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傷だらけのこの世の中で ~link of tears~ 克服  作者: 偽穢
傷だらけのこの世の中で ~link of tears~ 1.告白
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第56話 〜寄り添う者達〜 19

「っぁ・・ぅっ、ぐ・・・・ぅっ! めぐ・・み、ぜん・・ばい・・・・っ! お"れ・・お"れ、は・・・・っ!」

 鼻をすすりながら泣いているのに、先輩は突き放すこともなく、もう片方の手で背中を擦ってくれる。俺を労りながら、そのまま胸の中で甘え続けさせてくれる。

 汚すだけの行為をしている俺を抱きしめても、何の得にも、何一つの見返りもないというのに受け入れられる。汚いと、煩いと罵られた、こんな自分の存在が許されている。だから

「・・・・ぼぐ、わぁ・・・いぎ、でて・・・・い"い"のぉ・・・・っ?」

 ずっと奥底に沈めていたはずの、いらない子として捨てられた、幼い自分が出て来てしまう。

「・・・ええ」

 優しい声音が曇り、不安になって先輩を見てしまう。そこには複雑な表情をした、初めて見る先輩の顔があった。辛さと悲しみと切なさが混じったような、暗い感情をした顔。

 好きな人にそんな顔をさせてしまった事が、酷く悪い事をしたようで罪悪感に駆られてしまう。自分が居なければ、そんな顔をさせることはなかったのに。自分なんかが生まれなければ・・・・・

「ごめ"ん・・な"ざい・・・」

「たける・・・?」

「うま"れで、ぎて・・・ごめ"ん・・・な"ざ、い・・・・・」

「〜〜〜〜っ!! 違います。違うんです、たける! ですから、そんな悲しいことは言わないで・・・ねっ?」

 萌先輩も震える声と泣き出しそうな顔なのに、ぐちゃぐちゃな泣き顔を慰めようとして頬を撫でてくれる。

「ほん"・・どう・・・? ゔまれで・・・よがっ・・だ、の? ぼぐ・・・なんがが・・・?」

 この言葉に、先輩は全身で受け入れてくれた・・・抱きしめてくれた。頭を撫でながら、耳元で優しい言葉が囁かれる。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 必要とされなかった命に、暖かい声をかけてくれる。

