第45話 〜寄り添う者達〜 8
「んっ? どういうことだ?」
「見てたら分かるだろ? 挨拶の返事に少し間があるし、歩く姿もどこか力がない感じだし、全体的に気力がないんだよ」
周りに聞こえないよう小声になる。少なくとも、クラスの喧騒さにかき消されるくらいではある。
「んー? 言われたら確かに。今座る時もえらくしんどそうだったな。でも何で分かるんだ?」
俺と同じように、明も声を潜めてくる。
「何となくだ。それより、お前保健室に連れて行ってやれ。ちょうどいいきっかけだろ?」
「確かにそうだが、いきなり保健室行こうと言われて、怪しまれないのか?」
「弱ってる時に常識的な優しさを向けられると、案外急とは思わないもんだ。むしろ、嬉しいと思うぞ?」
思ってる以上に、人間は予想外の優しさに弱い。意外過ぎると、一瞬思考が止まるくらいだ。俺が初めて萌先輩に優しさを貰った時は、世界に対する殺意が消え失せたくらいだからな。
「それに、あんな状態で放って置くのか? お前がそれを良しと思うなら構わないが」
疲れ切った風に鞄から教科書と筆記用具を出し、授業の準備をしている。見るからに弱っていた。それを周囲は失恋から来るものと見ているからか、北条さんを誰も気にしていない。むしろ、触れる方が危ないと思っているだろう。
「・・・分かった。とりあえず、挨拶がてら探り入れてくるわ」
意を決して、明が行動に移る。
北条さんのいる後ろの席へと近づき、いつもしているんだろう挨拶をする。
一応、北条さんも反応してくれるが、どうも鈍い。それを指摘して体調を尋ねてるっぽいが、首を振られてるから否定されてるなあれ。
さて、ここから明はどう詰めるのか・・・・って、何でこっちに帰ってくるんだよ?!
北条さんがこっちを見ていないか確認する。しんどいからか、明に興味がないのかは分からないが、弱りきった目で静かに俯いていた。身体を支えるためか、両腕を机の上に置いて、どこを見てるか分からない視線を机へと向けて。
とりあえず、これなら俺が明をけしかけた事はバレなさそうだな。
「駄目だ。大丈夫の一点張りで、気にしないでと言われた」
「いや、お前そこで引き下がるなよ。萌先輩だと、そこからグイグイ詰めてくるんだぞ?」
「俺には無理だ。考えて動くとか性にあわねー」
そんなことをしてる間にチャイムがなり、担任が入ってくる。
「やべ、先生来たから席に戻るわ!」
慌てて自分の席へと向かう明を目で追う。北条さんの席を横切ろうとしたその時、糸の切れた人形のように、ゆっくりと席の主が倒れていく。席からこけるようにして、横へと落ちていく瞬間。
「・・・・危なっ!」
そう叫んだ明が間一髪、肩を支えることで転倒を回避する。ただ、机に出ていた教科書や筆記用具は音を立てて床へと落ちていく。
「おい、北条。本当に大丈夫なのかよ?」
「・・・・平気。ちょっとクラっとしただけだから」
平気じゃないだろと思うが、俺がそこを指摘するわけにはいかなかった。周囲からすれば、原因は俺だと思っているから、その張本人が何を言ってるんだ? と雰囲気を悪くするだけだ。
「・・・落ちた物は俺が拾うから、明はそのまま北条さんを支えててくれ」
「ああ、すまんが頼むわ」
「北条さん、本当に平気なの? 顔色も良くないように見えるし、しんどいようなら保健室に行ってもいいのよ?」
こんなの見たら、担任も近づいてきて声をかけにくるよな。
「大丈夫です・・・・先生」
とりあえず、俺は落ちた物を拾うことで北条さんの反応を間近で見ることにする。
昨夜の記憶があれば敵意を向けるだろうし、覚えていなければ居心地の悪い感情を向けてくるだろう。果たしてどちらが出るか。
「はい、これで全部だよね?」
拾った物を机に置く時、さり気なく顔を見ると北条さんもまた俺を見ていた。視線と視線が重なり合い、互いに見つめ合う。
「・・・・ありがと」
返ってきたのは、割り切れていない感情だった。
嬉しいけど素直に嬉しくなれない。素っ気なくしたいのに素っ気なくできない。掴むことも離すこともできない。中途半端でやり切れないものだった。
「これくらい普通だよ」
表向きな対応をしたが、内心は混乱していた。
何で素直に俺を嫌わない? 昨夜の事でも、昨日の事でも、嫌うには十分じゃないのか? なのに、何で諦めきれていない感情を出すんだよ?
「『普通』だったらなんで・・・・」
泣き出しそうな瞳が下を向き、小さく呟かれた言葉。その先を俺は想像することができる。できてしまうからこそ、沈黙するしかなかった。
北条さんも俯いたまま黙ってしまう。それを見て担任は判断をする。
「やっぱり具合が良くないみたいだから、池崎君か相心君か、悪いけど保健室に連れて行って貰える?」
「明、悪いが頼めるか?」
色々と俺がついていくのは良くない。もし、僅かでも同情しようものなら、非情に徹することが難しくなる。今夜の事を考えると、それだけは絶対に避けたかった。
「ああ、分かった」
「決まりね。分かったわね、北条さん?」
「・・・・分かりました」
ここでゴネても何の意味もないことを察してか、大人しく担任の言葉に従う。
「ごめんね、池崎くん。あたしなんかに付き合わせちゃって・・・・」
明に肩を支えて貰いながら立ち上がる。少しふらついているが、これなら大丈夫だろうと、席へと戻ることにする。
「馬鹿言うなって。体調の悪い事を知ったら、放ってはおけないだろ?」
「・・・・池崎くんも優しいんだね」
背後から聞こえたその言葉は、明に対してであるはずなのに、俺にも向けられているような気がした。
後ろのドアからは閉まる音が立ち、二人が教室を出ていく。それを確認してから、担任はいつものように朝のテストを始めていった。




