第54話 〜寄り添う者達〜 17
「終わりました?」
「ええ、クロワノールと関わる話はこれで全部です」
「そうですか、私ももう少しですので、後少しだけお待ち下さい」
そう言って最終巻を読みきり、最後の短編をさっと目を通していく。その速度は文章を読んでいるとは思えないほどだった。
「・・・・お待たせしました」
全てを読み終わった先輩が本を纏める。俺はそれを返しに行こうとすると、何故か先輩もついてきた。
「先輩・・・・どうして?」
「・・・一人になりたくないと、そう思ってしまったのです」
「・・・・分かりました」
残り時間のことを考えると、ここで無駄な会話をする意味はなかった。
部屋の外に出ると、当たり前だが会話はしない。あの小部屋は勉強を教え合うくらいの小声なら問題ないが、そこ以外では流石に声は出せない。
本を全て戻して、部屋へと引き返そうとすると、先輩が興味深げに続編の背表紙を眺めていた。声をかけるわけにもいかないので、手を引いて確認すると、先輩は軽く頭を下げてから歩み始める。
「・・・・まだ続きがあるのですね」
「まあ、そこからもまた暗いですけどね」
小部屋に再び戻り、座り直すと小声で会話をする。
「クロワノールとネウスの話はあれだけですので、気にすることはないですよ」
「ですが、その・・・・あの方の物語は続くのでしょう?」
「気になります?」
先輩が漫画なんかを気にするとは思わなかった。だから、気軽に聞いていた。
「そうですね・・・・健に似てるという意味で気になります」
「そんな似てます?」
「ええ。貴方と通じるモノがあります」
「北条さんもそう言っていたらしいですが、俺とあいつのどこが似てます?」
「女の子に好かれるところでしょうか?」
考える間もなく、ノータイムで切り替えされる。それも予想外の返事で。
「・・・・えっ?!」
先輩からまた人差し指で注意を受けてしまうが、これを驚くなという方が無理だろう。
「そんなに驚かないでください。現に二人の異性から好かれているでしょう?」
「二人って、北条さんと」
「私です」
堂々と目の前で宣言される。
これ、本当に先輩が好きでいてくれていると、本気でそう信じていいのか?
「・・・・えっと、一般的に二人だけで好かれるって言えるんでしょうか?」
「これからです。成長された貴方の前では、私も女にされます」
「見てきたように言うんですね」
何故か距離を詰めてくる先輩に、思わず後ずさって距離を取ってしまう。
「・・・・ええ、昨夜の貴方がそうでした」
手を伸ばされ、そっと頬に触れられる。そこから今ある顔を確認するように、優しく輪郭をなぞられる。
「北条さんを救う方法を話していた貴方は、とても頼りがいがありました。あの時私は、大人の姿をした健が見えたんです」
昨日の保健室でのやりとりみたいに、また先輩の瞳に熱い感情が浮かんでいた。向こうの世界で味わった感情ならば、こちらでも同じように感じるのだろうか? いや・・・どちらかといえば、こっちでの方が増幅されている?
見るからに先輩の表情が変わっていた。恋をする乙女の顔。こんな表情を、俺は向こうの世界で見た記憶がなかった。
「私は貴方に、とっくに恋をしていたのだと・・・・昨夜そう気づかされました」
可愛さと綺麗さが混じり合った表情からの殺し文句に、心臓が壊れそうな程うるさくなる。顔の熱さから、真っ赤になっているのも容易に想像できた。
「ここまで想いを晒せば、流石の健も疑わないでしょう? 貴方を・・・好きだということを」
手を離され、熱い眼で見つめられる。
「えっ? あ・・・・」
ようやく先輩がこうしてきた意味が理解できた。俺の思い違いを正すため、わざとあんな回答をしたんだと。
「すみません・・・でも、どうして分かったんですか?」
「朝の食堂での反応からは半信半疑でしたが、先程の返事で確信しました」
「返事・・・・?」
「始めの一人に、私ではなく北条さんの名前をあげましたね?」
「・・・・あ」
「仮にでも付き合っていたら、普通は彼女の名前が先に出るはずでしょう? それが出ないのは・・・・健が遠慮していたからですよね?」
普通なら自分が好きじゃないからだと言われかねないが、先輩は俺からの好意を疑ってはいなかった。先輩の好意を勘違いしないようにと、疑っていた俺とは正反対だ。
「本当は俺が好きじゃないからだと、そう思わないんですか? 俺はそれくらい失礼な事を、先輩にしてしまったのに・・・・」
「どうしてですか?」
今度は頭に手を置かれる。
「健はいつだって、私を優先してくださるでしょう? 自分よりも、私を一番大事にしてくださる。そんな方の想いを疑う必要などありません」
良い子良い子と言うように、頭を撫でられる。濁りのない、透き通るような心で、俺の負の思考を祓うかのように触れられる。
「貴方があの方と一番似ているのは、大切な人を何よりも優先させる事です。だから北条さんは、貴方を好きになったんだと思います。好きになった自分を、誰よりも見てくれる健を」
何となく嬉しそうな声で言われるが、それが何故なのか分からなかった。
「そんなの『普通』じゃないですか。誰よりも好きな人だから、自分よりも大切にするのは」
まるで俺が特別な人間だと言われたみたいで、それを否定する様に感情のまま言葉を吐いていく。
「好きだから・・自分のできる限りの事をして、幸せにしたい。笑顔にしたいと思うんじゃないですか。好きなんだから、そんなのは当たり前の事じゃないですか! 何も特別な事なんて———」
先輩の柔らかな人差し指が口に添えられ、言葉を中断させられる。感情的になって、声が大きくなっていたらしい。
「あ・・・すみませ———んっ?!」
そこからまた抱きしめられる。肩に顔を埋められ、いつもより強く抱きしめられる。
「せんぱ・・・・」
「そういうところですよ? 健」
「えっと、あの・・・?」
さっきとは違う抱き方に困惑する。包み込むような感じではなく、強く抱き締めることにはどんな意味があるのかと。
「貴方は恥ずかしがる事もなく、想いを口にしてくれる。決して軽々しくではなく、強い信念を持って、言葉を発してくれる」
肩から顔を上げ、俺を真っ直ぐに見てくる。至近距離で見つめ合う瞳の中に、俺が映っていた。きっと、俺の目の中には先輩が映っているのだろう。
普段とは違う自分の顔を見て、先輩は何を思っているんだろう?
「軽薄な言葉を聞いてきた身にとって、それはとても嬉しいのです。貴方は私を幸せにしてくれる・・・・・愛してくれるのだと、そう強く信じられる。健・・・・」
「・・・好きです」