「あ"・・・っ」

「たけるに出会えて、私は幸せです」

 なんの価値も、意味もなく、無駄な存在である自分が・・・生まれてきたことを喜んでくれる。

「・・・ゔっ!」

「たけるが居てくれなかったら・・・私は今も独りでした。だから、ありがとうございます。ここまで生きていてくれて・・・本当にありがとう」

 邪魔やお荷物と言われながら生きてきた、失敗作で駄目人間の自分なんかに・・・優しい声をかけてくれる。

 『生きていてくれて、ありがとう』と言ってくれた。

「ゔゔっ・・・ゔゔゔゔぅぅぅぅっっ!」

 初めてかけて貰えた言葉に、声が抑えきれなかった。肩を震わせて、鳴き声を漏らしてしまう。

 情けない声を出しながら、堰を切ったように、また涙を溢れかえさせてしまう。そんな俺を、先輩は静かにまた胸の中に頭を抱き留めてくれる。

「あ"、ゔっ・・・!」

 泣いていると怒られた記憶から、唇を噛みしめ爪を力の限り掌に食い込ませて、痛みで声を抑える。

「・・・たける。泣いて・・・いいんです。普通に泣いても・・・いいんですよ? 私は怒ったり、見捨てたりしませんから・・・ね?」

 それに気づいた先輩はどこまでも優しく、我慢する俺をほぐしてくれる。何度だって頭を撫でてくれる。俺のような奴に、匙を投げださずに声をかけ続けてくれる。

「ふっ、ぇぇ・・・っ! ぅぇぇぇぇぇぇっっっ!!」

 初めて泣くことを許してもらえた。怒鳴られることも、叩かれることもなく、泣き声を出すことを許される。

 生き場のなかった感情を受け入れてくれる。見向きもされず、捨てられていた命を拾い上げて、優しさで包み込んで癒やしてくれる。

 しゃくり上げ、幼子のように泣いている俺が泣き止むまで、ずっと先輩は頭を撫でてくれて、好きなだけ泣かせてくれた。

 黙って俺を抱きしめ、あやし続けていてくれた。冷たく突き飛ばされる事もなく、暖かさで満たして包んでくれた。

 今在る感情のまま先輩に強く抱きつき、その感情のままに泣いていく。

 在るがままを許され、生まれて初めて確かな涙を味わえた。

「・・・・・」

「・・・・・」

 どれくらい時間が経ったのか、少しでも気持ちを切り替えることができた。

 そろそろ、離れないといけないと思った。

「せん・・・ぱい・・・・」

「・・・時間が来るまで、このままでいましょうね?」

「でも・・・・・」

「大丈夫です。健が健のままの言葉を伝えれば、彼女の事は大丈夫です。だから、今は健が救われていてください」

「・・・もう充分、救われましたよ」

 気持ちを切り替えないといけない。そうしないといけないはずなのに・・・

「たける・・・・」

 よしよしとまた頭を撫でられると、あれだけ泣いたのにまだまだ涙が滲み出てしまう。

「自分が救われていないのに、誰かを救うことなんてできませんよ?」

「・・・図書室で大声を上げることはできませんよ」

 それは泣き足りないと、自ら認めたようなものだった。思い切りどこかで泣きたいと、もっと先輩に甘えきりたいと、子供の自分が口に出してしまう。

「そうですね・・・じゃあ、今はもう少しだけ・・・静かに泣いてください」

「・・・・・」

 こんなに優しくされて泣かない訳がなかった。こんなに暖かな場所で、こんなに受け入れられて、涙が止まるわけがなかった。引っ込めた幼い自分がまた出てくる。

「めぐみ・・・せんぱい・・・・・」

 結局俺は、最後まで萌先輩の胸の中で甘えてしまうのだった。




 帰りを告げるアラームが鳴る。先輩はそれをすぐに止めると、涙と鼻水でどろどろな俺の顔を拭いてくれる。

「健、少しじっとしていてくださいね?」

 自分のシャツの汚れよりも、俺を優先してくれる。

 情けなく垂らした鼻をティッシュで拭いてくれる。惜しむことなくティッシュを使い、丁寧に拭いてくれた。

「顔は帰る前に、一度お水で綺麗にしましょうね?」

 出たゴミを、手持ちのビニール袋に入れながら言われる。それに大人しく頷く。余韻が抜けきれず、今は上手く言葉が出なかった。

「それじゃあ、図書室を出ましょう」

 結局、漫画に目を通した後は俺が泣いただけで終わってしまった。

 先輩は濡れて汚れた胸元を、片手で抱いた鞄で隠す。もう片方の手は、俺の手を引いてくれた。

 その手を俺はギュッと強く掴んでしまう。

 図書室を出たら、近場の水道へと寄って、濡らしたハンカチを絞って涙の跡を拭いてくれる。冷たい感触が、泣いた後の顔には心地よかった。

 何度も絞って、何度も拭いて綺麗にしてくれた。

「・・・はい、これで綺麗になりましたよ」

「・・・せ・・ぱい・・・」

 その頃には、ようやく声が出るようになっていた。泣いた後だから、声が少しいつもより変な感じがする。そんなの忘れていた。

「その・・・胸元も・・・拭いた方が・・・・汚い、ですから・・・」

 鞄を置いた事で、濡れた胸元が顕になっていた。濡れたそこは、うっすらと下のシャツを覗かせていた。

「確かに綺麗とは言われませんが、帰ってから服を着替えるので大丈夫ですよ」

 安心させるように頭を撫でられる。

「そんなことより、少しでもたけるが甘えてくれて嬉しいです」

「・・・そのせいで、何も話ができませんでしたけどね」

 言ってから後悔する。これだと、先輩を責めているのと同じだと。だから、慌てて弁解する。

「あ、その・・・違います! 泣いた俺が悪いからであって、先輩が悪い訳じゃないです・・・!」

 嫌われたくない。先輩だけには、絶対に嫌われたくなかった。

 先輩以外の人間にならどれだけ嫌われようが構わない。でも、萌先輩に嫌われたら、もう生きていけなかった。

 優しさをくれる人を失くしてまで、生きていたくはなかった。

「大丈夫ですよ。私が健を嫌うはずないでしょう? だから、自分を悪くしないでください。たけるを・・・傷つけないで?」

 そっと、抱きしめられる。濡れた胸元に、顔が当たらないように配慮された抱擁だ。

「・・・萌先輩」

 それでも幼さの抜けきらない俺は、抱きついて先輩の胸に顔を埋めてしまう。

 元々俺が汚したんだ。だったら気にする必要はない。濡れて冷たくて汚くても、先輩のくれる暖かさの方が遙かに貴重だった。

「大丈夫、だいじょうぶです。健なら大丈夫なんです。今の健が感じるまま、彼女と向き合ってください」

 抱きついてきた俺の行動に、嬉しそうな調子で言葉を伝えられる。

「・・・・」

 先輩は当たり前のように俺を受け入れてくれて、信じてくれている。俺では見えていないモノが、先輩には見えている。そんな俺に出来ることは、一つしかなかった。

「・・・分かりました。先輩がそう言われるのなら・・・そうなんですよね?」

 今度こそ完全に気持ちを切り替え、その状態で先輩を見上げて言葉を伝える。

 先輩が信じてくれている、自分を信じる。やれるだけのことをやったのだから、後は自分の力を信じて欲しいと、先輩はそう願っている。

 あれこれ考えるのは止めて、ただ自分の感じたように動いて欲しいと。

「・・・ええっ、そうなんです。健は頭の良い子で、本当に助かります」

 覚悟を決めた俺の顔を見て、先輩が安心したように離れる。

「それでは・・・帰りましょうか?」

 夕暮れの校舎の中、差し出された先輩の白い手が幻想的に見えた。

「・・・はい」

 その手を掴む。守りたい存在を、こんな自分を好きだといってくれた人を、誰からも受け入れてもらえなかった幼い自分を、甘やかせてくれた萌先輩を離さないように、しっかりと・・・だけど、優しく握りしめる。あまりにも脆く、儚くて壊れてしまいそうだったから。

 甘えさせてくれる人は、本来とてもか弱い存在だということを、心に刻みつける。


 そして、また今日の夜が近づいていた。

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