第20話 ~そして、また夜の世界へ~ 4
「分かりました。なら俺がしっかりと先輩を守ります」
「・・・怒ったり、呆れたりしないのですか?」
「自分にはそうなってますけど、どうして先輩にそんな感情を向ける必要があるんですか?」
「今回の件はいわば私の独断でしたこと。健に納得してもらっていないのに、私が足手まといになってしまったわけですので、そう思われても仕方がないかと思いますが?」
先輩の言い分は一見筋が通っているように見えるが、俺にはよく分からない。
だって
「そこまで俺がヤバそうだったから、そうしてくれた訳ですよね? もしそんなことを先に言えば、俺が絶対に反対することを分かっていたからこそ、そうするしかなかった訳だ。先輩は合理的に考えられるので、昨夜のうちに安全圏を確保して、そこで一気に俺の調子を上げて、今後の探索を楽にしようとした。そういうことですよね?」
安全圏を確保して、そこで状態を整えて、探索するのは基本だ。
恐らく今夜は初めからこういうつもりだったんだ。
「・・・いいえ、健が危ないとか関係なく、ただ貴方を癒したいと思っただけです。見ず知らずの誰かを、今の健より優先できるほど・・・・私は聖人君子でも合理的でもありません。私とて唯の人間です。大事な貴方を優先してはいけませんか・・・・?」
・・・困った。昔漫画を読んでいて、こういう展開を見たら『生存率を低下させるだけの非合理的行為』だと馬鹿にしていたのに、今はそれを馬鹿にしたくなかった。
「・・・俺たちは理屈で考えますけど、動くのは感情なので仕方がないと思います」
「それで納得して頂けるんですか?」
「・・・嬉しいからいいです。先輩に・・・好きな女性にそこまで想われて、嫌になる訳ないですよ」
そうだ。そもそもが、俺の不甲斐なさが悪い。先輩に気を遣わせて、力を使わせる俺の弱さがいけないんだ。だから、して貰った以上のことを返さないといけない。
「先輩だけは絶対に守ります。守り切ってみせます。必ず・・・っ!」
「健・・・」
何とも言えない表情で俺を見てくる。
その雰囲気から様々な感情が混ざっていることだけは分かる。けれど、どこに先輩の本物の心があるのかまでは分からなかった。
「とりあえずどうしますか? 移動しますか?」
何ともいえない空気なので、それを変えるために本題に戻す。
あまり気の抜けた状態だと、いざという時の反応が遅れる。
「ここで大丈夫でしょう。この一月を戦い抜いた健の勘が一番安全です。ですから、安心して今夜も寝て下さい」
先輩がその場で正座して、太ももを手でポンポンして誘ってくる。
「流石にそれは気の抜きすぎでしょう。というより、今夜はどうして隙あらば甘やかそうとするんですか?」
「どうしてですかね? 貴方は不思議と甘やかしたくなるんですよ」
ああ、これ本当に俺の深い場所まで察知されてる。
多分、俺以上に俺の傷を知られている。
「気持ちは本当に嬉しいんですけど、時と場所をわきまえましょう先輩。今はこの夜を乗り切ることが先です」
「・・・そうですね、申し訳ありません。感情を出すのが楽しくて悪乗りしてしまいました。これまで健とこういう風に過ごせたことがなかったので、つい・・・・調子に乗ってしまったようです」
「っ!」
寂しそうな、残念そうな、悲しそうな・・・そんな顔をしている。
先輩はきっと自分の表情に気付いていない。
普段はここみたいに表情を変えることがないから、知らないんだ。
「昨日、貴方と近い距離でいられるようになって、浮かれていました・・・『健に本当に慕われていて嬉しい』と・・・・・年上だと言うのに、こんな感情のままではいけませんね」
夕方の藤塚先生の言葉を思い出してしまう。どうやら、俺は先輩の心をまだまだ理解できていないらしい。
「そのかわり・・・さっきのは昼間の方でお願いできますか?」
先輩の隣に座りこみ、俯き加減なその顔を覗き込む。
「あ・・・」
目が合い、一瞬先輩が言葉を詰まらせるが、すぐに柔らかくなって返事をしてくれる。
「ええ。明日、膝枕してもいいんですね?」
・・・笑顔が凄くかわいい。
凛とした女性が和らぐと、こんなにもかわいいものなのだろうか? それとも、これが惚れた弱みと言うやつなのか?
「そのためにも、まず今夜はここで時間を凌ぎましょう。背中合わせに座って、死角をなくしましょう」
「でしたらその間、明日以降の私達の付き合い方を話し合いませんか?」
昨夜起きていてこの周辺を把握したためか、先輩が呑気というと失礼だが、どこかおかしなことを言ってくる。
もし、本当に浮ついているのだとしたら納得できるが、それでもあの先輩が浮つくほど嬉しいのか・・・?
こんな俺が・・・誰かの喜びの存在になれている?
そう都合のいい考えをしてしまうと、先輩の提案をむげにできなくなってしまい。
「・・・そうですね。無言で過ごすのも退屈ですし・・・・明日から俺達どう付き合っていきましょうか?」
それに、いざとなれば俺が頑張ればいい。先輩さえ守れればそれでいいんだ。
「そのですね————」
弾んだ先輩の声が、今、この時間を楽しんでいることを教えてくれる。
そんな先輩の心を守るためなら、俺が壊れていくくらいどうってことない。
初めて自分を受け入れてくれた女性が、初めて楽しそうにしている。
初めて好きになった女性が、こんな自分との時間を喜んでくれている。
今まで生きてきて、こんなに嬉しいと思ったことなどはなかった。
「あ、でもあまり私といても、健は退屈になって飽きたりなどしませんか?」
「先輩との時間なら俺は楽しいですよ」
そんなはずがないと、かつての自分ならそう思っていた言葉も、今は先輩が居てくれるからこそ本物になる。
誰かと過ごす時間は退屈で無駄だと強く思っていた。けど、先輩との時間だけは別だった。
現に、こんなおかしな世界の時間を今はとても暖かく過ごせている。いつ襲われるかもしれない中で心が緊張しているが、それでもそんな中でも先輩との会話は楽しくて、嬉しくて、温もりがあった。心の通った温もりが。
「ふふっ、ありがとうございます。でしたら———」
今夜の先輩は本当によく喋り、よく感情を出す。
ああ、先輩は自分から喋らないんじゃなくて、どう喋ったらいいのか分からなかっただけなんじゃないだろうか?
本当はずっとこうやって、年の近い誰かと会話することに憧れていたんじゃないだろうか? 藤塚先生のような人ばかりだと、楽しくないわけじゃないけど・・・・どこか違うと思ってしまう。
今、それが解消されて先輩を饒舌に・・・感情豊かにしているんだろうか? だとしたら、こんな俺にも生きていた価値があったということなんだろう。
そこからも先輩が楽しそうに会話を続けていく。
夜の存在からの襲撃は果たしてくるか・・・?
そう思っていたが幸いそんなことはなく、結果として二日続けて平和な夜を過ごすことに成功した。
俺と先輩は夜が明けるまで喋り合った。




