第38話 〜寄り添う者達〜
今日もまた目を覚ますことができた。ただし、いつもより早い目覚めは強烈な吐き気によって起こされたといえる。
「〜〜〜〜っ!!」
吐けたら楽になるけど、吐くことのできない吐き気は軽い地獄だ。上がってきそうで完全には上がりきらず、上下を繰り返す何かに苦しめられる。
苦くて酸っぱい味が口に広がる。一度口を漱ぎに行こうとするが・・・・
「い・・・っ?!」
全身に走る痛みに顔をしかめる。どうやら全身筋肉痛のようだ。とはいえ、動けないレベルではなかった。
まだ朝の5時半ということもあり、誰にも会うことなく漱ぎ終わって、部屋へと戻る。漱ぐことで少しは口内の不快感は落ち着いたが、痛みはどうしようもなかった。
「いたたたた・・・・っ! これ、先輩が手当てしてくれていなかったら、動くことすら出来なかっただろうな・・・・」
ベットに再び寝転がると、ふと昨夜の手当てを思い出す。
先輩の舌が頬を伝ったことを。何度も何度も、吐息を感じながらの『治療行為』を。
「・・・・あ〜、良かった。あの時の感触はぼけたままだ。流石にあの状態だと認知はできないよな」
そう安堵したのも束の間、寝落ちしてしまった後の感覚が、映像も引き連れて再現される。
先輩の胸の中での温もりと優しさが、その感触までを今味わう事になる。
「いや、ちょっ・・・・はあっ?!」
俺を胸に抱きしめ、地面へと寝転がると頬を擦り寄せてくる先輩。まるで大きなぬいぐるみにでもするかのように、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。それを堪能すると、今度は俺の頬へと自らの頬を擦り寄せてきた。
「・・・・いや、これ夢だろ?」
俺の名前を呼び、頭を撫で、また頬を擦り寄せる。そういった事を朝が来るまで飽きることもなく、先輩は続けて来た。
滅茶苦茶かわいい乙女な顔で。
最後は頬へのキスの後、ぎゅうぅぅぅぅぅっと、一際強く抱きしめることで終わった。
「何やってんですか・・・? 先輩・・・・」
いくら安全地帯だとはいえ、ハメを外し過ぎて・・・・いや、あの時点で寝てるような俺では何も言えないか。襲われても何もできないなら、怯えるだけ損。だったら、好きな時間の使い方をといった具合だろう。
「とはいえ、お陰で不快感は塗り変えられたんだよな・・・・」
先輩に包まれているような感じが不思議と苦痛までも和らげてくれる。
掛け布団に潜り込み、目を閉じると完全に先輩に抱き締められているようだ。
「先輩の意志が、ずっと俺に寄り添ってくれているのかな・・・・? 有難いな〜・・・・」
惜しむこともなく与えられるモノに、当然込み上げてくるものがある。
「・・・・本当に人間って、嬉しい時でも涙が出るんだな・・・・・・」
そんな心を教えてくれた人を守るためにも、俺は今日の出来ることをしないといけない。先輩が怖れた未来を退けるためにも、全力でやらないと。
「・・・・なのに、何でこんなに眠くなってくるかな・・・・・」
まだ寝ていなさいと言わんばかりに、先輩からの心地良い温もりが与えられ続けている。
「あ、これ・・・・だ・・め・・・・だ・・・・・・」
昨日の保健室であやされたように、俺は寝かしつけられてしまった。
その直前、向こうで先輩からかけられた言葉がまた頭によぎった。
『健だからできるんですよ。傷を知る貴方だからこそ、傷だらけの心にも寄り添えるんです。ここまで頑張って生きてきた・・・・・そんな健だけが、北条さんを救えます。救えるんですよ』
今度は目覚ましで目を覚ました俺は、直ぐに学校へと向かった。
今日は食欲もないし、昼飯も買わずに一直線で教室へと入る。
「おはよー」
「んっ? 健、今日はいつもより早くないか?」
普段よりも早く来た俺を、明が不思議そうに見てきた。いつも朝一番に来てるとか言っていたが、どうやらそれは本当のようだ。お陰で今、俺たち以外は誰も教室にいない。
「ああ、まあ・・・・ちょっとお前に話があったからな。早めに来たんだ」
「ん? なんだなんだ。まさか俺の恋路でも応援してくれるっていうのか?」
昨日の今日、二人で秘密の話と言われたからこその軽いノリだ。そして、そう言われてふと気づく。
「・・・・そうだな。そう・・なるのか?」
「えっ、マジで? つか、何で疑問系なんだ??」
予想外の返事に戸惑っているな。
「いや、すまん。実は北条を慰めて、そのまま付き合ってくれたらいいなと思っていたんだが・・・・これってお前の応援にもなるんだなと思っただけだ」
「待て待て、振った女の子を気にかけるとかお前本当に健か? 何か悪い物でも食ったんじゃないのか?」
「先輩が北条さんに恨まれるのが嫌だから、お前とくっつくことでそれを消したい。人の恨みは怖いからな」
「あ〜、安心した。やっぱりお前は健だわ。ほんと、合理的というか必ず裏がある奴だよな」
「基本的に何か理由がないと、誰も動かないとは思うぞ? それで、どうする? お節介だったか?」
「いや、手伝ってくれるなら有難いが・・・・実際どう手伝ってくれるんだ?」
どうやら話を聞く気はあるようで、俺の席の隣りに座る。
ここでこいつに断られていたら、そこで失敗だったが難なくクリア。
俺も自分の机に鞄を置いて、話をする体勢に入る。
「とりあえず、同性の意見があればいいかと思って————あ、先輩。こちらです」
廊下に見えた姿に近寄る。その時に先輩の全体の雰囲気も感じ取る。昨日は先輩の腕の中で暴れたこともあり、そのダメージを気にしてしまう。
「おはようございます。健」
声音も特に変わりないし、先輩が言っていたように大丈夫みたいだ。
「おはようございます。萌先輩」
でも、安心はしない。どこかしら先輩に後遺症的なものがないか————
「健、今は私のことよりも彼女のことでしょう? それに、お友達を待たせてはいけませんよ?」
「は、はい・・・・すみません。こちらにどうぞ」
先輩に注意を受け、頭を切り替えて入室を促す。そのことで先輩が不思議そうに尋ねてくる。
「手を・・引いてくださらないのですか?」
こんな言葉を言われ、手を出されれば反射的に掴んでしまう。
「っ?! ・・・・気が利かなくてすいません」
「・・・・別に構いませんよ? お願いしたらしてくれたのですから」
そのまま手を繋いだ状態で、席へと先輩を連れて行く。
明の前まで行くと、先輩が朝の挨拶をする。




