第28話 ~恋人としての日常~ 8
入ると静流先生は特に気にすることもなく俺たちを受け入れてくれて、これから会議で部屋の鍵占めるから自由にどうぞと言ってくれた。おかげで今は先輩と二人きりだった。
先輩がベッドに腰掛けて口を開く。
「そうそう、先ほど酷い言葉を言われなかったか? とのことですが・・・健に普通じゃないと言われたことが、一番酷いと思います」
「うっ・・・ごめんなさい・・・・・」
あそこは相手の意表を突く必要があったからああいったが、本来なら先輩を普通じゃないとか言いたくはなかった。好きな人を悪く言いたいはずがない。
「でも、普通じゃないからこそ、健は私を好きになってくれたのでしょう? そう思えば悪くはないです。それに、本当のことですからね」
変わることのない顔だが、恐らくここが夜の世界だったら、先輩は微笑んでいたんじゃないかと思った。そんな声音だった。
どことなく気恥ずかしくて、頭を掻いてしまう。視線も下がって、先輩の足元を見てしまう。
「健、顔を上げてください。下を向いていると暗くなってしまいます」
そう言われ、大人しく顔を上げる。そうすると先輩がどことなく心配そうな空気を出していた。
「むしろ私よりも、健の方が大丈夫ですか?」
「・・・何がですか?」
「遊びの道具にされていたことです。傷つかないわけがないですよね?」
「ああ、それなら別に大丈夫ですよ。昨日の会話でそれとなく気づくことができましたし、中学時代にも経験していますので」
「・・・えっ?」
「俺は早生まれで小さいし、初めて引っかかった時は大人びた女子から『年下の子供に対する好きだよ? 勘違いさせちゃった?』とか言われて馬鹿にされましたからね」
「健はその人が好きだったんですか?」
「まさか。でも、初めて誰かにそういわれた時は慌てて弁解しましたね。よく知らないから、俺は分からないよって。そう言ったら笑われて、そういうのじゃないと言われました。それからですかね、俺が他人の嘘とか引っかけを意識するようになったのは」
悪い意味で懐かしい記憶を思い出す。世界が全てひっくり返ってしまった時代を。
あの時から俺はずっと————
「健、隣りに座ってください」
「え? あ、はい。でも、急に抱きしめるとかしないでくださいよ?」
「・・・どうして分かるのですか?」
「どうしてって、先輩がそういう感じになるのは、決まって俺が感情を乱した時ですから」
「貴方はどうしてそう聡いのですか・・・・」
どことなく先輩が苦しそうにしている。
なんでだ? 俺は何かしてしまったのか・・・?
「・・・すみません。何かやってしまったみたいですね」
「いいえ、健は悪くありません。だから、隣りに来てください」
・・・繋がりが分からないが、先輩に迷惑をかけた以上従うのがいいか。
「・・・座ってから言うのもあれですが、異性が同じベッドに腰かけるのって大丈夫ですか?」
「・・・別に恋人同士であればおかしくはないでしょう?」
「あ~・・・ほら、学園内ですると変な噂にならないかなと」
「そんなことは知りません。変なことを言うのは、変なことを考えている人だけです。それより、昼間は寝たりなかったでしょう? 今から下校時刻まで眠ってください。今夜もまた安全とは限りませんからね」
「それなら、先輩が眠ってくださいよ。俺ばかり眠らせてもらうのは、どうも悪い気がします」
「・・・一緒に寝ますか?」
「はい・・・っ?!」
出た、先輩の段階飛ばし。このまま話しが進まないことを見越して『じゃあ一緒にすればいいでしょう』結論に至るいつものやつだ。
「今『はい』といいましたね。では寝ましょうか」
靴を脱いだ先輩がかけ布団を捲って、ベッドの端っこで横になる。つまり、もう片方の端っこ・・・今俺が座っている側で寝ろと暗に言ってくる。
「ええっ?!」
「『ええ』と返事をしたんですから、早く入ってください」
