
「・・・えへへっ、健君にはズバリと指摘されちゃったもんね・・・・・・あの時点でもうどうしようもないなと思って、諦めたんだよね・・・・・・」
話の途中で朝を告げるチャイムが鳴り、そこで会話は打ち切られた。
「あ、戻らなきゃ・・・じゃあね・・・健君」
「俺も戻るわ」
席へと戻る北条さんの背中はどこか寂しそうで、そこを明が肩を軽く叩いて励ましていた。
「そのような事があったのですね」
「ええ、だから北条さんが謝った訳です」
今日は体調が優れず、4限目の前に保健室で休むからと伝えに来た萌先輩に、北条さんは朝の俺と同じように謝った。
その時は早く休んで欲しいから、俺が昼食時に話すと言って、先輩には保健室へと行ってもらった。
だから、俺と先輩は保健室で昼食を摂っていた。二人きりで。
「それより、本当にお身体は大丈夫なんですか?」
萌先輩はベッドの上で上半身を起こし、備え付きのサイドテーブルを使ってお弁当を食べていた。
「・・・ええ、少し疲れが出て、頭がボーッとしてしまっただけです。お弁当を作れるくらいには大丈夫ですよ」
「でも・・・昨夜の事で先輩への負担がキツかったんじゃ・・・・・・」
その姿はどこか痛々しくて、胸がざわざわしてしまう。このまま先輩が居なくなってしまいそうな不安感に、子供のように狼狽えてしまう。
「それは大丈夫でしたよ。特に問題は・・・・・」
そこからは言いたくないかのように、お弁当を口にして黙る。
「・・・それ以外で何かあったんですか?」
「・・・・・」
水筒のお茶を飲み、俺の言葉に返事を濁す。聞いて欲しくないのだろうが、俺としては何がいけなかったのかを知りたかった。そうすれば、二度と先輩にそんな疲れを出させはしない。
「そんなに言いにくい程の疲れなんですか?」
「・・・そうですね。とても言いたくありません。ですから、これ以上は聞かないでください」
「・・・・・・」
冷たく突き放される様な感覚に、下を向いてしまう。そのまま黙ってお弁当を食べていくが、味がよくわからなくなっていた。
一体、先輩の疲れって何なんだ?
俺が原因だから、先輩は黙ってる?
そうなると俺への癒やしはやっぱり極力止めてもらって、少しでも先輩の心の負担を軽く・・・・・・
「・・・健、ひょっとして・・・私に癒やされないようにしないといけないと、そう考えていませんか?」
「・・・・・・」
「もう、この子ったら・・・仕方ありませんね。健?」
俺の姿に見かねて、先輩が諦めて話をしてくれる。
一体俺にとってどんな酷い事なのか・・・・・先輩はきっと俺にとって良くない事だから伏せたんだ。
心して話を聞こうと覚悟を決める。
「・・・はい」
「今朝・・・目が覚めた時か寝起きの時、貴方はどんな状態でしたか?」
そんなの昨夜先輩とあんなキスをして過ごした反動で、朝はそれは大変な状態になっていて・・・・・・んっ? つまり?
・・・・これって、かなりヤバい事を聞いてしまった?!
「あ、あの・・・っ! ・・・萌先輩?」
慌てて先輩の顔を見ようとすると、その雰囲気で気づいたのか顔を背けられる。
「・・・つまり、そういう事です。これで分かりましたね?」
疲れの原因を思い出したのか、先輩が少しだけ顔を赤くさせる。
「・・・デリカシーがなくてスミマセンでした」
もう土下座でもして謝らないといけないくらいだった。
「これは私も悪いですし、あまり気にし過ぎないでください」
「いや、でも・・・無理やり聞き出したのは俺で、先輩は別に・・・・罰として何か一つくらい命令を聞けと言われても、文句は言えないですよ。というか、そうしてください。そうでないと俺の気が収まりません」
元々話を避けようとしていたのに、俺の勘違いで無理やり恥ずかしい話をさせたんだから、これくらいは当然だと思った。
「命令ですか?」
きょとんした顔で俺を見てくる。予想外の言葉に、驚いているようだった。
「はい」
俺の返事に少しだけ考え・・・
「・・・それでしたら、これからは共に朝食を食べてください。朝の食堂で、一緒に朝ごはんです。よろしいですね?」
「えっ? それって罰じゃなくて、ご褒美じゃ・・・・・・」
「ダメなのですか? 良いのですか? 返事はきちんとしてください」
「は、はいっ! 嬉しいです! ・・・あ、良いです!」
言い直した俺の反応に、先輩がくすくすと上品に笑みをこぼす。
「ふふっ、健はかわいい子ですね♪ 本当にかわいい・・・」
そっと手を伸ばされ、頬を撫でられる。
「さっ、残りのご飯を食べていきましょうね?」
そこからは食べることに集中して、お弁当を食べていった。
本当なら昨夜の視線が何なのかを話し合いたいが、今日はもう北条さんが無事だったのでそれ以上の話はなかった。
また今夜考えれば良いだけだ。
「さあ、ご飯の後はお昼寝ですよ」
お弁当をしまってサイドテーブルも畳んだら、先輩が掛け布団から抜け出して、以前と同じように膝をポンポンとする。
「おいで、健」
その声に素直に従い、上履きを脱いでベッドへと上がる。
「あ、申し訳ありません。その前にカーテンを閉めて貰っていいですか? この間、静流先生から注意を受けましたので」
あ〜、起きたら静流先生が居て『校内でこんな所を見られたらうるさいでしょ? だから、次からはカーテンを閉めてからしなさい』と、そう言われていたな。
膝立ちをしながらカーテンに手を掛け、ベッドをくるりと囲っていく。
完全に締め切ると、ちょっとした個室に二人きりの気分だった。
「健、少しだけお話がしたいのですが・・・よろしいでしょうか?」
「ええ、でも改まって何の話ですか?」
珍しく先輩がいつもよりもピシっと姿勢を正す。俺もそれに倣い、なるべく姿勢を良くして対面に正座する。
「その・・・ですね・・・・・・お願いがあるのです・・・・・・」
「・・・お願い?」
命令で言えたのに、改まってするお願いって・・・・・・何だ?
