第60話 〜傷ついた命の苦悩〜 4
「いちゃつくんじゃないわよーっ! このばかぁあああっ!!」
駆けてくる北条さんへと俺も駆け寄る。先輩の巻き添えを避けるために、前へ出たと思わせる。
「『風が吹き脚を速める!』」
「『止める!』」
走る速度を爆発的に上げ、俺の横をすり抜けるつもりだったところを、伸ばした腕で止める。この世界じゃなかったら、絶対に腕がイカれていただろう。
「何でわかったのよ?!」
「今のヌーヴェルが良くやってたやつだろ? 『ソウハ』好きな北条さんならやると思った!」
このまま両手で北条さんを捕まえようとするが。
「ヌーヴェルじゃなく、ネウス様だから!」
力任せに腕を払われる。
これ、オタク特有の噛みつきだ。特に思い入れのあるキャラだと、ちょっとしたとこにも拘るやつだ。そう思えるほど、どこかで冷静に事態をみている自分がいた。
「ネウスは偽名だろ?」
こんな時に呑気な話と思えるが『人は話すことで癒やされる動物である』という言葉が本当ならば、何でもいいから話をする必要があった。
「ネウス様だから格好いいの! ヌーヴェルだと本気じゃないから格好良くないの!」
話しながら殴ってくるので、それを一つ一つ掌で受け流していく。
本当なら避けたいんだけど、そうすると『避けている』の暗示になりそうだったから、触れ合っているという意味でこっちを使っていく。
所詮は争いごとに慣れていない相手だから、一月戦ってきただけの俺でも簡単に捌ける。
「確かにそうだけどさ、クロワノールはそのヌーヴェルも好きだっただろ? だから、ネウスの正体が分かるまで苦悩したんだろ?」
北条さんの拳を握り止め、正面から向かい合う。
「それは優しくして貰えたからでしょ!? 誰だって優しくして貰えたら好きになるわよ!」
しかし、ソレも振り払われて拒絶される。だが、これで核心をつける。
「じゃあ、俺を好きになったのは優しくされたからって事か?」
「・・・そうよ。健君だけはあたしに優しくしてくたのよ?」
少し冷静になったのか、攻撃を止めて話に専念するようだ。
「入試の時に道を間違えてテンパってた私を、地元の人間だからって言って、教室まで連れて行ってくれたでしょ?」
入試・・・? ああ・・・あんな見るからに迷子になってたら、流石に声をかけるさ。そもそも、電車で来るやつが歩きながら本を読んで、道に迷うなよと思った記憶がある。しかも、うっかり携帯まで忘れたとか、マジかよと思ったな。
「それに、受験の時に消しゴムを忘れた私に、健君は予備の消しゴムをくれたでしょ? 大丈夫って、声をかけてくれたよね?」
隣りであんな泣きそうな顔してたら、流石に話しかけるだろ。何か起きて、何で気づいてやれなかったんだと言われたら迷惑だ。
「それで入学したら同じクラス。これって運命かな? そう思うじゃない」
「・・・んっ? えっ・・・? それだけ?」
何か記憶にないだけで、大きな事でもしてたかと思ったが・・・そうそうフィクションみたいな事はないか。
「入学してからもあるよ? 一度あたしが分からない所を聞いたら、頑張って教えてくれたよね?」
「あ〜・・・でも、俺の教え方が悪かったから、結局理解できなかったよな? あれって、嫌われるやつじゃないのか?」
気まずい空気になったことを思い出し、ちょっと胸が苦しくなる。
「・・・どうしてそう思うのかな?」
話していて落ち着いてきたのか、少しだけ笑顔を見せてくる。
「他にも授業の後で、先生に質問しようとしたけど、あたしの声が届いてなくて行っちゃいそうになった時、健君が呼び止めてくれたから、気づいて貰えたんだよ?」
ん〜・・・っ?? 言われたらそんなんあったような・・・?
