第26話 ~恋人としての日常~ 6
「・・・・あ~、終わったー」
あれから教室に戻り、無事に今日の授業が終わった。
終わればすぐに帰り支度をする。ぐずぐずなんかしていられない。
萌先輩と別れる際、どことなく先輩が固くなっていたのが気になる。
保健室で情けない姿を晒してしまったが、それとこれとは関係ない。気持ちをすぐに切り替えることには慣れている。
「・・・先輩のお弁当、おいしかったな」
膝枕も・・・あんな風に甘えられたのは生まれて初めてだった。受け入れてもらえたという現実に、胸が一杯になったあの時の感情が溢れ出てきそうになる。
・・・やばい、泣きそうだ。切り替えられたと思っていたのに・・・・
「よっ! 健!」
「いてっ?!」
後ろから背中を叩かれる。いつもなら少しいらっとするが、今だけはその衝撃がありがたかった。おかげで感傷的な感情がどこかに行ってくれた。
「お前、萌え先輩と付き合えていてよかったな! ・・・・おかげで女子の餌食にならずに済んだぞ」
後半だけは声を落とす。聞き捨てならない言葉だった。
それと、もう萌え先輩と言われることは諦めることにした。人の考えを変えることの難しさを改めて知り、そこにいちいち感情的になることにも疲れてしまった。
「・・・ああ、いわゆるモテない男子が落ちるか落ちないかとかいう、あれか?」
「そうそう。どうやらそれみたいなんだよ。実は昼間お前が萌え先輩と出て行ってからな————」
そこから詳細を教えてもらう。俺と先輩が出て行ったあと、北条さんはグループの女子からきつい言葉をかけられたみたいだと。
『だから、アンタみたいな子を好きになる男子なんかいない』
『魅力がない』
『萌え先輩に勝てるわけないでしょ? 馬鹿じゃないの?』
『男が女と付き合っているかどうか分からないとか、だから彼氏ができないのよ』
『誰だっけ? 自身満々に、年下くらい簡単に落とせるっていったのは?』
「と、まあ・・・他にも色々あるんだけど、正直可哀想だと思ったぜ」
・・・なんでいつも食堂に行くこいつがそんな話を聞いているんだ?
それに、北条さんに感情を入れ込み過ぎている気もするし・・・・つまり、こいつ・・・・
「なあ、明・・・・お前、北条さんが好きなのか?」
一応声は潜めることにする。
誰かが誰を好きかとかいう話が、人間様は大好きで仕方がない。こっちの気も知らず、自分たちが楽しむために面白おかしく話を広げて、それで困る反応を楽しむ。ゴミ人間の典型例だ。
そんな屑のつまみにされるのはまっぴらごめんだった。
「お、おい・・・お前なんでそんなこと分かるんだよ?」
明らかに動揺してやがる。多分、当たりだ。
「いや、単純にどうでもいい女子を気に掛けるほどお前優しくないだろ? 普段昼間は食堂に行くお前が、昼休みの北条さんのことを気にしている所とか、昨日だって俺に先輩が好きなのかと聞いたり、北条さんのことを『悪くない』と言っていたし、今の北条さんに対する同情心に、指摘された慌てようを入れれば、それくらい予想できる」
「お前って探偵か何か? 頼む! このことは誰にも言わないでくれ!」
両手を合わせ、頭を下げてくる。そこまで必死のようだ。
「言わないさ。俺だって昨日先輩とのことが出回って嫌な思いをしたからな。されて嫌なことは基本しない」
「ありがとうな。本当お前って、見た目ガキだけど男らしいよな」
俺の言葉にすぐいつものように調子を取り戻す。そして、俺の気にすることを平気で言ってくる。
「・・・帰りの黒板に字を書くと、意外と消されずに朝まで残るんだよな」
「待った! 悪かった! 今のは悪口でいったんじゃないんだよ!」
「分かってるさ。まあ、分かっててもムカついたから、ちょっと意地悪しただけさ。とはいえ、チャンスじゃないか?」
「チャンス? 何がだ・・・?」
「何がって、北条さん狙ってるなら今がちょうどいいぞ? 傷ついたところに優しくされたら、人間簡単に相手を好きになる。こういうのは弱り目を狙うのがコツだろ?」
俺が先輩を好きになったようにな。と、そこまでは流石に言わない。
「お前・・・天才か?! と、冗談は置いておいて・・・・意外と現実的なこと言うんだな。それで先輩をモノにしたのか?」
「先輩にそんなことするわけないだろ? って、そうだ。先輩、もう来てるんじゃないのか?」
授業が終わったら俺のクラスに迎えに来ると言っていた。だからこそ俺はすぐに帰れるように荷物を整理していたわけだが、うっかり明と話し込んでしまった。
廊下を見れば、先輩はドアの前に居て、ちょうど誰かに話しかけられている状態だった。
「あ・・・なんか北条が萌え先輩に絡んでいるな。あれって多分、アカンやつだろ?」
明がどことなく戸惑った感じでそれを見ていた。
知りもしないで途中から話しに入るのは嫌だからそこは分かる。それに、好きな相手だと余計やりづらさを覚えるだろうしな。
「そうだな。じゃあ、俺は先輩のところに行くから。またな」
「えっ?! あの空気の中に行くとか、まじか?」
俺も基本面倒くさいことには関わりたくない。だけど、そこに萌先輩が関わっているのなら話は別だ。
「まじだよ。萌先輩は俺の彼女だ。その彼女が困っているのなら、当然助けに行くさ」
鞄を持って席から立つ。あくまでも自然体を装って間に入るようにする。
本当のところは怖いが、口先だけでも強がる。
好きな女性を守れなくて、何が彼氏だ。
北条が少し苛立ちながら先輩に問い詰めている内容が聞こえる。
「だから、先輩が来られると男子がうるさいので、ここには来ないでください」
「そう言われましても、ここに来なければ健に会えないではないですか」
「そのたびに健君がクラスの男子に絡まれて大変なんですよ? 本当に彼女なんですか?」
「ああ、先輩は俺の彼女だよ」




