第24話 ~恋人としての日常~ 4
食べるペースとしては俺の方が早い。先輩は本当にゆっくりと食べていく。
恐らく消化器系自体が強くはないから、良く咀嚼することで消化を助ける必要があるんだろう。
もしこれが好きな人じゃなかったら、早く食べろよと思う。そういった違いを思うたびに、俺は好きな人にしか優しくなれないのだと強く感じる。
「すみません、食べるのが遅くて・・・・」
「ゆっくりと食べる方がいいって、医学でも言われていますよ。だから、先輩くらいの速度で食べるのが正しいんだと思います」
「貴方は所々で大人ですよね。そういったところは、本当に素敵ですよ」
目を細め、嬉しげな表情を見せてくれる。
その顔をずっと見ているとドキドキしてくるので、残りのパンを一気に食べていき、お茶を飲んで食事を終える。
「・・・・ふー、ごちそう様」
「急に慌てて食べてどうしたのですか? 胃によくないですよ?」
「何となくそうしたくなっただけです」
本当は先輩の顔をずっと見てしまいそうだったとは言えなかった。
「・・・やはり、食べたりないのではないですか?」
「って、なんで先輩隣りに来るんですか?」
「なぜって、こうしたほうが食べさせやすいでしょう?」
「えっ?!」
驚く俺を尻目に、先輩がお弁当から卵焼きをとって差し出してくる。
「はい、あーんしてください」
「そんなことすると先輩の分が減りますよ?」
「私のことは構いません。私としては、やはり成長期の健の身体の方が心配です。ですから、残りは健が食べて下さい」
「残りって、半分しか先輩食べていないじゃないですか」
「もうお腹がいっぱいになったので大丈夫です。ですから、残すともったいないので、健に食べていただけるとありがたいです」
「先輩・・・流石にそれは無理がありますよ?」
「・・・私の手料理は食べたくありませんか?」
「・・・それ反則ですよ。好きな女性の手料理を食べたがらない男がいると思いますか?」
「だったら、あーんしてください」
ダメだ、やっぱり先輩には勝てない。
降参して口を開けると、先輩が優雅な手つきで食べさせてくれる。
ダシで味付けされた卵焼き、その自然な味付けがとても優しくておいしい。強い味つけで味覚をごまかすようなものじゃなくて、なるべく素材本来の味を生かすようにしている、まさしく手料理と呼べる味だった。
「あ・・・っ」
夜の世界じゃないのに、何故か零れ落ちる雫があった。その雫を、先輩はハンカチでそっと拭いてくれる。
「・・・おいしかったですか?」
首を縦に振って返事をする。今は碌に言葉が出てこなかった。
「ならばよかったです。はい、あーん」
そこからは親鳥が雛に食事を与えるように、先輩が次から次へと食べさせてくれた。与えられるそれを貪りながら、しっかりと味わっていく。決して知ることができないと思っていたモノを、先輩は惜しみなく与えてくれる。
自身の体よりも、俺の体を想うその姿はまるで母親の様だった。母親の愛情というものが本当にあったのなら、こんな感じだったんだろうか? 知る由もないが、きっとそうなんだろうと思えるほど、萌先輩のもつ母性を強く感じていた。
「・・・ごちそうさまでした」
結局、残りを全て食べさせてもらった。
「はい。お粗末さまでした。健、じっとしていてくださいね?」
口を拭こうとしてきて、そう言われる。今さら抵抗などできるわけがなかった。昨夜抑えつけたはずの幼い心が、『甘えてもいいんですよ』という先輩の雰囲気に惹かれて動き出す。
されるがまま先輩に口元を拭いてもらう。特別優しそうな顔をしているわけでも、表情を変えているわけでもなく、ただいつものように感情のないような顔。でも、口元だけは少しだけ柔らかく形を変えていた。
「健・・・これから貴方のお弁当を作ってきてもいいですか?」
「・・・はい。先輩の手料理が食べたいです」
理性も見栄も関係なく、ただ感情のままに俺はそう言っていた。
甘えたがりの自分が出てきて、甘やかされて、それで甘やかし続けてくれると言われれば、どうしたってそう言ってしまう。
許されているのなら、許されていることを求めてしまう。屁理屈をこねくりまわす思考なんて、停止してしまう。
「それでは、明日から健の分も作らせて頂きますね。さ、食後は横になってゆっくりしてください」
「・・・どこで?」
「こちらですよ」
先輩に手を引かれるままに移動する。
「いつも私が使わせて頂いている保健室のベッドです。とはいえ、眠る訳にもいきませんので横になるだけです。それだけでも大分違うんですよ?」
先輩が靴を脱いでベッドへと上がると、何故か横にならずに正座をする。
「さ、来てください」
ぽんぽんと、優しい手つきで膝を叩く。
「もし眠ってしまっても大丈夫ですよ? 夜に寝ない限り、あちらの世界へ行くことはありません」
動かない俺を見て先輩が察したようにそういう。でも、すぐにそうじゃないとも気づく。
「あ、申し訳ありません。『来てください』ですと、今の健には固すぎますよね・・・」
少しだけ先輩が考える。そしてすぐに言葉を変えてくる。
「・・・おいで、健」
俺を迎え入れようと、精一杯の笑顔を作ってくれて、優しい言葉が奏でられた。
奥底にいた幼い自分が出てくる。もうどうしようもなかった。一度崩れて脆くなっていた所に、先輩が寸分の狂いもなく言葉をすり込ませてくる。最後の最後、踏みとどまっていた所が取り払われる。
「・・・・っ!」
もう体裁だとか体面だとかどうでもよかった。今はただ先輩に甘えたかった。甘えることを許してくれている。受け入れてくれる存在に、心の底から甘えたい。子供の様に甘えたかった。
「もう、健ったら・・・違うでしょう? 抱きしめるのではなく、今は横になるんですよ?」
そういいながらも、優しい温もりは背中に回されていて、こんな俺をなだめてくれる。
「入学してからずっと疲れているでしょう? だから、今は横になって少しでも休んでください」
そっと俺を離すと、早く横になるようにと促される。
こうまで優しくされて、そうならないわけにはいかないので、靴を脱いで横になる。もちろん、枕は萌先輩の膝枕だった。
「はい、健はいい子ですね」
幼い子供をあやすような口調は、今の俺の精神状態を見抜いての声音だ。
先輩はもう徹底的に甘やかせるつもりだ。それに俺は遠慮することなく甘えていく。
「先輩・・・」
「・・・抱きつくのが好きなんですね」
頭を撫でながら、いつも以上に優しく話しかけてくれる。
「でも、今は強くされるとお腹に堪えますので、優しくして頂けるとありがたいです」
「・・・ごめんなさい」
「謝らなくてもいいんですよ? ちゃんと言うことを聞いてくれたじゃないですか」
「・・・・」
何も言えないので黙り込んでしまう。今はもう何も言葉が出てこなかった。
「~~~~♪」
子守唄のような優しい鼻歌を先輩がする。
耳に入る優しい音が、撫でてくれる暖かい手が、疲れた頭を癒してくれる。苦しみに満ちた脳に安らぎを与えてくれる。
まるで揺り籠の中であやされる赤子のような気分になる。その心地よいリズムと温もりに、自然と意識が沈み込んでいく。
・・・せんぱ・・・い・・・・・・