ぽんぽんと、空いている隣りを先輩が叩く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいって! 一緒の布団で寝るのは流石におかしいですよ?!」
「・・・・?」
なんでそこで、純粋な感じの分からない雰囲気を出すんだこの人は・・・・
「健には・・・私を襲う気はないでしょう? でしたら大丈夫です」
あ、なんだろう。この信頼されてる嬉しさと、男として見られていない悲しさが入り混じった感情は・・・・
「そんな顔をしないでください。確かに『今の』私の貴方への好きは、異性としてのものではないのかもしれません」
「・・・・」
理解しているが、それでもやっぱりきついな。やっぱり今の俺じゃ、先輩とつり合いが取れないか・・・・・
「でもですね・・・」
「・・・・?」
先輩が目をつむり、胸に両手を当てて少しだけ言葉を止める。ゆっくりと何かを味わいながら瞼を開けると、そこには確信に満ちた瞳の先輩の姿があった。
「私は必ず、健に恋をします」
諦めきっていた心に、その言葉は響いた。
「もうその種は蒔かれているんですよ? ただ、今はまだ芽吹かないでいて欲しいです。今はまだ・・・少年である健を愛でさせて欲しいんです」
自分でもこれからの感情に戸惑っているのだろう。先輩が困惑した感じで俺を見上げてくる。そして、未来の感情を引き寄せたのか、その瞳に熱い感情が宿っていく。
「なにせ・・・男性となった健には、今のように接することなど出来なくなってしまいますから」
・・・こんな顔でそんなことを言うとか卑怯だ。純白の乙女な顔で言われると、何も言えなくなってしまう。
「だから、まだ成長する前の貴方である内に、お姉さんらしいことをさせてください。この好きが・・・・貴方への恋となるまでは、私をお姉さんでいさせてください」
どこか哀願している感じだった。
これから変化していく関係の先を想って、先輩は何を見ているのだろう?
俺にはもちろん分からない。でも、その未来へと俺が辿り着くことを先輩は疑っていないことだけは分かる。だったら、なるべく先輩の考えるままにしたいと思った。
「・・・分かりました。でもですね、先輩?」
俺も布団の中へと潜る。少し大きめの一人用のベッドなので、余裕はないが二人でも十分寝ることができた。すぐ隣には先輩の横顔がある。とても綺麗な顔が、今は何ともいえない感情で揺れている。
「俺、きっと先輩にはずっと甘えることになると思いますよ? 例え、先輩が思う男になれたとしても、それは変わらないと思います」
自分の情けなさに笑ってしまう。でも、それはとても気持ちのいいものだった。
先輩に想われていることが、それだけ心に余裕を与えてくれているのだと思う。
「健・・・」
そっと手が握られる。その手を黙って握り返すと、くすぐったそうに微かに笑ってくれた。
「・・・ありがとうございます」
「俺は何もしてませんよ。ただ、先輩に甘えさせてもらっているだけです」
「それでいいんです。今は、それでいいんです。いずれ健は素敵な男性になるのですから、それまでは私に甘えて下さい。その後に、私も甘えさせていただきますから・・・・」
「そうなるように頑張らないと駄目ですね」
「頑張らなくても、健ならなれます。貴方のままで伸び続けてくれれば、必ず・・・」
眠たげな先輩の声。俺の事ばかり気にして、先輩だって碌に休めていないんだ。だから・・・
「先輩・・・」
「・・・なんですか?」
今度は俺からこの言葉を言いたかった。
「おやすみなさい」
「・・・・ええ、おやすみなさい。健」
同じタイミングで、ゆっくりと瞼を閉じていく。見えなくなるのが惜しくて、少しでもその眼に焼き付けていたかった。無防備な先輩の姿を・・・
閉じれば、すぐにでも意識は奥底へと潜っていった。
「ただいま・・・って、あらあら。この子たちはもう・・・・仕方ないわね。こんな手を繋いで仲良しな寝顔を見せられたら、下校時刻ぎりぎりまで起こせないじゃないの。だから、もう少しだけ優しい夢の中で癒されていなさい」




