第21話 ~恋人としての日常~
朝、目覚めた時の反動の苦痛は半端じゃないと思っていた。短い討伐だったとはいえ、昨夜は普段以上に暴れてしまったからだ。
でも・・・
「・・・そんなんよりも、先輩との思い出が勝ってるな」
先輩の癒しと、その後の心から楽しめた時間が、いつもは訪れる苦痛を抹消してくれていた。
「・・・俺、本当に先輩が好きだ。好きで仕方ない」
声が漏れないように、布団の中にくるまってそうつぶやく。
頭の中は先輩のことで一杯だった。そこに他の感情や衝撃が入り込む余地などはなかった。
不快、不愉快、気持ち悪さ、殺意、敵意、破壊欲・・・負の感情が湧き上がりそうになると、先輩の存在がそれから救い出してくれる。あの温もりが、あの優しさが、慈愛に満ちた感情が寄り添ってくれていた。
その有難さを噛みしめ、また今日を始める。変化する日常を進めていく。
「・・・そういえば、俺は先輩と一月は付き合っている設定だっけ?」
布団から出て、学生服に着替えながら昨日の昼間を思い出す。
「あ~・・・」
昨日に関してだけは、夜の世界の方が平和だった。
夜を通して先輩と喋り合って、生まれて初めてあんなに穏やかな時間を過ごすことができた。
「・・・やばい、周り警戒するあまり雰囲気しか覚えていない」
膝枕と、これからは昼飯を一緒に食べるだけは覚えている。けど、それ以外は覚えていない。とりあえず、先輩が楽しそうだったことだけは焼きついているが、その内容が致命的に残っていない。
付き合い始めたばかりだというのに、さっそくやらかしてしまった。
「恐らく先輩が確認を取ってくれるから問題はないけど・・・・情けないな」
せっかく楽しい思い出があるというのに、その中身を覚えていない後ろめたさを感じながら学校へと行く。
いつものように学校に着き、いつものように席へと座り、いつものように朝礼時のテストの確認を
「おい、健! 萌え先輩と付き合っていたのは本当なのか?!」
「どういうことだよ?! お前見るからに付き合っていません、な感じだったくせに・・・・」
「くそっ! どこだ?! どこまでいったんだっ?!」
できるわけがなかった。
「お前らテストの勉強でもしてろっ! ここエリート校だろ?! だったら大人しく勉学に励めよっ!」
「うるせえっ! そんなことより、クラスで彼女持ちが出ることの方が問題だろっ?! それも萌え先輩だとっ!?」
俺の正論も興奮した人間には何の効果もなかった。
ある程度親しい連中は俺に絡み、それ以外の連中は少なからず遠目にこの会話をうかがっているのがわかる。
絶世の美女だが、人を寄せ付けない雰囲気だったあの萌先輩が恋人を作った。
それだけで思春期の人間には興味津々な話題になる。
「やっぱり頭か?! 頭がいいやつが先輩は好きだったのか?!」
「そんな真剣に聞く辺り、お前らもなんだかんだ萌先輩のこと狙っていたのか?」
「男だったら誰しも一度は萌え先輩に惚れるだろ? で、どんな人かと聞いた奴とかが、実際に萌え先輩の所に話へ行って、さして相手にしてもらえなかったと、そう言っていたぜ?」
「だから『萌え』じゃなくて、萌先輩な。後、俺一応先輩の彼氏だから、人様の彼女のことを彼氏より親しく呼ばないでくれるか?」
どことなく声を凄んでしまう。
流石に彼氏彼女の関係を知っていながら、こういう呼び方を許せるほど俺は人ができていなかった。
独占欲が強かった。
「・・・そ、そこまで怒ることはないだろ? なんで呼び方だけでそこまで切れるんだよ・・・?」
「別に怒ってもいないし、そこまで切れてるつもりはないが・・・そんな風に見えたか?」
嫌に怯えたような気配で、それでもどうにかして冗談めかした同級生に違和感を覚える。
「・・・おう。なんか、これ以上茶化したら殺されそうな感じがしたぜ」
そういわれて周囲を見渡せば、視線を向けている連中から、どことなく忌避の雰囲気が感じ取れた。
これ、雰囲気最悪だ。俺が悪くなるくらいならいいが、萌先輩まで風評被害が行くのは避けたい。そうなると
「あ~、悪いな。どうやらがり勉のし過ぎてストレスたまっていたみたいだ。悪い悪い。けど、萌先輩の呼び名だけは普通にしてくれないか? ほんと、そこだけは頼むよ」
おどけて適当にこの場を乗り切るしかなかった。
「おいおい・・・殺しそうになるほどストレス貯めるなよ! ちゃんと息抜きしろよ?」
「ああ、そうするよ。でも、お前らはもう少し勉強しろよ。毎回ぎりぎりとか、ある意味尊敬するわ」
「うるせえ。満点を取るのがテストじゃないんだよ」
「そうかい。それじゃあ、俺はがり勉野郎なんでな、大人しく教科書とにらめっこしとくよ」
「おう」
「健は毎日真面目だなー」
お互いちゃかすことで場を濁す。そうすることでどうにかクラスの緊張は解れ、いつもの朝の喧騒さが蘇る。それでも、どこかぎこちないのは仕方がなかった。
これで多分俺は浮いたか? まあ、どうでもいい。これで朝のテストに取り掛かれる。
「おいおいっ! マジかよっ?!」
「おい、健! なあ、おいってっ!」
教科書を開いた瞬間、肩を思い切り何度も叩かれる。
・・・いい加減にしてくれよ。ちょっと切れたい。そんな感情を殺しながら、クラスメイトへと振り返る。
「今度はなんだよ・・・」
不機嫌極まりない声だったが、先ほどみたいに引かれることはなかった。
「前のドア見ろよ!」
「・・・廊下に何かあるのか?」
言われた先を見れば————




