第43話 〜寄り添う者達〜 6
「・・・・ごちそうさまでした」
「いえ、まだ牛乳がありますよ」
「あ、それくらいならできますので、先輩は湯冷ましでも飲んでいて下さい」
「そうですか? それなら、一度席を立たせて頂きますね。失礼します」
音を立てずに立ち上がり、どこかへ行く先輩。それを眺めながら、俺は牛乳を飲んでいく。
「で、先輩の指の味はどうだったよ?」
不意打ちの言葉は驚くには十分で、今度は俺が盛大にむせ返る。
「・・・・いや、おま・・げほっ! 急す・・ぎ・・・ごほっ!」
「あ、悪い。すんなりしたから、いつもしてんのかと思ったんだが・・・・やっぱお前も困惑してたんだな」
「そりゃそうだろ? むしろ、あんなん慣れるか!」
明へと向き直り、言葉を返す。
「とはいえ、見てる分には素直に羨ましい。俺も北条と付き合えたらあんな風になるのかな?」
「北条さんが世話焼きならそうかもな」
残りの牛乳を一気に飲んでいく。容器を揺すり、空になったことを確認する。
「とりあえず、片付けるか?」
「俺はいいから、お前だけしてくれ」
「はあっ? 何でそんな面倒臭いことするんだよ?」
「先輩のコップを返す時でいい」
「なんで?」
「先輩に早く飲まないといけないって、気を使わせたくないから」
「はーん・・・・良く気がつくな。よくそれで疲れないもんだ」
「先輩だからだよ。他のやつなら知らん」
「お前本当に先輩にべた惚れだな」
「それは否定できない。所で、萌先輩に聞いておきたいことはもうないのか? 時間的に後十五分くらいだぞ」
食堂に有る時計を見ると、8時30分程だった。
「ん? 二十分だろ?」
「移動時間も考えろって」
「ああ、確かにそうだな。とか言ってるうちに、萌え先輩帰ってきたな」
急ぐことも慌てることもない、ゆったりとした動きで先輩が席へと戻る。座ると手に持っている物を開け、話しかけてくる。
「健、口を拭きますね?」
「先輩、そこまでする必要あります? 後、ずっと話をしていたんですから、そろそろ水分を取りませんか?」
「先に貴方の口元を綺麗にしてからです」
されるがままに口を拭いて貰う。
「・・・・ここまで来ると、おねショタというよりも赤ちゃんプレイ・・? つか、だから何で俺は朝からこんなモノを見せ続けられているんだ? もう腹一杯だぞ・・・・」
明の声が聞こえていないのか、気にせずに先輩は拭いていく。優しく、ゆっくりと傷つかないように、丁寧に。
「・・・・これで大丈夫ですね」
「えっと、有難うございます」
「私が好きでしたことですので、いいんですよ?」
そう言ってからコップを手にとり、ぬるくなった湯を少しずつ飲んでいく。両手で包み込むようにして飲む姿は、大人びた先輩が愛らしい女の子のように見える。
「・・・・可愛さ出す萌え先輩やべぇな」
ボソッと聞こえたそれに『お前が好きなのは北条さんだろ?』と、言ってやりたかったが俺も同感だった。
普段は無愛想に見えるのに、何でこんな風に水飲むだけで、可愛さを出すんだこの人は?
「・・・お二人共、どうなされたのですか? 何か私にお聞きしたいことでも・・・・?」
「そうですね・・・・結局、俺は今どうすればいいですか? 北条に優しくしてやればいいんですかね?」
話を振られても慌てない辺り、これが一番聞きたかった質問かもしれない。
「それは池崎さんの心のままに動いてください。頭で考えるのではなく、心で感じるままに・・・・です」
「えっと・・心?」
「これでは分かりませんか。その、どう言えばいいんでしょうか・・健?」
自分の中では分かっているのに、相手には伝わらないという状況で、先輩が助けを求めてくる。
俺も絶対に先輩の考えが分かるわけじゃないが、それでも出来る限り読み取ってみる。
「・・・・側に居て見守って、後は身体が動くままに任せるという事ですか?」
「ああ。つまり、目を離すなって事だな。そんで、ヤバいと思ったら助けてやれと・・・・確かに、今はそれが一番かもな。北条の気持ちが落ち着くまでは、そうしとくわ。サンキュー、健」
納得できたと言わんばかりに、礼を言われる。
「いや、お前先輩にもお礼言えよ。俺は先輩の言葉を解釈しただけだ」
「そうだな。有難うございました、萌先輩」
「いえ、健が説明してくれたお陰ですよ」
初めてまともに名前を読んだのに、それはどうでもいいらしく、先輩は少しでも俺を立ててくる。その気遣いが何処かくすぐったい。
「後、最後になんですけど、先輩は健の好きって一言だけで、さっき言ってたことを察したんですか?」
「いいえ、でも健の言葉には重みがありました」
「・・・重たいのが好きって事ですか?」
「そうじゃなくてですね。その・・・・」
いい言葉が浮かんできそうなのか、それを拾い上げようとして何故か俺を見てくる。目と目が合わさり、先輩の瞳に何らかの色が浮かぶ。そのまま、俺を見続けたまま言葉を奏でる。
「・・・私を愛してくれると、そう思えたんです」
恥ずかしげもなくそんなことを言われると、コッチのほうが恥ずかしかった。
目を合わせ続けることができなくて、つい目線を逸してしまう。すると、呆れた顔の明がこっちを見ていた。
「あー、先輩も結局健にべた惚れだった。ってことでいいですか?」
先輩が俺なんかに惚れる訳ないだろ。今は付き合っているというフリなんだから。
「・・・・そうですね。そう・・なのかも・・・しれません」
俺の予想に反して、先輩の言葉は歯切れが悪かった。不思議に思って先輩を見ると、夜の世界でのように微笑んでいた。柔らかく、温もりに満ちた乙女の微笑みで。
「・・・・えっ?」
でも、それは直ぐに見間違えだと気づいた。驚いて明を見返すと、その顔に変化はなかったからだ。あの先輩の顔を見て、何も感じない男はいないはずだ。だから、今のは俺が幻視でもしたんだろう。現に今見る先輩は普段の顔をしていた。いや、ちょっと不満気・・・・なのか?
「『えっ?』とは何ですか? 私だって、貴方に惹かれているんですからね? そうでないと、お付き合いなどいたしません」
「あ、違うんです。今、先輩が微笑んでいたように見えたんですよ。それで、珍しいなと思ったら間抜けな声が出てしまったんです」
「微笑んでいたのですか? ・・・・私が?」
「ええ、一瞬でしたけど」
「・・・・それでも、健には見えたんですね?」
この反応、先輩は嬉しいってことだよな? えっ、本当に俺なんかに惚れてくれているのか?