「はい、それは・・・」
緊張でか、先輩が一度息を整えてから続きを話す。
「・・・結婚を前提として、私とお付き合いをして頂けないでしょうか・・・・・・?」
「・・・えっ?」
「卒業したら、貴方と結婚したいのです」
先輩はこんな冗談は絶対に言わない。だからこそ本心からなんだろうが、客観的にみて俺にそんな話はまだ早い。
「先輩は・・・今の俺なんかでそんな事を言っていいんですか?」
「ええ、もちろんです。私には貴方以外の男性は考えられません・・・・・・健じゃなきゃ、ヤです」
どことなく幼さを感じさせた口調に、激しく心が揺さぶられる。
昨夜、先輩に言った言葉を思い出してしまう。あの言葉を先輩は喜んでくれた。
本気にしたいから、俺にお願いと言って告白してくれた。
俺自身も萌先輩が好きだ。
幸せにしたい。
笑っていてほしい。
誰かのものにならず、ずっと側に居て欲しい。
・・・だったら何を戸惑う?
誰にも渡したくないと思っているのなら・・・・・・愛したいと思っているのなら誰かの手ではなく、自分の手で幸せにするんだっ! 俺の・・・この手で!
「今の俺は・・・情け無くて、無力で良いところなんて何もありませんが、それでもいつか萌先輩を幸せにします。絶対に先輩を幸せにできるよう、俺は成長してみせます。だから、先輩———」
舌を噛まないように、俺も一度呼吸を整える。
「———俺が卒業したその時は、俺と結婚してください!」
嘘偽りない俺の気持ちに、萌先輩は嬉しげに口元を緩める。
「・・・はい、お願いします」
俺からの言葉に、先輩は三つ指をついて頭を深く下げる。
「・・・健・・さん?」
不意打ちだった。
顔を上げて、眠たげな瞳を細めてそう言われてしまう。
「・・・・っ!」
心臓がうるさい。
頭がくらくらする。
先輩を見ていることができなくて、思わず顔を背けてしまう。すると、近づいてきた先輩の胸の中へと、頭を抱きしめられる。
「まだ少し、気の早い呼び方でしたか? 健」
今度はいつもの声音だった。
さっきの乙女的なものではなく、母性的な声音だ。
「・・・はい。卒業までは呼び捨てでお願いします・・・・・」
先輩に抱きつき、大人しく頭を撫でられる。情けないが、これが今の俺の現状だった。
まだまだ先輩に甘えていたい、クソガキだった。
「そうですか・・・それでは、今はまだ貴方の『先輩』でいますね?」
「・・・すみません」
「ですが、婚約の誓いはして欲しいです」
「・・・誓い?」
「ええ。それくらいならよろしいでしょう?」
腕を離して開放されると、先輩は俺が再び向き合った事を確認してから、瞳を閉じて・・・・・・
え・・・っ?! キス顔・・・!?
「・・・まだ、こっちの世界ではして貰っていませんから・・・・婚約をするのなら、ちょうどいいでしょう?」
緩んだ口元で、うっすらと開けた瞳で見つめられ、心臓が痛いくらい激しく動く。
「・・・お願いします」
また目を閉じられる。
ここで何も出来ないとか、最低最悪だった。
俺は覚悟を決めて先輩の頬に手を添え————
「・・・んっ」
そっと、先輩へと触れた。
夜の世界が終わるその日まで、夜の存在から萌先輩を必ず守りきってみせると、そう決意して・・・・・・
傷だらけのこの世の中で ~link of tears~ 1.告白 ——完——
ここまで読んで頂き有難うございました。
今作の『傷だらけのこの世の中で 〜 link of tears〜』の一本目になります。
今作は一応、シリーズ物のつもりです。
人が持っている傷をテーマに書いていく予定になります。
なお、始めの一本目でありながら、既に当初の想定を超えてラストの結末がこの時点で変わりました(おいっ)
何故なら当初はこの二人を恋人にするつもりはなかったのですが・・・・・気づいたら萌が健を好きになってました(笑)
何というか、愛しい私の子というくらいに執着しています。その為こんな流れになりました。
後、本当なら今作は健視点だけの予定でしたが、それだと萌がよくわからないヒロインになる危険性がありました。その為、健の意識が無いときに限り、萌に健という男の子の補足をしてもらう形で無理やり視点を作りました。これは書き手の力量不足です。
だから萌視点で起きてる健とは絡ませていません。
そして次回ですが、健の過去の傷を書き切るつもりです。ただし、萌視点を軸に展開していくので、萌から見た健という少年との日常になります(書き続けた場合)。
果たして萌から見た世界とは?
健と絡む時に、萌はどんなことを考えているのか?
恋人として、二人はどんな風に過ごすのか?
宜しければご期待下さい。
多分、ギャルゲやエロゲ的になると思いますが・・・・書くまでは分からない。
それでは、ここまで駄文を読んで頂き有難うございました。
いつになるかはわかりませんが、また次のお話でお会いできれば幸いです。




