第30話 ~星の輝きなき夜の闇間~ 2
「先輩が居てくれるから耐えられるんです。そうじゃなきゃ、元々が弱虫で情けない俺は、ずっと暴れ狂っていますよ」
「そんな言葉は詭弁です。ずるいです・・・・」
それきり地上に降りるまで会話はなく、萌先輩は黙って俺を癒してくれた。
流石に俺からの接触了解はしなかったので、昨日ほどの回復はない。その分、先輩の負担も格段に軽くなる。俺にはそっちのほうが大切だった。
「先輩、もう地面に着きましたので離れて下さい」
「・・・・」
降ろしても俺への抱擁を止めようとしなかった。
嬉しい、心地よい、有難い、そういう言葉が出てくるが、止めさせないといけなかった。感覚として、そろそろ先輩への負担を見過ごせなくなる状態だと察した。
「これ以上は本当にダメです。先輩が壊れます」
そう告げて、先輩の腕を解く。先輩の力は互いの受容があってこそ発揮される。される側が嫌だと本気で拒めば、先輩の力も効果を発揮しなくなる。けれど、それは通常はあり得ないことだ。
誰がこれほどまでに優しい存在に触れられ、慰められ、癒されることを拒むことができる? 必要とされず、何処にも居場所などなかった、ココロを受け入れてくれる誰よりも優しい受容者を。
暗闇の中の希望の光を、孤独の寒さに震える中で差し出される温もりを、決して誰からも受け入れられなかった感情を抱きとめてくれる存在を・・・・人間の誰が拒むことができるという?
絶対的な受け入れ、甘えを、愛情を・・・・自ら離れることなどできるわけがない。それでもそうしないといけなかった。なら、人間であることを少し止めればいい。情を捨て、理に徹するだけだ。
「またそうやって、貴方は・・・・っ!」
俺が受ける傷を、突き放された衝撃から推測した先輩が、目に涙を浮かべて見下ろしてくる。
「先輩が壊れる方が俺は嫌ですから。それに、ほら・・・先輩の救いを求めている存在が近寄ってきていますよ? 俺に対する治癒に惹かれたんでしょう。早くあいつらを『救済』してやってください。それが先輩の使命ですよね?」
「・・・・わかっています。ええ、心ではわかってはいるのです・・・・」
涙を拭い、先輩が傷だらけの存在を癒していく。
「『————』」
その時の言葉が、どうしてか俺には聞き取れない。感じる雰囲気としては、その言葉に癒されていることだけは分かる。だから奴らが言うことは決まっている。
『やっと救われた』
『ようやく楽に慣れた』
『神様・・・』
『ありがたい』
感謝はするが、ただそれだけで先輩に何も返さず、満足して勝手にどこかへと消えていく。恩に対して何も報いることもなく、自分さえ良ければそれでいいと言わんばかりだ。
そんな奴らに対する嫌悪感が日々募っていくが、俺にできるのは『救済』中に先輩を見守ることだけだった。周囲の警戒は絶対に解かず、仇名す存在へすぐに対処できるように待機しておく。幸い、今夜ほど安全に先輩が活動できる日はないと思う。あらかたの存在は今片付けたばかりだ。そうなると残りは———
「・・・大型か」
まだ遠いが、一つだけこっちに向かってきている。恐らく、さっきの攻撃でこっちに気づいたか・・・・。派手な技を使った弊害だな。
見た感じ、先輩の活動は順調だ。俺への治癒に比べれば、こいつらへの『救済』は大した負担にはならないらしい。実際、見た感じでは疲労の色はそんなにない。俺への治癒で不安だったが、これならここに居る奴らの『救済』はできそうだ。ただ、今夜はもう力は使えなくなるだろうけどな。
「こっちから先に手を打つか」
「健? どちらに行かれるつもりですか?」
「大型が来ているので、先手を打ちます。不意を突けば俺一人でもやれます」
多分いける。昨日から力が強くなっているのは自覚している。今の状態なら普通にやっても渡り合えるはずだ。
自分の蒔いた種くらい、自分で刈り取らないとな。
「それなら私も補助を———」
「大丈夫です。それに、先輩の優先は『救済』で『討伐』ではないですよね? 優先順位を間違えちゃ駄目ですよ。それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「たけ・・・あ、いえ。見捨てたりなどはしないので安心してください」
この時だけはあいつらに感謝した。萌先輩が来れないように、足止めをしてくれるからだ。癒やすことができる状態で、目の前にいるアイツらを放置することはできない。してはいけないという、暗黙のルール的なものが存在しているんだろう。先輩は淡々とアイツらへと『救済』を行っていく。
そんな先輩の視線を感じながら、俺は俺の為すべきことを行う。
「警戒は解かずに大型との戦いか・・」
今夜は無茶のオンパレードだな。明日の朝はとんでもないことになりそうだ。
「だけど、お前を先輩のところまで近づけるわけにはいかない。『我、天空を駆ける』」
空へと移動経路を変え、空から強襲をかける。移動中に攻略方法を考える。
大型はいわばボスクラスの存在。せこい攻撃じゃ大したダメージにはならないし、受けるダメージも即死級といえる。だからこそ、一撃離脱を繰り返す必要がある。
これまでは懐に入って渾身の一撃を入れて、萌先輩の守りを借りながら相手の攻撃を回避してきた。だが、昨日のことで空を使えることが分かったから、大分楽になる。空中からの急降下を利用した一撃離脱戦法。上からの勢いを増した一撃なら、地上での駆ける時よりも上のはずだ。
そう考えてイメージを固めていると、視界に大型が入る。人の欲望が肥大するだけ肥大して、人としての形を保てなくなった醜き巨大な存在。それがどこかキメラのような感じがする。
暴力をふるう獅子
心を誑かしてそそのかす蛇
貪欲なる食欲の山羊
好き勝手に生きる人間には、ある意味相応しいとすら思えるその姿。けれど、それはこの上なく不愉快でもある。だから俺はそれを壊す。




