第47話 〜寄り添う者達〜 10
先輩を少しでも待たせまいと、俺は慌ててお手製お弁当を持って歩み寄る。
「すみません、先輩。少し待たせました」
「特に待ってはいませんよ。私を見たら、直ぐに出てきてくれましたので。それより、先程池崎さんが出ていかれましたが・・・・」
「ああ、それはですね」
1階へと向かいながら、これまでの事を先輩に話す。
「なるほど。つまり、今日は保健室は使えませんね」
「なので、今日は食堂でどうですか?」
1階まで下りきり、そう提案する。
渡り廊下は保健室を通り過ぎた先にある。だから通り過ぎる時に、部屋の会話から二人の雰囲気が分かるはずだ。
これが良いなら希望が持てるし、悪ければ俺は覚悟を決める。
「健、それはいけません。あちらで買われた方々の席を、奪ってしまいます」
服の裾を引っ張られ、歩くことを止められる。
俺は何かを伝えようとする先輩を見上げる。
先輩は言い聞かせるように、続きの言葉をゆっくりと口に出す。
「食堂は、食堂で購入された方の為の・・・・場所でしょう?」
「理屈的には先輩の言うとおりだと思います。でも、気にする奴なんて————」
「健、貴方までそんなことはしないで下さい。・・・・貴方は、そんな子じゃないでしょう?」
落ち込み気味な雰囲気で、どこか悲しげに見つめられる。
先輩は本当に清廉というか、心の綺麗な人だと思う。学生が学内の施設を、その目的の為に使うのだから普通に問題はないはずだ。でも、先輩は食堂の購入者が優先されるべきだと考えている。だから、自分達がピークの時に行くのを良しとしない。
本当に優しい人だ。
「・・・・分かりました。それじゃあ、中庭のベンチでもいいですか?」
上履きのままでも出られるあそこなら、履き替える手間もいらない。
「ええ、それなら問題ありません」
今度の提案は受け入れられたので、近くのドアから中庭へと向かう。
良くも悪くも、中庭だと保健室を探ることはできないが、逆に言えば俺達も目撃されないので、北条さんのメンタル的にはいいか。昼の成果は、また明から聞こう。
「・・・・ごめんなさい。口うるさかったですよね?」
中庭に出ると先輩がそんなことを言う。別に謝ることでもないんだが、何か珍しいなと思う。
隣を歩く先輩を見上げれば、どことなく不安気な感じがした。これは多分、過去の傷口に触れたと思ってる? 昔、しつこく小言を言われていた頃の事を、先輩は『救済』で感じとったのかな?
あんな奴の小言と、先輩の戒めは全く別なんだけどな・・・・
「好きな人に気にかけてもらえるのは、嬉しいですよ・・・・っと」
ドアから出て、二つ目にある木のベンチに腰掛ける。一つ目だと出てくる人との距離が近いからだ。ちらちらと、視界に人が入るのが俺は嫌だった。
「そう・・思ってくれるのですか・・・・?」
先輩も隣に柔らかく腰掛け、俺を見てくる。だから、俺も先輩を見つめ返しながら返事をする。
「俺はそんな先輩が好きですから。さっきのあれも、俺の為なのは分かります。モラルを無くすな、ってやつですよね?」
「・・・・健は、本当にいい子ですね」
「先輩が思うほど、いい子じゃないですよ」
「いえ、貴方は絶対にいい子です。貴方がそうでなければ、この世にいい子はいません」
「言い切っちゃいます?」
「ええ、言い切ります」
そんなことを言いながら、互いにお弁当を出していく。先輩は水筒袋から水筒も出して、お茶を入れていく。
「それでは・・・・健? お飲み物はどうされたのですか?」
「今日は買うのを忘れました。まあ、大丈夫ですよ。元々食事中に水分は摂らない方なので」
「・・・言われてみれば、昨日も全て食べてから飲まれていましたね。でも、喉を潤したい時は、私のお茶を飲んでくださいね? 遠慮は無用ですからね?」
俺との間に、お茶の入った水筒のカップを置いてくれる。
先輩はああ言っていたが、これ俺が喉を詰まらせた時の為だな。
「それでは、いただきます」
そっと、音を鳴らすことなく手を合わせる先輩。俺もそれに倣い、同じようにする。
そういえば、普段は手を合わせることなんてしなくなっていたな。いつからそうなっていたんだっけ?
「・・・・」
「・・・・」
二人だけの中庭で黙って食事を始める。時おり吹く、心地よい風だけが音を立てていた。
蓋を開けると半分がお米で、もう半分がおかずだった。
手始めに、梅干しと黒ごまが乗せられたご飯に手を付ける。
「・・・・っ!」
やっぱ、書くのと掴むのじゃ使う筋肉が変わるよな。どうしても指や手の甲に痛みが生まれる。
「・・・すみません。フォークを用意しておくべきでしたね。昨夜の貴方の傷を失念していました」
「先輩は何も悪くないですよ! 俺なんて、先輩のお弁当のことを忘れていたくらいなんですから。それが、こうして頂けるだけ有難いって話ですよ」
「それは貴方が、必死になって考えている証拠です。最悪の未来を避けようと、明るい未来を掴もうとしているからです」
「俺はただ、先輩が嫌な結末を避けたいだけで、そんなことは考えていないですよ」
「貴方が行おうとしているのは、そういうことなんです」
先輩はどこまでも、俺を評価しようとしてくれる。過大も甚だしいくらいに、俺が納得するまで声をかけ続ける。でも、このままだと平行線で終わらない流れになっているから、ここは話を変えないとな。
「・・・・先輩、まずはご飯を食べましょうか? 喋ってばかりじゃ、食事も進みませんし」
「そう・・ですね・・・・」
まだいい足りないみたいだが、俺の言葉を受け入れてくれる。
「では、朝みたいにさせていただきますね」
前言撤回、曲解された。
「いやいや、流石に先輩も食べてくださいよ! 一応、痛みはあっても食べることはできるので、大丈夫ですよ!」
「ですが・・・・」
「俺に食べさせてたら、先輩の食べる時間がなくなりますよね?」
「・・・・わかりました。でも、私が食べ終わりましたら、その時は朝のようにさせていただきますよ?」
「分かりました」
よし、全力で痛みに耐えて食べよう。
そこからの会話はなく、互いに食べることに集中する。
正直、先輩のお弁当を早食いするのは気が引けたが、朝みたいなことは避けたかった。何がおねショタや、赤ちゃんプレイだ。




