第39話 〜寄り添う者達〜 2
「おはようございます。い———」
「お、おはようございます! あ、お・・おおれ・・・・池崎明って、いいます!」
緊張して言葉が少し怪しいが、俺も先輩と話すのに慣れるまではそうだったから、気持ちは分かる。
何かの本能なのか、先輩のような人には跪きたくなるというか、畏れ多い感じがしてしまう。
「ご丁寧に有難うございます。池崎さん」
名前を教えてもらい、お辞儀をする姿は本当に優雅だ。
「私は久清 萌といいます」
「は、はい! 存じ上げております!」
これ先輩が無表情だから良かったけど、ここで笑顔を向けていたら、こいつ絶対に先輩を好きになっただろうな。名前呼ばれただけで、既に落ちかけてるよ。
先輩がこっちでは無表情で良かったと初めて思う。
「とりあえず、先輩は俺の席に座って————」
「ちょっと待った! 流石に教室に萌え先輩がいるのは目立ち過ぎる! 場所を変えるぞ!」
またこいつ萌えって読んでるよ。しかも本人の前で。
先輩は特に気にしてる様子はないからいいが、普通は機嫌損ねるぞ?
とはいえ、場所を変えるのは悪くはない。時間が経てば人が集まり、話しにくくなる。問題は————
「変えるって何処にだ?」
「な〜に、俺がいつも朝行く場所だ。あそこなら教室よりも目立たずに話せる」
「あ〜、だったら先輩、その鞄持ちますよ」
移動するなら俺の鞄は教室に置けるが、先輩はそうはいかない。だから、重たいであろう手荷物は俺が持っておきたかった。
「そんなに気を使わなくてもいいんですよ?」
「流石に俺等が手ぶらなのに、先輩だけが鞄を持ってるのは見栄えが悪いですよ。後、俺はそういうのは嫌なので、鞄を渡してください」
「そう、ですか・・・・でしたら、お願いしますね?」
やや強引な感じもするが、俺の言葉に納得して鞄を手に持たせてくれる。
「あ・・・っ」
鞄を受け取った瞬間、先輩が前屈みになりまた額にキスをしてくれた。
「お礼に・・感謝のおまじないをさせてもらいました」
柔らかな感触が残る額を手で押さえる。そこから少し遅れて悟る。今は人がいないから、気にせずに守りを付与できたんだと。
「・・・・鞄持つだけで、萌え先輩からのキスとかうらやまし過ぎだろ。昨日も朝のキスして貰ってたくせによ・・・・」
あ、明はいたんだった。
恨めしい視線を向けられてしまうが、これは何も言えない。知らない奴から見れば、ただイチャついただけだからな・・・・
「健によく言われるのですが、私のスキンシップは過激なのでしょうか? おまじないなら大丈夫と思っていたのですが・・・・申し訳ありません」
「あ、いや別に先輩が悪いわけじゃなくてですね。彼女のいない男としては、彼女のいる健が羨ましいな〜と、思ってしまうんですよ。はは・・・・っ」
彼女がいないと、自分で言って傷つくやつだこれ。
「そ、それより案内頼む。何だかんだ、時間は貴重だからな」
とにかく流れを変える。ループに入ると厄介な感情は切っておきたかった。
今、後ろ向きな感情を持たれるのは良くない。
「・・・・そうだな、目の前でお二人のイチャつきをまた見せられる前に、さっさと行きますか。はあ・・・・っ」
ため息をついて、虚しげに歩いていく明。その寂しげな背中を、先輩の手を引いてついていく。
「・・・はしたない以外に、見てしまった方が傷つくこともあるのですね。お気の毒な事をしてしまいました・・・・」
「あー、アレは自分には無いものを誰かが持っていたら、惨めに感じてしまうヤツです」
「・・・・そう・・なんですね」
あ、先輩が何かを察してしまった。この調子はまた、俺のことを気にしてる。
「・・・・」
「・・・・」
そこからは会話もなく歩いていく。一階まで降り、渡り廊下を歩いて隣りにある木造建築の建物へと向かう。そこは確か
「・・・・食堂?」
「おう、そうだ。今年から学校で朝食を提供するようになってな。学生価格で安いんだぜ?」
そういや、入学式の時にそんなん言ってたっけ?
「へ〜、いくらなんだ?」
「百円」
「やすっ?!」
何となく聞いたが、そのコスパの良さには驚く。これなら気軽に食べられる値段だ。
「まあ、朝だけだがな」
そう言って扉を開けて中へ入ると、木造建築特有の木の匂いが迎えてくれた。確か、ここの木って必要以上に加工されてないから、生きてるんだっけ?
硬すぎない床の感触に、そんなことまで思い出す。
「しかし人が少な・・・・いや、いない?」
見回す限り、食堂のスタッフ以外は誰も居らず、閑古鳥が鳴いていた。
「・・・・朝早くから勉強する学生のためにと、学校側からの配慮でしたが・・・・・・やはり新しいことというのは、始めから上手くはいかないということですね」
「まあ、まだ朝一番なんで居なくても仕方ないですよ。一応、後からちょくちょく人は来ていますよ。賑わいには遠いですが」
先輩の言葉に返事をしながら、明は食券を買う。その時に券売機の値段を見ると本当に百円だった。
「まあ、ここなら秘密の話し合いにも丁度いいだろ? ところで、お二人さんは?」
買った券を見せつけながら、俺達に話を振ってくる。食べるかどうかの確認だ。
「私はいつも家で頂いておりますので、ご遠慮させてください」
「悪い、俺は朝食べないから」
「・・・・ほう?」
「そうか、じゃあ悪いが先に席にでも・・・・」
「池崎さん?」
「は、はいっ?!」
朝飯を取りにいこうとした所で、まさか声をかけられるとは思っていないから驚くよな。
悪いことでも見つかったかのように、ゆっくりと明は先輩へと顔を向ける。なんというか、そうなる雰囲気を先輩は出していた。
「その朝食の量というのは、多いのでしょうか?」
「い、いえいえ。喫茶店の軽食くらいです!」
「・・・具体的にはどれくらいなのですか? 具体的にお願いします」
「えっと、その・・・・ロールパン2つに小皿のサラダ、ゆで卵1つにパックの牛乳といった内容です! あ、パンにつけるジャムとバターも貰えます!」
先輩の言葉に緊張した声で返事をする明。何というか、先輩の雰囲気に飲まれてるなこれ。
「そうですか、詳しく教えてくださり有難うございました」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりです!」
お礼の言葉と優雅なお辞儀に、さっきの緊張はどこへやら、すっかり気を良くする。
なんというか、俺も先輩との会話はこんな感じだったりするのだろうか?
外から見ていてそう思っていると、先輩が券売機にお金を入れる。
「あれ? 先輩、朝は食べられたんじゃなかったんですか?」
「ええ、頂きました」
なのに、何故か先輩は食券を購入する。
「そうなると味見ですか?」
「いいえ、違います」
出てきた券を優しく手にとり、俺へと差し出してくる。
「これは健が食べるんですよ?」