「それに今日・・・昨日最悪な雰囲気になったのに、体調の悪いあたしに気づいてくれたよね? 池崎君が、始めに体調の悪さに気づいたのは健君だっていってた」
何でアイツはそんな事までいうかな〜。大人しく自分の手柄にでもしとけよな。
「だから、あたしはやっぱり健君が好き! さり気なく優しくしてくれる健君が好きなのっ!」
これは本当に本心からなんだろう。顔を赤くしながら、普通の女の子として告白していた。でも、俺には意味が分からなかった。
「いや、俺のした事って『普通』の事だから・・・特別好きに思われるもんじゃないと思うんだけど・・・?」
「・・・まったく貴方という人は・・・・・・」
俺の言葉に、先輩が後ろでため息をついたのが分かった。何かまた先輩の中で触れたらしい。
「・・・だったら、どうして健君以外の人がその『普通』をしてくれなかったの? 健君だけが、その『普通』をあたしにしてくれたんだよ?」
・・・何か俺っぽい?
まるで先輩から優しくされた時の、俺のような事を言われて困惑する。もしかして————
「だったら、そんな人を好きになるのも『普通』だよね?」
————俺と北条さんって似てる?
「ああ・・・確かにそうかもな」
北条さんが俺を好きになったのって、俺が先輩を好きになったのと同じなのかもしれない。そう思った瞬間、俺の中から北条さんに対する敵対心が消えてしまった。代わりに同情心が湧いてくる。
相手の好意を断るのって、結構辛いな・・・・
「でも・・・ごめん、俺が好きなのは先輩なんだ。先輩以外の人を好きになることはないよ」
「それって、先輩が女として魅力的だから?」
「否定できないけど、それだけじゃない。先輩は・・・こんな俺に優しくしてくれたから・・・・多分、北条さんが俺を好きになったのと同じだと思う」
「・・・・そうなんだ。だったら先輩の代わりになれたら、あたしを好きになってくれる?」
どことなく、諦めた感じで聞いてくる。恐らく、もう俺が自分を好きになることはないと思いながら、それでも最後の希望に縋りつこうとしている感じだ。
「・・・それも無理かな。誰かに合わせて自分を変えるなんて、辛すぎるだろ? 素のままの自分でいられないのって・・・悲しいだろ?」
どこにも居場所がない苦しみを知っているつもりだから、そんな言葉が出てしまった。
「ほんと・・・健君って見た目よりも大人びているよね・・・・・」
「そんな事はないさ。だって俺、萌先輩の前では泣いてばかりだからな?」
本来なら恥ずかしくて言えない事でも、それを曝け出さないといけないと思った。
先輩がどれだけ俺に良くしてくれているのかを、伝えたかった。
「・・・ウソ」
「嘘じゃないさ。今日・・・じゃなく昨日か。放課後、先輩の胸の中で遂にマジ泣きした。それも鼻水まで出して、ガキのように泣いたよ」
「・・・・・」
「そんな泣き虫を、先輩は服が汚れるのも構わずにずっと胸の中に抱きしめてくれて、泣かせてくれたんだ。優しい声で、優しい言葉をかけてくれて、優しく頭を撫でてくれた・・・」
思い出すだけで、涙が滲み出てくる。
「あ・・・っ」
「だから、北条さんが思うほど俺は大人びてなんかいない・・・先輩に優しくされてからは、ずっと萌先輩に甘えて、泣いているガキだよ」
溢れて流れる水滴を、服で拭き取っていく。
人前で泣くのは恥ずかしいが、先輩の優しさを思い出して、泣かないとか無理だった。
「・・・そっか、そうだよね。健君は本来なら、中学生でもおかしくないもんね・・・あたしの方がお姉さんで、甘えさせて上げるくらいじゃないと・・・だめだよね・・・・・・」
涙を流した俺を見て、俯いて考え込む北条さん。
「これじゃあ、先輩に勝てるわけないか・・・・あーあ、振られちゃうわけだよね〜。こうなったら、脈のありそうな池崎君にでも乗り換えようかな?」
乾いた笑みで、から元気のような明るさでそんなことを言う。そうあってほしいなという感じで。
「ありそうじゃなくて、アイツなら脈有りだよ」
「え・・・っ?! うそぉっ!? それ、本当?! 本当に池崎君、あたしの事が好きなの?!」
肩を掴まれ、大声で問い詰められる。これはこれで、さっきのとは違う意味で怖い。




