第57話 〜傷ついた命の苦悩〜
「萌先輩!」
「今夜は無事に合流できましたね」
互いに声をかけ合い合流を果たす。こうして先輩が無事な姿を見ることで、ようやく安心できる。
「昨夜の討伐の影響か、今夜は遭遇することもなかったので状態も万全です! だから先輩は、気にせず北条さんだけに集中してください」
「貴方もですよ? むしろ、北条さんの心へと言葉を届ける、健の方が本命なのですよ?」
「それは、まあ・・・出来る限りのことはします。でも、イザというときは・・・」
脳裏に暗い考えが浮かぶ。もしも説得が失敗に終わった時、俺は北条さんを———
「悪い事を考えてはいけません」
最悪の事態を考えようとしていた俺を、抱きしめてくる。それに一瞬慌ててしまうが、先輩も流石に今夜は癒すことをしないでいた。ただ抱きしめただけだ。
「健なら大丈夫です。絶対に健なら、北条さんを救えます」
緊張を解そうとしてか、頭を撫でてくれる。昼のようにしっかりとは感じないが、確かにある温もりに、心が少しだけ軽くなる。
「・・・因みに、萌先輩は今夜を逃すとどうなると思いますか?」
互いに察してはいるが、楽観的な退路を断つためにも改めて確認する。
「確実ではありませんが、厳しいかと思います」
撫でる行為を止めることなく、先輩は言葉を続ける。
「一日目は悪い夢を見たくらいで済みますが、二日連続となると精神的に参ってしまうでしょう。そして、それが三日目にでもなれば・・・・少しずつ心が壊れていくと思います」
自らの言葉に、ぎゅっと強く俺を抱きしめてくる。言葉にしたことで、何らかの恐怖心が出てきたのかもしれない。
「私だって健がいなければ、壊れないという自信はないですからね? だから、本当なら無理をしないで欲しいです。昨夜の様な事をされて、貴方を失うかもしれないことが、何よりも怖いんです・・・・・」
普段の先輩からは想像もできない、弱々しい顔で見降ろされる。その顔が、独りは嫌だと言っていた。こんな顔を見せられると、いつも大人びている先輩も、一人の女の子だということを思い知らされる。
「それは俺もです。俺だって先輩を失いたくない」
あの時、先輩が抱きしめてくれなかったら、間違いなく襲いかかる夜の存在へと成り果てていただろう。世界の全てを憎み、壊し、滅ぼすまで在り続ける。そんな醜い存在に。
それを避ける為にも、今夜は北条さんを助けることに集中しないといけなかった。でも、先ずはその前に先輩を安心させたい。好きな人の不安を払いたかった。
「萌先輩、俺約束します。絶対に先輩を不幸にしないって。無事に今夜を生き抜いて、ずっと先輩の側にいて、萌先輩を必ず幸せにしてみせます」
らしくなく明るい口調で話す。いつもと違う俺の調子に、萌先輩も少し驚いたような顔をしている。
「だから、安心してください。俺は約束を守ります。昨日だって、その・・・こうやってちゃんと先輩に甘えましたよね?」
図書室で泣いた時のように先輩へと抱きつき、頬を擦り寄せる。
・・・なんか色々と勢いよく話しているせいで、滅茶苦茶なことをしている気がしなくもない。
「ふっ・・・ふふっ! 健、それだとまるでプロポーズですよ?」
「へ・・・っ?」
「本気にしても・・・いいですか?」
可憐な花が咲き誇ったかのような笑みを向けられ、俺はさっきの言葉を思い出していた。
「・・・あっ」
でも、先輩の様な人があんな言葉を真に受けるとは思え—————
「健の・・・お嫁さんにしてくれるんですよね?」
えっ? この顔は本気で言ってる?
先輩と結婚したらきっと・・・じゃなかった、今は。
「えっと、その・・流石に北条さんの件が終わってからでいいですか? 今はその話をしてる場合ではないですので・・・・」
「そうですね・・・では、明日の楽しいお話という事にしましょう。ふふふっ、楽しみです♪ 子どもは何人にしましょうか?」
「せ、先輩・・・」
「ふふっ・・・ごめんなさい。でも、お陰で気持ちが明るくなりました。貴方と迎える明日が、とても楽しみです♪」
こっちでの世界で表情豊かに、ニコニコと笑う先輩の愛らしさは、言葉にはできなかった。昨夜から先輩の表情が、本当に豊かになったと感じる。
少なくとも、これで先輩の不安が消えてくれたのなら良かった。
「それじゃあ、先輩」
「ええっ、行きましょうか」
そう言いながら、どこか名残り惜しそうに先輩が身を離そうとするが。
「・・・でも、あと一回だけ」
完全に不意打ちだった。強く強く、思い切り抱きしめられる。それはこの世界だというのに、先輩の柔らかさを完璧に感じられた。
「〜〜〜〜っ!!」
女性特有の柔らかさに頭が混乱する。正直、感情的になりやすいこっちで、そんな感覚を味わってしまうと、どうしても先輩をそういう目で見てしまう。
「・・・それでは、今度こそ離れますね?」
その視線に気づいてか、先輩が離れる。それでも、俺の身体には先輩の女としての感触が残っていた。
「・・・・ふふっ、真っ赤になってかわいい♪」
どきまぎしている中で、頬を撫でられる。
「か、からかわないでくださいよっ!」
「でも、これで貴方も肩から力が抜けたでしょ?」
「そうですが・・・そういうやり方はどうかと思いますよ?」
「彼女だから良いでしょう?」
無垢な顔でそう言われると、そういう感情を持つ自分が悪いのかな?
そう思わせるほどの純粋な顔だった。
「・・・やっぱり先輩のスキンシップは過剰だと思います」
まだ気分が落ち着かないので、先輩に背を向けて北条さんの気配を探る。今先輩を見ていると、変なことをしそうだった。
「・・・あっちっぽいですね」
昨夜接触した時の気配を思い出し、それに似た気配がする方へと指を向ける。
「あちらは・・・山のある方向ですね」
「恐らく、昨夜逃げて行った方を目指してるのかもしれませんね。そっちに行けば、会えるのかもしれないと」
普通に歩くと追いつかないだろうし、ここは上から先回りして待ち構えることにするか。
「先輩、失礼しますね」
返事を待たずにお姫様抱っこをする。勿論、可能な限り優しくだ。
これが現実でもできるようになったら、少しは自信もつくんだけどな・・・




