第48話 〜寄り添う者達〜 11
痛みに耐え一口、また一口と米を食べていく。噛み続けると、何とも言えない甘みが口内に広がる。米って、こんな美味しかったっけ?
おかずにある、細長い肉で人参やアスパラガスといった野菜を巻いて焼いた奴を食べる。つま楊枝でまとめられているので、これは素直に食べやすかった。単純に肉で巻いただけなのに、何で別々で食べるよりもうまいんだ?
昨日も思ったが、何で先輩の手料理ってこんなに美味しいんだろう?
「・・・・お口にあいますか?」
おかずに手を出した所で、先輩が感想を求めてくる。
「はいっ! 毎日食べたいくらい、凄く美味しいです!」
嘘、偽りなく心からそう思えた。生まれて初めて、毎日何かを食べたいと思えた。
「よかった・・・・初めて心の底から、笑ってくださいましたね」
「えっ?」
「今の健が、本来の健なんですよ?」
穏やかに、優しい眼差しを向けられる。その瞳を見ていると、次第に胸から衝き上げてくるものがあった。そのまま、徐々に視界がボヤけてくる。
「健・・・・」
そんな俺の姿を見て、先輩はハンカチで滲み出たものを拭ってくれる。
柔和な顔つきで、怒ることも、呆れることもなく、昨日に引き続いて相手をしてくれる。見捨てないでいてくれる。
「・・・・すみません。また泣いてしまって」
「健は何も謝ることなどしていません。貴方が、一体どんな悪いことをしたというのですか?」
涙を拭き終わり、ハンカチをポケットへと戻しながら、先輩から問われる。
「手料理を食べて泣くとか、普通は不味いからと思われますよ」
「でも、私の手料理はおいしいんですよね? 昨日健はおいしいと、首を縦に振ってくれましたよね」
「今まで食べた物で、一番美味しいです」
「ふふっ、ありがとうございます。でしたら、何も悪いことなどはありませんね。だから、謝ることなんてないんですよ?」
口角を上げて、笑みを作ってくれる。先輩ができる精一杯の表情で、俺を安心させようとしてくれる。
「・・・・有難うございます」
「さあ、残りも食べていきましょう」
そこから俺は早食いを止めた。こんなに優しい人の手料理を味わわないなんて、それこそ罰が当たる。
一口一口、味わっていく。心にまで染み込むような、優しい味を。
美味しい・・・・本当に美味しい。それこそ、これまで食べてきたのが、上辺だけの食べ物でしかなかったことが思い知らされる。ただ身体を維持するだけの、動くための作業だった。こんなに心まで満たされることなんてなかった。
「・・・・ごちそうさまでした」
萌先輩が先に食べ終わる。手を合わせ終えると、ナプキンで口を拭き、カップのお茶を飲み、手早くお弁当を仕舞う。
「お待たせしてすみません。ここからは、私が食べさせてあげますね。お箸を貸してください」
体を向けられたので、大人しく先輩に箸を渡す。そういう約束だったからだ。
「それでは・・・・あら? もう食べ終わりかけでしたか・・・・残念です。たくさん貴方に『あーん』したかったのですが・・・・」
「先輩、食べさせるのが好きなんですか?」
「ええっ、そうですね。私が作った料理を、私の手で貴方に食べてもらえる。食べてくださる健が、とっても愛おしいんです。だから『あーん』して、いただけますか?」
いくら恥ずかしいと思っていても、これでは何も言えなかった。口元に寄せられた物を、素直に口を開け、昨日のように先輩に食べさせてもらう。
「・・・・いい子」
優しい声音で、優しさを携えて、優しい瞳で食べさせてくれる。
残りを食べていく俺を、嬉しそうに見つめる姿は女神と呼ぶか、天使と言うべきか・・・・とにかく凄く綺麗で、こんな人がこの世にいて、俺の側でこうしてくれることが奇跡だった。
その時間は当然短く、最後の一口を食べ終える。
「ごちそうさまでした」
そう言ってから、先輩がまた口を拭いてくれる。
「はい、健。お茶ですよ」
拭き終わると先輩のお茶を渡される。
「えっ? でも、これって・・・・間接キスになりませんか?」
少しだけ迷ったが、ここで飲まずに躊躇うのは変なので、結局伝えるしかなかった。
先輩は不思議そうに頭を傾げながら、言葉を返してくる。
「・・・昨日しましたよ?」
「・・・・えっ?」
「私のお箸で、健は食べてくださったでしょう?」
昨日のことを思い返す。確かあの時は、流れのままに先輩から食べさせてもらって・・・・それで———
「・・・あ」
先輩が口にした箸で、食べさせて貰っていた。それも、食べ終わるまで何度も何度も口に入れていた。
「すみませんでしたっ! 俺、そんなつもりなんてなくて、その・・・・っ!」
混乱しながらも、お弁当は片付けていく。何か他の事でもしていないと、この恥ずかしさには耐えられそうになかった。
「そんなに慌てないでください。昨日の事は私からしたのですから、貴方が気に病む必要はありません。それとも、私との間接キスは嫌ですか?」
分かりきっている回答を引き出す質問はズルい。意外と萌先輩は意地悪なところがあるのかもしれない。
「・・・・えっと、嬉しい・・です。はい」
「でしたら、どうぞ・・・・お飲みください。喉も渇いているでしょう?」
喉が渇いてるのも確かだし、残りの時間で今夜の話し合いもするのなら、ここはやはり飲むしかない。
先輩からカップを受け取り、有難くお茶を飲んでいく。ただし、カップを反対に回してだ。
「・・・・えっ?」
珍しく先輩の驚いた声が聞こえる。俺が飲む位置を変えるのは、予想していなかったみたいだ。
温かいお茶が喉を通り過ぎていく。その感覚をいくつか味わって飲み干す。
「有難うございます。お陰で————先輩?」
カップを返そうとして先輩を見ると、両手の指先で唇を押さえていた。




