第18話 ~そして、また夜の世界へ~ 2
「健」
「あ、はいっ!」
先輩の言葉に意識を戻す。
「ずっと立っていないで・・・・と、空中で言うのも変ですが・・・・・そろそろ移動しませんか? 無駄に力を使うと疲れてしまいますよ?」
「す、すみません。つい考え事をしてしまって・・・・そんな場合じゃないのに・・・・・」
慌てて移動を始める。空を飛ぶことに憧れていた時期があったが、実際に飛んでみると分かることがある。これ、絶対に感覚が普通のときにすると寒い。直感がそう告げていた。
「・・・もしこれが普通の世界でできたら、上手く空気の層を作らないと寒さにやられてしまうな」
「ふふっ、貴方はそんなことも考えてしまうんですね」
「あ、すみません。思ったことが漏れていましたか」
「謝る必要はありません。健はそういう子なんですから、色々と考えることが貴方の資質なんですよ。だから、たくさん考えればいいんです。いっぱい考えることが必要なんですよ」
俺の考えは疲れると、面倒くさいと、そう否定され続けてきた考えを、常に肯定して受け入れてくれる優しさを貰いながら空を駆ける。
「やっぱり歩くよりも、飛ぶ方が早いですね。もうすぐですよ」
「健、できれば山の中に降りませんか?」
麓だと町に接しているから、それをより離したいということかな?
少なくとも萌先輩が考えなしに発言することはないから、素直にそれを聞き入れる。
「分かりました。それじゃあ、山の頂上付近に降りますね」
降りられそうな場所の気配を探り、候補地の中から直感的に選ぶ。こういう時は勘に頼るに限る。
ゆっくりと降下していき、少しでも先輩に衝動が行かないように柔らかく着地する。
「・・・・」
「・・・・」
着地したというのにお互い離れようとはせず、ただ黙って少しだけ時間が流れる。
「・・・大丈夫そうですか?」
「はい・・・少なくとも周囲数キロにはいなさそうです」
「ならば安心してよさそうですね。苦労をおかけしました。降ろして頂けますか?」
「ええ」
腕が解かれ、先輩を降ろしていく。
「もう、そこまで優しくしなくても大丈夫ですよ? 流石に心配のしすぎです」
「すみません。どうしても夕方のことで敏感になっているみたいです」
「・・・申し訳ありません。やはり心配をかけさせてしまいますか・・・・」
「謝らないでください。互いの体調を把握できていないと上手く連携もできない、そう言いだしたのが先輩だからこそ、隠さずに教えてくれたわけですよね? だったら俺はそれに応えるだけです」
「・・・やっぱり健は素敵な人ですね」
「素敵っていうのは、先輩のような人を指すと思うのですが・・・・」
「そうですか?」
きょとんとした表情を先輩が見せる。なんだかんだ先輩もこっちの世界では感情が豊かになるらしい。だからか、先輩の仕草、雰囲気、声音・・・そういったものを感覚的に処理すると、昼間の世界ででも先輩の心を感じ取れるようになってきた。
「少なくとも、俺としてはそう思ってます」
「ふふっ。ありがとうございます」
先輩が笑う。初めてみた。こんなに先輩の笑顔って幼いんだ。
「さあ、それよりも今夜は健の傷を癒しませんとね」
「えっ? 大丈夫です! 大丈夫ですって!」
傷を癒してくれるのは有難いし、嬉しいけど・・・・あれって恥ずかしいんだよな。
「いけません。健は無茶をし過ぎるんです。今夜だって、来られるまでに派手に暴れていたでしょう?」
「いや、むしろ今夜は絶好調なのでみのが————」
「しません。ダメです、ちゃんと来てください」
先輩が腕を広げる。それはつまり抱擁になるわけで、そうなるとまた昨日みたいに俺は情けない姿を見せるのは確実なわけで何よりも・・・・
「・・・なんで先輩の『救済』による治癒って、俺には互いの接触了解でしか効果が強くでないんですか? 戦いにおける補助ならば抱き合わなくても効果でますよね?」
「そんなことは知りません。いいじゃないですか、恋人になったわけなのですから、それくらい普通ではないですか? むしろ恋人になってから避けられる方が、私としては魅力がないのかと傷つくわけなのですが?」
「そんなことないですよっ!」
「はい、でしたら行動で示してくださいますよね?」
やっぱり先輩には勝てる気がしない。そう観念して大人しく先輩へと抱きつく。
「健・・・」
名前を呼ばれ、癒しの存在に包み込まれる。傷だらけの身体にそれは万遍なく染み込み、内側からなにかが溢れてくる。習性としてそれに抗おうとすると、先輩が声をかけてきた。
「ダメですよ? 今は我慢なんてしなくていいんです。大丈夫です、健。私は貴方の側にいます。決して離れたりしませんから・・・・」
慈愛に満ち溢れた言葉が、傷だらけの心に注ぎ込まれる。
上辺だけの心が、なだめられることで崩れ落ちていく。それは、俺の弱さを包み隠さずにさらけ出す。
「・・・・っ!」
「今だけは・・・声も心も殺さないで・・・・・ありのままでいてください・・・・」
震えた声をした先輩を見上げると、先輩も涙を流していた。でも、それは昨日のような涙ではなく、苦しみの色を帯びた涙だった。
「せん・・・ぱい・・・ごめ・・・・なさい・・・・・」
先輩にこんな感情を分けてしまうのが、一番嫌だった。
俺は自分の苦しみすら背負えず、先輩にまで背負って貰わないと生きていけないのか?
だったら、俺のような奴なんて生きていちゃいけないんじゃないか?
「健・・・知っていますか?」
俺のそんな感情すらも先輩は分かっている。分かっているからこそ、先輩は俺がどうすれば慰められ、癒され、元気になってくれるのかを考えてくれている。
今も言葉で癒そうとして、話をしようとしてくれている。
「・・・今まで私が『救済』で癒した存在の中で、貴方ほど傷ついた命はありません・・・・傷だらけの中で、さらに傷つき続けている命など・・・・健以外の誰もいませんでした・・・・・っ!」
「せ・・・ぱい・・・・?」
珍しいというよりも、初めてだった。感情的な先輩を見るのは・・・・
ぽたぽたと、先輩から零れ落ちる涙が強くなる。




