第62話 〜傷ついた命の苦悩〜 6
そっと囁かれたその言葉に、俺は黙って剣を鞘へとしまう。わざわざ卑屈な言葉を伝える必要はなった。
「後は先輩が北条さんを『救済』すればおしまいですね」
「・・・ええ。健のお陰です。ありがとうございます」
ぎゅっと抱きしめられる。そろそろ慣れ始めてきたのか、いきなりでも驚かなくなっていた。
「私の願いを叶えてくれて・・・ありがとう、健」
そうして、唇がまた頬に当てられる。
「貴方に心を守って貰えて・・・・・私は今、とても嬉しいです」
これで大丈夫だという安心感からか、先輩が綻んだ表情を見せてくれる。つまり、無茶苦茶かわいい顔をしている。
キスからのこの顔は反則だと思う。
「いや、その・・・たまたま運よく行っただけで・・・・俺の力なんて・・・・・・」
「あら? 運も実力の内ですよ? つまり、健にはいざという時の強運が有るという事ですね。ふふっ、とても頼もしいです」
笑顔を見せてくれる先輩が綺麗で可愛くて、こんなのを昼の世界で見てしまったら、心臓が大変な事になると思う。
「え、えっと・・・まだ北条さんが終わっていないので、今は離してもらえますか?」
「・・・そうですね」
萌先輩は腕を離すと、輝きが落ち着いてきた北条さんへと近づいて行く。
俺はその後ろから付いて行き、上空に固まっている黒いモヤに注意する。空中に漂っているそれは、今は無機質に感じるが何か嫌な予感がした。
『Blessing』だと天に還って行ったんだが、こっちは世界が違うから散らないのか? それとも、単純に時間がかかるだけなのか?
俺がそんな事を考えている間にも、萌先輩は北条さんに話しかけ、北条さんもそれを了解していた。
「萌先輩に触れられるとか、さっきまでのあたしだったら死んでも嫌だったけど、今はそんなことないから大丈夫ですよ。寧ろ、どうしてさっきまではあんなに嫌だったのか、今は不思議なくらいね。普通に考えたら、こっちの世界にいる方が嫌なのに」
「切り祓いが上手く行ったからだと思うよ。心を曇らせる感情を祓い除けたから、本心が素直に出るんだと思う」
「あ〜、漫画のご都合的な物じゃなくて、リアルに有効だったんだ」
「ここがリアルと言われると違和感あるけど、少なくとも夜の世界に於いてはそうだね。それより、夜の存在が集まってくるかもしれないから、そろそろお願いします萌先輩」
北条さんと話していると、先輩を一人にしてしまうので、会話を切り上げる。
北条さんは少し残念そうにしていたが仕方ない。今は出来ることを手早く行う方が重要だった。
「ええ、それでは・・・失礼致しますね?」
「はーい、お願いしまーす」
先輩の手が北条さんにかざされ、癒やしの言葉が紡がれようとしたその瞬間。
「そんなの許さない」
殺意の込められた言葉が、上から聞こえた。
「『守るっ!』」
俺はとっさにそう口走り、反射的に二人を横から抱きかかえて、その場から離れる。
「『死んじゃえ』」
特にこれといった指定もないのに、本当にちょっと前までいた場所で爆発が起きる。無音の爆破だったが、その衝撃だけは何故か肌で感じられた。
「きゃあああっ!」
北条さんが驚くのも無理はない。突然のギリギリでの回避だったから、悲鳴の一つくらいは当然だろう。
俺はそのままの勢いを利用して、大きく跳ねるようにして駆けて距離を取る。止まったら狙い撃ちにされると思ったからだ。しかし、何故か向こうは追撃をする気配はなく、少しして俺は足を止めて上空を振り返る。
「どうして邪魔をするの?」
上空から見下ろす存在にそう問われる。その姿は北条さんにうり二つだったが、その存在は黒いオーラみたいなのを纏い禍々しく、とても普通とはいえなかった。
「あれって・・・あたし?」
「どうして、健君はアタシに酷いことをするの? ねえ? どうして・・・?」
この感じだと会話の意志はあるな。そもそも話し合う気がなければ、攻撃を続けていたはずだ。だったら、ここは大人しく会話に乗るか。
「俺はただ北条さんを救おうと————」
「でも、そこにアタシは入っていないよね? 切り捨てられた感情としての『アタシ』は・・・そこには居ないよね?」
「・・・・っ!」
痛いとこを突かれ、言葉に詰まる。
あの北条さんは、まず間違いなく異心の具現化した姿だ。切り祓いによって除かれた、浄化されるべき存在だ。でも、それは俺の仕事じゃなく、天の仕事のはずだ。なのに、それが行われないというのはどういうことだ? 何かが足りていないというのか?
「アタシを切り捨てて、のうのうと生きようとするなんて・・・・許せないっ! 『死ねっ! 萌え先輩っ!』」
昨夜のように殺意の込められた言葉をかけられる。二人を降ろして、殺意を剣で切り払うには時間が足りない。
「・・・くそっ!」
俺はその場を素早く離れるが、言葉の後に続く殺意のほうが何倍も早く。あっさりと先輩が殺意の矢に貫かれようとしていた。
「大丈夫ですよ」
ただ先輩の言葉通り、その矢は貫く直前に消えてなくなってしまった。前もってかけておいた、先輩の『救済』の力が働いたからだ。
「・・・すみません、先輩に力を使わせてしまって・・・・」
「貴方は完璧を求め過ぎです。こうなる可能性があるからこそ、先に手を打ったのでしょう?」
もう隠す必要はないと、先輩が腕から離れる。それを見て、北条さんも俺から渋々と離れる。俺がフリーに動けるようにと察してくれる辺り、北条さんも何だかんだ賢い人間だった。
「・・・そういうことね。だから始めから萌え先輩が居たわけね」
「・・・理解してくれたなら、大人しく祓われてくれるとありがたいんだけど・・・」
黒き剣を再び鞘から抜き、その刃を今度は上空の北条さんに向ける。これでこっちも迎撃態勢ができた。
「俺に固執してるなら、このまま俺が先輩の側にいるだけで何もできないよな? だったら、諦めてくれないか? もうチェック・メイトだろ?」
そうあって欲しい希望的観測だが、理屈でいけば間違いではないと思える。
「始めの爆発は俺が巻き込まれない強さだったし、その後に追撃をしなかったのも、俺や北条さんを巻き込むからだろう? そして、さっき言葉を使ったのはピンポイントに先輩を狙うためだ。でも、ソレがだめならもう巻き添えの攻撃しかないんだけど・・・・多分、しないよな?」
異心の北条さんは、先輩が居なくなれば俺を手に入れられると思っている。だから、俺を殺すことだけはしないはずだ。つまり、俺が先輩の側にいるだけでもう何もできない・・・と、思いたかった。




