第52話 〜寄り添う者達〜 15
「・・・・よろしかったのですか?」
「何がです?」
いつもの場所へと向かいながら、珍しく会話をする。別棟にある図書室へは少し歩くが、いつもなら無言で行くのに今日はどうしたんだろ?
「お弁当で私の名前を出したのは、悪手ではありませんか?」
距離的には俺の声が届くだろうけど、放課後の音の中で聞き分けられるって、先輩は耳も良いんだな。
「でしょうね」
階段を降りながら話す。
「それなら何故あのようなことを?」
「嫌だったので」
「・・・えっ?」
「先輩じゃないと、言いたくなかった。何でわざわざ、別の奴のだとか言わないといけないんですか?」
「気遣いは大切だと思いますが? 今ごろ北条さんは複雑だと思いますよ」
先輩の言葉は合理的だと思う。でも、俺は元々そんなものは大嫌いだ。
「俺にとって大切なのは萌先輩だけだ。あそこで彼女の料理じゃないと、嘘をつく事を良しとするのなら、俺はそんなのは嫌だ。先輩を優先したい。それだけは譲りたくない。俺が一番大事なのは萌先輩なんだ。先輩の優しさをなかった事にするなんて、そんなのは嘘でも嫌だ」
ただただ感情を吐き出す。周囲なんて関係ない。俺は俺が嫌だと思うことを、進んでする気はない。
こういうところは、いつまで経っても子供だと思う。流石の先輩もこれには呆れるだろう。
「・・・・ずるいです」
「そうですね。俺はズルい奴です」
そう言われても仕方がない。
「健・・・・」
一階まで階段を降りきった所で、服の裾を掴まれて足が止まる。
先輩は周囲を軽く見渡すと、人目につきにくい階段の影に俺を連れて行く。
「先輩、どうしたんですか? 内緒話でも・・・・」
言い切らないうちに、何故か抱きしめられる。
「貴方はずるいです。そうやって素直に言葉にして、私を喜ばせる。そのようなことをされたら、こうもしたくなります」
周囲に聞こえないよう、小さな声を出す。
俺は思い切り身体を抱きしめられ、また先輩の柔らかさを味わう。それに意識を集中しないように、思いつくままに言葉を出す。
「俺はただ自分が嫌だからであって、先輩に喜んで貰えることなんて何も———」
「だからずるいんです。その気がないのに、貴方は女の子を喜ばせる。今なら、北条さんが健を好きになったのも理解できます」
「いや俺、本当に何もしてないですよ?」
思い当たる節が全く無い。そもそも、好かれようと思って行動なんかしたことすらない。
「貴方は常々自分が嫌だとか、好きでしてるだけだとか言われますが、その無意識な優しさはずる過ぎます。男の下心を知っていれば、その優しさは女の子の胸を高鳴らせます。きっと、北条さんもその優しさに惹かれたのでしょう」
無意識な優しさなら、先輩の方が上だと思うんだけどな。それを言うと、収拾がつかなくなる気がするので黙っておこう。
「・・・・」
「・・・・」
しばし無言で抱きしめられているが、先輩は一向に腕を解く気がみられなかった。そろそろ柔らかさに脳がやられそうなので、申し訳なく思いながらも雰囲気を壊しに行く。
「えっと・・・・その、先輩?」
「何ですか?」
動こうとするのを見て、先輩は腕を緩める。
「あの、これ・・・・」
ポケットから昼飯代の五百円を取り出す。本来なら無くなっているはずのお金だ。昼休みに渡しそびれていた。
「お弁当の材料費として受け取ってください」
「・・・・いりません」
「でも、ただ食べさせて貰うだけというのも気が引けます」
「私がそれを喜ばない事を、健なら理解されているでしょう? なのに、どうしてそのような事をされるのですか?」
悲しい雰囲気で話す先輩に、閉口してしまう。
「こちらでは・・私に抱きしめられるのが・・・・嫌だからですか?」
その言葉には、強く首を振って否定する。
「では、どうして逃げるような事をしたのですか? 嫌でなければ・・・どうして・・・・?」
本当に悲しげな声に胸が痛む。そんな声を出させた以上、もう白状するしかなかった。
「その・・・・当たってるんです」
「当たる・・・? 何がですか?」
からかう訳でも、ボケている訳でもなく、純粋に聞かれる。
「・・・・胸が、顔に当たっているんです」
「それは気持ち悪いのですか?」
「いや、気持ちいいですけど・・・・その、俺も男なので困ります」
情けないというか、恥ずかしいというか・・・・一体何でこんな会話になったんだ?
「・・・そうですか。まだ健からはそんな気配は感じないのですが、そう言われれば離さざるを得ませんね」
まだって何だ? 俺、もしかして男として何か試されてる?
「でも、その前に・・・・」
耳元に顔を寄せられ、そっと囁かれる。
「ありがとうございます。私を優先してくださって・・・・嬉しい、です」
囁やいた唇はそのまま頬へと向けられ、特有の柔らかさを味わう。すぐそこにある髪からは、寝る前に嗅いだいい匂いがした。
「せ、先輩・・・・? 守りなら朝しましたよね?」
額と頬とでは、その感触は全然違っていた。明らかに頬への方が柔らかい。前に北条さんの前でした時よりも、今回の方が時間が長かったので、その違いがよく分かった。
「2回した方が、ご利益も強そうでしょう?」
思わず手で頬を押さえる。言葉を紡いで、話しているその唇が、さっきココに触れていたのかと思うと胸がうるさくなる。
「そういうものなんですか?」
「はい」
「・・・・だったら、先輩が別にキスが好きとかじゃないんですよね?」
「・・・・どうでしょう?」
腕を解き、先輩がそっと手を差し出してくる。黙ってその手を握り、無言で図書室までたどり着く。後は何時もの隅にある小部屋に入って、荷物を置いて椅子に座る。
「先輩、お弁当有難うございました。とっても美味しかったです」
こそっと、袋の隙間から入れた五百円入りのお弁当を渡す。
「お口に合って何よりです。それと、お昼のお金は持っておきなさい。貴方は成長期なのですから、それで少しでも食べ物を摂るようにしてください」
弁当箱の入った袋を開け、中にある硬化を確認して返される。
「もう・・ダメでしょう? 私が好きでしているんですから、素直に彼女の好意を受け取ってください。めっ、ですよ」
人差し指をたてて叱られる。
先輩は叱っているつもりなんだろうけど、ただの甘やかせお姉さんにしか見えない。
「わ、分かりました」
返されたそれを、大人しくポケットへとしまう。今は残りの時間を少しでも有効に使わないと。
「それで、北条さんの事なんですが・・・・」
放課後までの内容を先輩へと伝え、俺の考えもいう。
「つまり、北条さんは俺を好きというよりも、依存相手として見ているんじゃないかと思うんですが・・・・」
先輩の反応を見ながら言葉を続けていたが、ここで少しだけ表情が乱れた。
「先輩? 何か気になる点でもありましたか?」
「・・・・いいえ。続けてください」
何処か引っかかるような否定をされるが、特に問題はなさそうだ。
「俺としては、ネウスと似てると言われる事が良くわからないので、そこを確認しておきたいのですが・・・・よろしいですか?」
「その本を持っているのですか?」
「いえ、何故かこの図書室にあるんですよ。寄贈本の中に。それを持ってきますので、少し待っていてください」




