第58話 〜傷ついた命の苦悩〜 2
「・・・あの、健?」
「すみません、ビックリさせてしまいましたか?」
「いえ、そうじゃなくて・・・・私も付いていってよろしいのですか? 下手に私がいると、北条さんを刺激してしまうのでは?」
確かにそれはある。それでも俺は・・・
「・・・俺の手の届く所にいて欲しいんです。それに、もし手を出してきても、俺が必ず守りますから・・・・・駄目ですか?」
先輩を置いていくのが嫌だった。もし、俺がいない時に先輩が襲われて怪我でもしたらと考えると、一人では行きたくなかった。
「・・・私も健と離れるのはイヤです」
両腕を首に回され、身体を預けてくれる。
「本当は良くないと思っていますが・・・それでも、貴方の側にいられて嬉しいです」
困ったような笑みを浮かべる先輩に、思わず見惚れてしまう。
愛らし過ぎる女の子の顔を見せる先輩に、意識が奪われるのは当たり前だった。
「健? 行かないのですか?」
「・・・あ、今から飛びますので、ちゃんと抱きついていてくださいね?」
「ええ、お願いします」
「『我は空を飛ぶ者なり』」
簡素な言葉を世界へ投げかけ、ふわりと身体が浮かび上がる。後は、イメージのままに飛んでいく。その間に先輩に言っておく事があった。
「萌先輩、恐らく北条さんはまた殺意のある言葉を投げてくると思います。今のうちに先輩は、その言葉を防ぐ守りを自分にしておいて下さい」
先に耐性を持っていれば、北条さんに死ねや消えろと言われても大丈夫だ。
「それだけは力を使ってください。後は全部俺が処理します」
昨夜といい、今夜も萌先輩に甘えたお陰で体調はかなり良かった。ソレを見抜いていたからこそ、先輩は昨日もあんなに甘やかしたんだと、今ならそう思えた。
「分かりました。では・・・『救済は言葉で滅びず』」
言葉を使う相手に的確に刺さる耐性だった。これなら後は、直接的な攻撃を俺が捌けばいいだけだ。
「・・・試しに健が何か言ってくれませんか? 単純に普通の言葉にも効果があるようにしたつもりですので」
眼下に<<夜の存在>>がいないかを確認していたら、そう言われる。
「えっ?」
万が一にも見落とすと厄介なので、視線は地上に向けたまま返事をする。
「何でも構いませんよ? もっと可愛く振る舞えとか・・・」
「先輩はかわいいですよ?」
「・・・・・っ!」
「それに美人で綺麗で優しいし、こっちの世界で笑う萌先輩はとても可憐で、見てるだけでドキドキします。とても清楚な女性なのに、時々女の子の顔を見せる萌先輩の姿は、男なら誰でも参っちゃうんじゃないかな? と思いますね。他にも———」
「ま、待ってください。それだと褒めているだけです・・・その、私への不満や悪口はないのですか?」
「そうは言われても・・・」
「本当にないのですか? そっけなくて、冷たいと思ったりしないのですか?」
「あれだけ甘やかしてくれる人を、そんな風には思わないです。それに、そういった雰囲気も萌先輩だと、神秘的で美しいですよ」
「〜〜〜〜っ! も、もういいです! もう、それ以上は言わないでくださいっ!」
何でそんなことを聞くのかと、先輩を見ると少し頬を赤くさせていた。まさか、飛んでいる寒さのせいか? 先輩は身体が弱いから、もしかしたら寒さを感じなくても、身体は反応してしまうのか?
「・・・先輩、寒いですか?」
「・・・・? いいえ、別に平気ですよ?」
「少し頬が赤いので、てっきり寒さから起きたのかと思ったんですけど・・・・」
「・・・それは貴方が・・・・」
そこから先の小さく呟かれた声は聞こえなかったが、恐らく聞き返してはいけないモノだという事は理解した。よくある流れだ。
一体俺の何が悪かったんだ? やっぱり思ったまま先輩の事を言って、不満を言えなかったからか・・・?
でも、ここで素直にそれを謝ると、何故か怒られるパターンな気がする。何となく、そんな雰囲気だ。
大人しくこのまま空を飛ぶことにし、特に問題もなく山の麓に降り立つ。
名残惜しいけど、先輩を優しく大切に降ろしていく。
「もう・・・そんなに恭しくしないでください。私はお姫様じゃありませんよ?」
「萌先輩は俺にとって、お姫様よりも大切な女性ですから」
片膝をつけて、先輩が少しでも立ちやすいようにと、腕を微調整する。
「・・・貴方はどうしてそうも、女の子が喜ぶ言葉を使うのですか?」
腕の中から立ち上がると、ぷいっと先輩に顔を背けられる。
もうそろそろ北条さんがこっちと接触する時間だが、俺の視える範囲には来ていないようだった。だったら、ここで会話を続けて、待ち伏せの感じを減らしておくか。
「本当の事を言ってるだけですよ?」
「・・・そういうのは私だけにして下さいね?」
横顔を見せてくれるが、その頬はまだ寒さを引きずっているのか、ほんのりと赤かった。
できる限り自然体で接触したほうが、向こうに警戒されずにも済む。警戒されると、説得にも影響が出るかもしれない。そのためにも、ここで何気ない会話をしている方が良かった。
先輩もそれを理解して、返事を続けてくれている。本来ならこんな会話をぐだぐだとする人じゃないからだ。
「・・・? 先輩よりも魅力的な異性なんていませんから、先輩にしか言えないですよ?」
「そ、そうですか? でしたら構いません」
この反応から考えると・・まさか照れている・・・? まさかな。だって、先輩は過去に散々男に言い寄られてるはずだから、今更こんな言葉で———
「ただ、ずっと言われると恥ずかしいので・・・その、あまり連続で言わないでくださいね? 嬉しいんですけど、流石に顔が熱くなります・・・こんな風になってるんですよ?」
両手で頬を抑え、火照る顔で俺へと向き直る。その姿はとてつもなく可愛くて、言葉を無くして見惚れてしまう。
「・・・・」
「そういう視線をされるのも、恥ずかしいのですが・・・・」
「あ、すみません・・・でもそれだけ先輩が————」
「もう、だからそれ以上はダメです! 顔の熱が益々酷くなるじゃないですか!」
両手で口を塞がれる。
こんな風に顔を赤くして、慌てた先輩を見るのは初めてだった。
「貴方の言葉は私を喜ばせてくれますが、これ以上はやり過ぎです! 私の心が耐えられません・・・」
「だったら、あたしにくれてもいいんですよ、先輩?」




