第22話 ~恋人としての日常~ 2
「あ・・・萌先輩?」
そこには黒板側にある前のドアから、教室の中を覗き込んでいる萌先輩の姿があった。
突然現れた学園の美女に、クラス中が浮足立つ。
そんな空気を我関せずとばかりに、先輩はきょろきょろとクラスの中を見る。
前から順番に席を眺めていき
「あっ」
俺と目が合うと、教室へと入って来た。
あれほど騒がしかったクラスが、今は静寂に包まれたかのように静まり返っていた。
どうして先輩が俺のクラスに? 何か約束でもしていたか・・・? いや、少なくとも何か特別な約束はなかったはずだ。そうなると、これは一体どういうことだ?
俺が思考を巡らせていると、先輩がまっすぐに俺へと近づいていた。その表情はいつものように何も読み取れない。感情が見えないからこそ、その雰囲気から何が読み取れるか試みる。
・・・・うん、少なくとも悪い感情ではない。それだけは分かる。
それを知れた時には、もう先輩は目の前にいた。
「健」
特に感情の込められていない声。
でも、どこか落ち着いていない感じがする・・・?
「えっと・・・萌先輩?」
どうしてここへ? 何しに来られたんですか?
そんなことを言うのは馬鹿な質問だ。何かしないといけないことがあるからこそ、ここに来たことくらい分かる。だから、俺は先輩の次の言葉を待つ。
「席から立って、横に来てください」
言われるがままに席を立ち、机の横に出る。素直に行動した俺を見て、先輩の雰囲気が和らぐ。これは喜んでたり、嬉しがってる時の反応だ。
いよいよ分からなくなってきた。外でする用事でも、話でもないことって、一体なんだ?
黙って先輩を見上げていると、揺れる瞳が細く狭められ
「・・・・っ!」
俺を抱きしめてきた。
「えっ?! ちょ、先輩っ?!」
夜の世界で抱きしめられることはあっても、昼間の世界でそうされたことなど一度もなかった。だから、初めて先輩の柔らかさを味わう。
クラス中から声が上がるが、そんなことを気に掛ける余裕などなかった。
今の俺の脳には先輩以外の情報はなかった。
先輩の体温、先輩の匂い、先輩の柔らかさ、先輩の息づかい、先輩の存在。
それに頭が酔いしれる感覚を味わう。
そんな混乱する俺に先輩が言葉をかけてくる。
「おはようございます、健」
「・・・・えっ?」
「えっ、ではありません。朝の挨拶は大切ですよ?」
「は、はい。すみません、萌先輩」
「では、健からもお願いします」
・・・・ああ、朝の挨拶だな。うっかり抱き返したりしたら、大変なことになるところだ。
ただでさえ見せつける行為をしているのに、それに油を注ぐ必要はない。
「おはようございます。萌先輩」
「はい。おはようございます」
もう一度挨拶をすると、先輩は強く俺を抱きしめてくる。それは何かを確認するためなのか、それとも俺に確認させようとしているのかまでは分からないが、どっちにしても俺は嬉しいと思っていた。
朝から先輩と触れあえて、崩れていた感情の波が静まっていくのが感じられる。
恐らく先輩もどことなく感情が崩れていたから、俺を抱きしめることで安定させたかったのだろう。そう思うのは、自惚れだろうか?
「・・・朝から失礼しました。それでは、またお昼にきますね」
少しだけ抱きしめられ、それで満足したのか、先輩がそういう雰囲気をしていた。
「えっ? あ、はい」
そういえば昼は膝枕をするとか言っていたっけ? 膝枕・・・冷静に考えるとこれ滅茶苦茶恥ずかしくないか?
「あ、でも離れる前におまじないだけさせて下さい」
「おまじないですか?」
「ええ、おまじないです。とても大切な」
言うやいなや、先輩が俺の前髪をそっと手で上げ、顔を近づけてくる。
昨日は頬に感じた感触が、今日は額に当てられていた。
周囲がまた、一際大きい声を上げているが、そんな情報よりも先輩から送られてくる情報の方が、認識としてやっぱり勝っていた。
「・・・先輩、こういうのは見せつけるものじゃないですよね?」
「おまじないですから、大丈夫です」
「・・・おまじないですか」
「ええ、そうです。ですから大丈夫なんです」
「分かりました。先輩がそういわれるのなら、そうなんですよね?」
「はい。健は頭の良い子で助かります。では、今度こそ失礼しますね」
「それならクラスまで送って・・・・」
「ダメですよ。そうするとチャイムまで間に合いません」
「・・・・分かりました。では、俺は大人しく勉強でもしておきます」
「はい。それでよろしいかと思われます」
それで会話は終わり、先輩が教室から出た後は先生が来るまで、男連中からの質問攻めにあった。結局勉強はできなかったが、先輩の加護でもあったのかテストは無事にこなせた。
それから休み時間のたびに連中から質問攻めにあう。
昼休みになっても先輩が来るまでは質問攻めをされ、ようやく先輩がクラスに顔を出したところで俺は解放された。
「はあ~・・・」
「・・・すみません。私のせいで大変な目にあっていますね」
「いえ、先輩を独り占めしている見返りと思えば軽いものです。それで、どこでお昼食べますか?」
「人目を気にして食べるのは嫌ですので、それを避けることのできる、とっておきの場所です」




