第53話 〜寄り添う者達〜 16
先輩からは特に反対の声も無かったので、俺は足早に寄贈本のコーナーへと行く。
先輩との待ち合わせに早く来すぎた始めの頃、この図書室にはどんな本があるのかと本棚を眺めていたので、大体は把握していた。その経験が今こうして生き、手間取る事なく目的の本を回収していく。
ネウスとクロワノールの絡みがある巻といえば・・・・1巻2巻3巻4か・・・・ん? ちょっと待て! この作者、全巻で必ず1話は絡ませてるぞ! うわ、マジかよ・・・・。そして、律儀に全巻あるとかこれ寄贈した奴誰だよ?
寄贈主の名前でもないかと後ろを見てみると、そこには北条さんの名前が書かれていた。それも、見た感じでは全てがそれだった。
・・・・布教用ってやつか? どんだけこの作品好きなんだよ。
とりあえず、半分の量だけ持っていくか。
「すみません、お待たせしました」
脇に抱えながら小部屋へと戻ると、先輩は目を閉じて静かにしていた。その目がゆっくりと開かれると、いつものように言葉が帰ってくる。
「・・・・大丈夫ですよ」
「先輩、もし眠たいのであれば・・・・」
「いいえ、大丈夫です。私は特にすることがなければ、目を閉じてリラックスする習慣があるだけです」
それって、先輩の身体が弱いから、少しでも体力を回復しようとしてじゃないのか?
「・・・・そんな心配そうな顔をしないでください。本当に、私は大丈夫ですよ?」
「でも・・・・」
「それよりも、です・・・・思った以上に本が多いので、早速読んで行きましょう」
座った俺が本を置くと、先輩が一番上の本に手を出す。それを俺はつい手を握って防いでしまう。
「俺が読んでおきますので、先輩はゆっくりしててください」
「私も読んでおいた方が、いいかもしれないでしょう?」
「いや、でもこの結末って悲劇なんで、あんまり気分が良くないんですよ」
「・・・・悲劇?」
「ネタバレになるんですけど・・・・このネウスってキャラは伴侶になったクロワノールを守りきれず、死なせてしまうんですよ。だから、読むと鬱になるというか・・・・」
「大丈夫です。作り物のお話ならば、そういったモノもあるでしょう? それに、私は興味深いのです。健が似てると言われる存在が、どのような方なのかと。それを知れないのは、貴方の彼女としてイヤです。ですから、読ませていただけませんか?」
「・・・・わかりました」
結局俺は、先輩の言葉には逆らえなかった。こんな風に言われて、逆らえる訳が無い。
「ただ、先に俺が見直した後でもいいですか? ぱぱっと、見直すだけなので」
言っている間に始めの巻を捲っていく。
「ええ。構いませんよ」
先輩は隣に座って来て、俺の横顔を眺めながら待つ。なんだかむず痒いので、さっさっと流していく。
「どうぞ」
「もう目を通されたのですか?」
「元々内容を覚えてますので、確認くらいなら直ぐに終わるんですよ」
「それだけ好きなのですね」
「・・・・そうですね」
「・・・・」
少し遅れた返事に先輩が疑問を持つが、今はそのことには触れずに本を読むことを優先する。
やっぱり先輩には色々と筒抜けだな。そんなことを思いながらも、持ってきた8巻まで目を通し終わる。
「残りの7巻を持ってきます」
そう言ってまた本の場所へと行き、残りの巻数を持って帰る。
「・・・・」
意外にも先輩は真面目に漫画を読んでいるようで、俺が戻って来たことにも気づかずに目を通していく。
初めてのはずなのに、もう4巻目が終わりそうだ。要点よく読むと、これだけの速読ができるのかと感心してしまうくらいだ。
「健、それで全てですか?」
席に戻る頃には読み終わり、追加で持ってきた本を見る。
「はい。これで二人の物語は全部です」
「そうですか・・・・これならば目を通した後でも、まだ時間はありますね。効率良く行きましょう」
5巻目を読み始めた先輩を横目に、俺は残りの巻を見ていく。
クロワノールはずっと探していた初恋の人を見つけ、想いを告げ、受け入れられ、共に生きると誓い、そして新たな命を身籠り、戦いを終えた後には母になるはずだった。ニンゲンが裏切り、彼女を殺めることさえなければ、それは確実だった。腹の胎児も徹底的に潰され、胸糞の悪いシーンの後、ネウスは妻子の亡き骸を可能な限り復元し、大地へと眠らせ、敵討ちをする。
ここまででもかなり鬱だが、残酷な物語はまだ終わらず、敵がその亡き骸を見つけ出して操り、ネウスを殺しにかからせる。それに対してネウスは、死してなお彼女を傷つけるくらいならばと、大人しく殺されるつもりだった。地面へと押し倒され、首元に突きつけられる剣。後は、それを倒すだけで死が約束されていた。だが、クロワノールの肉体はそれを拒否しようと、心無い器でありながら涙を流して、首を弱々しく横に振り、声の出ない唇で必死に言葉を紡ぐ。
『い・き・て』
滴り落ちる涙に、言葉は続く。
『こ・ろ・し・て』
壊れた表情でそう願う彼女の姿を見て、ネウスは全てを背負う覚悟を決める。二度と彼女の死が利用されぬよう、黒き炎をもってその肉体を燼滅させる。燃え尽きる寸前、最後に最愛の女性の言葉を聞く。
『ありがとう、アナタ。アタシを・・・・救ってくれて』
その言葉に、作中唯一ネウスが激情を爆発させ叫び声を上げる。血も涙もない鬼神と畏れられた男が、初めて涙を流す。
この後は一気にラスボスを倒して第一部はおしまい。
「・・・・この後に二人の出会いの話とか出すか? 普通・・・・」
相変わらず胸が掻きむしられるような感情を持つ。こんな救いしかないのなら、そんなのは世界が間違っている。
「・・・・」
静かに最終巻を置き、先輩も読み終えた本を返しに行く。
「・・・・後は、短編のこれか」
ネウスとクロワノールの出会いを描いた話。正直、これ読むと結末がより辛くなるんだよな。でも、読まないとやってられない気持ちもあるから、読むしかないと。
また部屋に戻り、先輩の読破状況を確認すると、後2巻だった。どうも俺は後半は普通に読んでいたようなものだった。
残りの時間で俺は短編を読んでいく。この頃がネウスにとって幸せな時間だっただろう。
この世にある全てに不信の中、明るい感情を見せてくれたクロワノールに、ネウスはヒトとしての感情を取り戻した。たった一人のヒトの幸せを願う。かつて守れなかった願いを再び持った。
まあ、原作者がそれすらも壊す事をした後に描いた話だが・・・・この作品に関しては作者の根性が悪すぎだろ。
「・・・・はあっ」
閉じた本を先輩の側に置きながら、普通にため息をついてしまう。




