第33話 ~星の輝きなき夜の闇間~ 5
「・・・その話はまた今度にして、ずっと俺に力を使うと『救済』ができないですよ?」
先輩の肩越しから『救済』を求めてくる存在が見えた。それは、どれくらい俺が先輩を独り占めしていたのかを物語っている。
昨日といい、ここまで俺に力を使うなんてことはこれまでなかった。間違いなく、俺の中にくすぶっている感情が、先輩の心に悪影響を与えている。
「・・・今夜はもう健にしか力を使いません」
「・・・・」
はっきりと宣言した先輩に言葉を失くしてしまう。
「別に、感情的に言っているわけではないのですよ? 今の健がこのままで朝を迎えてしまうと、きっとショック死してしまいます。毎日力を使った反動が凄いのでしょう? 癒してあげられない日が続くと、健の生気が弱まっていくのが分かります。だから私は頑なになって貴方を癒すんですよ? それと、私の方は本当に大丈夫ですから、ご安心ください」
どうやら俺が気にしていたことと、朝の状態はとっくに把握されていたらしい。
確かに今夜は今までで最も暴れて、傷だらけだといえる。そんな状態で朝を迎えれば、血くらい吐くだろうし、死ななければ幸運だと言えるくらいだ。先輩のことを気になり過ぎていて、そこのことを忘れていた。
そもそも、俺は別に生きていたいと思ったことは、あの日から一度もなかった。死ねるのなら死んでもいいと思っていたから、無意識に生きることを放棄しようとしていたのかもしれない。つまり、根本的に感情的になっていたのは俺の方だと言うわけだ。
「あ~・・・怒らないんですか?」
「・・・どうしてですか?」
「考え方を変えれば、俺は先輩を理由にして死のうとしたわけですから・・・・最低な人間ですよ」
守りたいと言うのも、ただそれが死に近いからだと考えれば納得がいく。自分のような人間が純粋に誰かを守ろうなんて思えるはず
「そんな悪い考え方はしないでください。健は自分を良くみられないから、本質を誤るんです」
続きの言葉はことさらに優しい口調で綴られる。
「根源的に健はいい子なんです。いい子だから、誰かの為に頑張ってしまう。いい子だから、自分よりも誰かを優先させてしまう。いい子だから、自分が増長しないようにしてしまう。いい子すぎるから、自分を殺してしまう。いい子すぎて————」
「あの・・・流石にいい子の連呼は恥ずかしいです・・・・」
それに・・・そんな風に言われるほど、俺は大した人間じゃない。
「ふふっ、本当のことを言われるのは恥ずかしいですか? ほんの少しの欠片でも、そうだとどこかで思っていなければ、感情は現れないですからね」
あ、先輩が笑って・・・涙が止まってくれた。
「健・・・」
「へっ?!」
額に感じる、かすかな柔らかい感触・・・先輩が唇を当ててきて、昼間の時のことを思い出してしまう。その瞬間、心の中が先輩で一杯になってしまった。
「・・・これで少しは嫌な思いは消えましたか?」
「・・・・はい」
我ながら単純だと思った。好きな女性にキスされただけで、あの時の・・・忘れ去りたい過去のことが吹き飛んでしまった。というよりも、置き換えられたという方が正しいのかもしれない。深く暗い過去から、明るくて優しい今この瞬間に・・・
「・・・・朝、おまじないをしていて良かったです。体の具合はどうですか?」
「えっ・・・?」
意味ありげな先輩の言葉に、意識を今の状態へと向けると。
「・・・先輩の癒しの力が二重に働いている? なんで、こんなことが・・・・?」
頭の中からも、今触れている外からも、先輩の癒しが俺へと注がれていた。
「明るい時でも、貴方への想いを込めて触れられたらもしかしてと思いまして・・・・・その、上手くいって良かったです」
ああ、つまり癒しの力を先に俺へと付加しておいて、ヤバくなった時にその癒しを発動させる保険をはっていたのか・・・・
中と外からの効果的な癒しは単純に二倍の速さで俺を回復させていく。
「良かった・・・・どうやら、ギリギリでも癒してあげられましたね・・・・・」
「・・・すみません。俺が不甲斐ないばかりに、先輩に負担をかけてしまって・・・・・」
「それは私の言葉でもあります。守られてばかりなのに癒しだって・・・・・朝に込めた癒しと、残された癒しの全てを合わせても、健を死なない状態へと戻したにしかすぎません」
「そんなことはないですよ? 俺はまだ・・・・」
「ダメです。そのような無茶は認めません」
やっぱりばれてるか・・・・
そうなるともう今夜は・・・・
「救済を求める彼らには悪いのですが、今から昨夜の山へと向かいましょう。もう力の使えない私では、彼らのお役にもたてませんので・・・」
そう言って先輩が俺の体を支えながら立ち上がり、後ろにいる奴らに少しだけ振り返る。
「・・・・ごめんなさい。明日まで待っていてください」
ぽつりと、心苦しそうな言葉をもらす。
そんな先輩の感情が通じたのか、立ち止まっていた奴らは先輩に近づくことなく消え去っていく。素直に消えて行ってくれるだけ、危害を加える奴らよりはマシなんだとは思うが、俺個人としては何とも言えない気分だった。
“人に頼らずに自分でどうにかして救われろよ”と、そういう風にしか考えられないのは俺が人でなしだからなのかもしれない。
・・・・とはいえ、この言葉は俺自身のことでもあるから、あまり強くは言えないなとも思っている。
「さあ、飛びますよ」
先輩は奴らが消えたことを確認し、後ろを憂いることなく前へ進む言葉をかけてくる。
「・・・わかりました。お願いします」
大人しく見栄を張ることはやめ、素直に先輩へと身体を預ける。目指すは昨夜をやり過ごした場所。
視線が少しずつ上へとなり始める。
そこさえ行けば今夜も問題なく過ごせるだろうと。そう、お互いに安心しかけていた時に想定外の声をかけられる。
「へえ~、二人が付き合っているのって、どうやら本当に本当みたいですね」




